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樹林気功


樹木気功

2013年12月09日


樹木を師として気功を学ぶことを樹林気功といいます

樹林気功について

これはホームページの記事の一部です。古いパンフをせっかく打ち込んだので、ここにも載せておきます。気功について新しい側面を理解してくれる方もいることと思います。私が四十歳のときの文章です。

 

樹木とともに、樹木を師として気功を学ぶことを樹林気功といいます。公園や教室で習ったり病室でやるのと違って、樹木という先生について学ぶことができます。ここでは「樹林気功のすすめ」(1988年)というパンフレットの一部を紹介しています。これだけ知ればともかく始められます。また森の中での合宿や京都御所での樹林気功体験の機会に参加してください。パンフレットは⑴山林に自由存す、⑵森が死に瀕している、⑶心の森を育てる、⑷宇宙と調和するための技術、⑸樹林気功のために、と五章からなっていますが、その最後の部分を掲載します。



樹林気功には巨木・老木を


【1月17日 AFP】年老いた大きな樹木のほうが、若く小さい樹木よりも大気中の二酸化炭素(CO2)を吸収していることが分かったとする研究が、15日の英科学誌ネイチャー(Nature)に掲載された。

従来、古く大きな樹木は、温室効果ガスであるCO2を比較的吸収しないと考えられてきたが、これを覆す結果となっている。
研究チームは、403種の樹木67万3046本のデータを分析。その結果、大きく年老いた樹木のほうが成長が速く、より多くのCO2を吸収していることが判明した。対象となった樹木の分布は6大陸にまたがり、最高齢の木は樹齢80年だった。
「人間になぞらえれば、思春期を過ぎても成長が遅くなるどころか、むしろ加速し続けるようなものだ。中年で体重が500キロになり、退職時には1トンになっているような計算だ」と、米地質調査所(US Geological Survey、U...SGS)のネイサン・スティーブンソン(Nathan Stephenson)氏はAFPの取材に語った。

樹木は大気中のCO2を吸収し、木の幹や枝、葉に蓄える。このことから森林は炭素吸収源とも呼ばれているが、気候変動に対する森林の影響の是非については現在も活発に議論されている。
スティーブンソン氏によれば、古い森林の方が若い森林よりもCO2を吸収することはすでに知られていたが、古い森林にはあらゆる大きさの樹木が含まれており、どの木の成長が早いか、言い換えれば、より多くのCO2を吸収する木はどれかについては明確に把握されていなかった。
しかし今回の研究の結論として「大気中のCO2の削減については、大きな木のほうが良い」とスティーブンソン氏は述べた。
調査において樹木の「大小」という言葉は、同じ樹木の種の中で相対的に表現した。例えば、セコイアオスギの場合では、幹の直径が3メートル未満は「大きい」とみなされなかったが、他の種では直径50センチを超えると「大きい」と判定される木もあった。(c)AFP

 

樹木とともに、樹木を師として気功を学ぶことを樹林気功といいます。公園や教室で習ったり病室で習うのと並んで、樹木という先生について学ぶことができます。ここでは「樹林気功の勧め」というパンフレットを紹介しています。これだけ知ればともかく始められます



樹林気功について

 樹木とともに、樹木を師として気功を学ぶことを樹林気功といいます。公園や教室で習ったり病室でやるのと違って、樹木という先生について学ぶことができます。ここでは「樹林気功のすすめ」(1988年)というパンフレットの一部を紹介しています。これだけ知ればともかく始められます。また森の中での合宿や京都御所での樹林気功体験の機会に参加してください。
パンフレットは
⑴山林に自由存す、
⑵森が死に瀕している、
⑶心の森を育てる、
⑷宇宙と調和するための技術、
⑸樹林気功のために、
と五章からなっていますが、その最後の部分を掲載します。

 樹林気功のために

 森の中で、木々たちや樹木と共生する生物や風や岩をまねて遊ぶ気功を樹林気功と呼ぶことにする。心の森にあそぶのであるから、森がなくてもできないことはないが、現実の森でしたほうがいいことはむろんだ。 森の気功をしていくためのいくつかのヒントと注意すべきことをここに書いておこう。

  1. 掌は感知器
    森に入ったらエビの触手のように手を出して、視覚だけでなく皮膚で、中でも敏感な掌で世界を「見よう」としてみよう。若葉の色や木漏れ日、心を落ち着かせてくれるさまざまな影を見ること、せせらぎや風に吹かれる木の声を聴くことも森と出会う大切な要素だが、森の気を感じられるのはまず掌であり、そして全身の皮膚である。さまざまな種類の木に掌を向けて、無言で挨拶してみよう。なれるにつれて実にさまざまな反応が返ってくるのを識別できるようになるだろう。それは言葉には置き換えにくいものだが、とてもさまざまな情報を含んでいる。それは「木と話をする」最初の一歩なのだ。
  2. 気持ちのいいところを選ぶ
    どこでしたらいいのか、というのは自分でそこがいいと感じたところという以外にない。それは、視覚、聴覚、嗅覚、皮膚感覚などの総合的なものである。基準は快いかどうかに尽きる。快さは一種類ではない。開けた展望のあるところではそれなりの気分があるし、木々が洞窟のように守ってくれる場所はまた別の感覚がある。大きな木が一本あるだけですばらしい雰囲気が作られているかもしれない。さまざまな木が組合わさった雑木林の木こそいいと感じられるかも知れない。整然とした杉の美林を美しいと思っても、そこは小動物も住めない状態かもしれないし、その気は決していいものではないこともありうる。存在の最も深い層に「耳を傾ける」ことが大事なのである。
  3. 森がいつもやさしいとは限らない フィトンチッドがからだにいいのだと林野庁はいうが、これはもともと樹木が自分の身を守るための殺菌・殺虫ガスのことであるから、いつも人間に都合がいいとは限らない。樹木が人間を敵と見做せば殺人ガスでも出しかねない。じっさいシベリアや北アメリカには人間が入ることができない森があるし、熱帯のジャングルにもそう容易に人を寄せ付けない場所はいくらもあることだろう。「緑があるとホッとする」という人は多いが、植物が「人がいるとホッとする」かどうかはわからない。時には拒絶の声に耳を傾けなければならないのかも知れない。少なくともそういう謙虚さは必要ではなかろうか。
  4. 森にいるかも知れないフェアリや「悪霊」について
    森に心を開いていると、人間=自然の次元では理解できない霊的な存在に出会うことがあるかも知れない。それについては過度に敏感になって怖れる必要はない。日本で言うと古代の森をもっともよく残しているのは神社だが、神社にはすばらしい気の場所と、悪い霊を封じ込めてある場所とがある。もし森林気功をして気持ちわるくなったりした場合はそこでのレッスンを早々に打ち切ったほうがよい。もっと「よい」フェアリと出会うこともあるかも知れない。しかし気功の基本的な態度は「求めない、恐れない」である。
  5. よい時刻を選ぶということ
    中国の伝統的な考え方によれば、人間の気も環境の気も時間の推移にしたがって変化して行くので、気功も季節や時刻によって意味が変わってくる。ひとつの説では、樹木との対話にもっともよい時刻は日の出前と日没後のわずかの薄明記である。このころには樹木の気が人間にもっとも受け取りやすいように地表に平行に流れるというのだ。もし午後の日が高いころだったらどうだろうか。そういう時に木によりかかってぼんやりしていたら背中の気は急速に上昇して、逆上せたり気分が悪くなるかも知れない。そういうときは気から少し離れたところで、木に向かい合って、上空からのシャワーを浴びるのがいいのだ。明け方や黄昏のころの気功の気持ちよさは何物にも代えがたいほどのものであるので、こうした説にうなずく人は少なくないだろう。 別の説によれば、気功がもっとも体によい影響を与えるのは午前零時と正午である。体験してみたことのある人なら午前零時から一時までの森の気がとてもやさしく、昼間はけっして見せてくれないほどの暖かい気にあふれていることを知っているだろう。結局森で寝て、夜中にもし、明け方にもするという体験をする以外にこの両方を満足させることはできないかも知れない。ほかの時刻が無意味ということではないが、一歩突っ込んだ体験の手がかりがここにあるということだ。
  6. 天候に応じて
    山に入る場合には天気は変わりやすく、簡単な山でも思わぬ苦労をすることがあるから、十分な用意が必要だ。決してみくびってはならない。 過度に暑い、寒い、風が強いなどの時は無理に気功をすることはない。雨やどんより曇った時も、室内でのごく軽い体ほぐしやマッサージを中心にしておいたほうが無難である。
  7. 木の種類を選ぶ
    ひとつひとつの木は違う個性を持っている。松は暖かくやさしいと誰もがいう。しかし柳の木の下で気功をして気持ちのいいのは、熱症で高血圧の人に限られるだろう。杉は疱瘡を治し、樺は黄疸を治療するなどの具体的治療効果もある。それは薬として飲んでもいいが、それのあるところでやるように指定された気功も少なくない。ガン治療で有名な郭林新気功の場合も歩く気功に樹木療法を応用している。中国でよく使われる柏はコノテガシワで、ヒノキや杉に近い細い葉のものである。一方でそうした分析的な森とのかかわりを確かめ、楽しんでみてもいい。だが、それを気にせずに、森の木全体を受け入れるのであってもいい。
  8. ローインパクトということ
    気功をしたことで根を踏み荒したり、草花を押しつぶしたりということがあってはならない。ローインパクトというのは自然を愛して山に入る者がその行為による自然破壊を小さなことでありしてしまったはならないという自戒の姿勢を言うが、それは樹林気功にとっても当然のことだ


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