?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?> 2015年8月総まとめ
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2015年8月

フィンランドに行った

 




機関誌

2015年8月12日 11:57

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2015nen9gatu.html

『気功文化』と『新脈脈』の新しい号ができています。会員のかたには木金で発送します。一般の方で買っていただける方は、どちらも500円、送料が140円です。一冊でも二冊でも140円です。
『気功文化』は7人の方に寄稿してもらっています。新潟の定方昭夫先生。ユング心理学、易、気功が専門です。日曜日に公園気功を主催して雨の日も雪の日もひたすら続けて27年。すごい持続力です。「気功と健康学」の整った文章は長野の青柳範子さん。心身症から脳の気功まで論じている。鳥取の杉井満紀子さんは地元でしている健身気功の紹介文から始まって長年の筋肉建久の一端を紹介してくれた。岸田仁さんは「退職後の気功生活」の構想を書き、田邊和子さんは「気功は不思議な体験」というタイトルで自分の教室の歩みを振り返った。自分の日本の気功研究の一部を紹介してくれたのが片淵美穂子さんの「坂本屈伸道」。最期が高木シゲ子さんのおばあちゃんから引き継いだ信仰道が今の気功と書道に引き継がれている話をかいてくれた。後半は私の「気功と環境の哲学」50枚を一気掲載。28pです。
『新脈脈』のほうはここに掲載した中からエストニア、フィンランドの記録を集めたものの前半。まだ誕生日まで届かなかった。ここで呼んでくれた方にも通して読むとまたはっきりと映像が浮かんでくると思う。20p。
Faxをくれてもいいし、ここでもうしこんでくれてもいいです。
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旅 (1)

2015年8月1日 9:03

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11 月にエストニアで三日間の「すし」の講習をやることになった。
もう四ヶ月もないから、計画を立て、持って行く材料を揃え、あるいは直前に用意するものを手配し、テキストをつくらなければならない。
非常に基本的なことから伝えなくてはならないから、テキストは大事だ。
こんな目次で始めてみた。「すし」が前に来る言葉とリエゾンすると「ずし」になることから伝えないといけない。

Sushi First Step

01 A small history of Sushi
02 Sushi east west in Japan
03 A menu of one of Japanese Sushi shop
04 In the Sushi shop
Soy sauce
Miso soup and sumashi(clear soup)
Gari(Ginger)
Ocha(Tea)
Oshiborl
05 Sushi plate
06 Temari zushi
07 Chirashi zushi
08 Bara zushi
09 Maki zushi
10 Nigiri zushi
11 Gunkan Warship
12 Various Sushi party


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旅 (2)

2015年8月3日 16:08


本棚に『HELPPO JAPANILAINEN KEITTO』という分厚い本を見つけた。この最後の「O」はてんてんのついた字だ。"Easy Japanese Cooking"というところだろうか。全ページぜいたくに写真を使っている。なかなか美味しそうな本だ。ただやたらに重い。今度エストニアに持って言ってやろうかと思ったが、これだけで荷物が重くなりそうだ。EMI KAZUKOという日本人らしき人が書いている。よく読めないのだが、もともと英語で書かれてイギリスのテレビでStreet Cafe Japan という番組を持っているようだ。初めからフィンランド語で書かれるには、フィンランドの人口は少なすぎる。500万人は少ない数ではないから、フィンランド人がフィンランド語で書くには問題はないが、フィンランド語で外国人が書くのはよほどのことだ。英語ならば何億人相手の市場なのだ。
見開きで右ページに料理写真があり、左ペぺージに説明がある。表紙が寿司なので、おっ、と思ったのである。マグロとエビと玉子の三つの寿司が並んでいる。マグロとエビの下には紫蘇の葉が敷いてあり、ガリがひとつまみそえてある。玉子だけが浅草海苔で腰巻きをしていて、海老には惜しんでいるとしか思えない程のイミテーション・キャビアが載っている(本物だったら失礼。写真ではイミテーションに見える。本物ならわずかなのが理解できる)。まぐろには何かの葉の断片らしき物が載っているがなにかわからない。マグロがなければサケでもいいと書いてある。普通の寿司に比べて随分少量だが、たぶんコースの中で前菜扱いされるのだろう。

どれくらいカウコなどのヴェジタリアンが食べられる物になっているのかを数えてみた。焼き鳥とか和風ステーキはむろんだめである。合鴨もとんかつもすき焼きもだめである。うーん、食べるだろうかと考えてしまう物もある。カウコは自分が釣った魚は食べるからマスやスズキはいいとして、はてサバずしやマグロはカジキはどうか。しめ鯖の海藻サラダやスズキの博多押しやヒラメの刺身は失礼ながらかなりまずそうな写真である。それは写真家の問題として、ここに取り上げてある74の日本料理のうち、カウコが食べない焼き鳥やステーキ、鳥シンジョウ、餃子などは28、境界領域が5、そしてなんと食べられる物が41もあった。境界領域とは、そのカジキやヒラメなどで、機嫌が良ければ食べるが見ただけで気に入らなければ「ぼくが釣ったものじゃない」といいそうなものである。それでもけっこう精進の物が多くて、勉強になった。この本は重くて持って行けないとすると、ノートを作って行こう。

単品が並んでいて、最後にはその組み合わせ方が書いてある。
例を挙げると、◆カツレツにクレソンとキャベツ、トマト添えをメインディッシュに五目大豆、青菜浸し、ご飯にみそ汁。朝10時半にスタートして13時に間に合うようにタイムスケジュールがある。
◆ちらしずし、サバの立田揚げにかぼちゃ、具沢山の澄まし汁、皮の薄いどら焼きを二個、お茶。
◆えびと野菜の手巻きずし、和風ステーキに茄子、かぼちゃ、ズッキーニを焼いた物とクレソン。ソーメンと豆腐、しめじ入りの澄まし汁、みつ豆。
◆焼き餃子六個とサラダ菜、にんじんといんげんのごまよごし、豆腐と鮭のスープ、おはぎ二個。これは夕飯で17時15分から19時45分で作り上げるようになっている(そんなにかかるか?)
という具合に提案がしてある。まだ五つ六つのパターンが書かれている。
まあ楽しい本である。「寿司」を考えるにはあまり役に立たないが、フィンランドで野菜料理を工夫するには役に立ちそうだ。
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旅 (3)

2015年8月3日 17:30

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思わぬところから「フィンランド・トントゥ感覚」という文章を見つけた。94年頃の物だ。通販のフェリシモと組んで気功的生活のカタログを作ろうとしていた頃の話だ。

「気功的生活のカタログ」の編集会議をフィンランドでしませんか、といったときは冗談だったのですが、フェリシモの二人の若い女性が参加してくれることになって、思いもよらずすんなり実現してしまいました。前号の今井さんの記事にあったように、大森さんと今井さんがいろんな体験をしてきて、そこから商品カタログの組み立てが進んでいるのはとてもよかったと思います。

 気功って中国のものなのに、
なんでフィンランドなの、とよく聞かれます。

 日本に長くすんで日本武術や指圧などあれこれやってから気功にたどりついたフィンランド人の青年がいて[30の好青年が今や還暦だよ]、彼に一通りのことを伝えてから、帰って気功協会でも作って呼んでね、と行って帰したら本当に組織を作って招いてくれ、一家で1988年に初めてたずねたのです。そうしたら、中国気功もよく吸収してくれる感受性も素晴らしいのですが、それよりもそこに住む人たちの自然な暮らしと感性に一家で惚れ込んでしまって、ほとんど毎年、もう八回も通うことになってしまいました。


 フィンランド人は嫌なことがあると森に行って
自分の好きな木と対話します。
一年に五週間とか五十日とか休んで、
夏小屋で徹底した自然暮らしをしてリフレッシュします。

 サウナと湖を往復する素晴らしいリラックスの方法を知っています。家の中でも暖炉や蝋燭などの「リビングファイア」を欠かさずに瞑想するように暮らします。ゆったりと、自分の暮らしのリズムと、美学をもっているのです。
家の暗がりにも、納屋にもサウナにも、森の中にも、無数のトントゥという要請がいて、自分たちを見ている、人間の知らない所でいろんなことがうまく行くように働いている、と大部分の人が信じています。慎重30センチくらいの、とんがり帽子の小人で、まれにその姿の見える人もいて、私の尊敬する友人である哲学者タピオ・カイタハリュもそのひとりです。
蝋燭をつけると見慣れた部屋がまったく違ってしまうのは、暗がりが生き生きとしたニュアンスを持つからです。そこに何かいるのかな、と思うのは実は心の暗い部分の豊かさに気づくことでもあります。谷崎潤一郎が「陰翳礼賛」二回多様に、日本人は本来暗がり大好き派だったのに、こんなにどこも明るく照らしまくるようになってしまい、見えないものへの畏敬をなくしてしまいました。


 気功的生活というのは
難しいことではなくて
たとえば電灯を消して蝋燭をつけてみることから
自分を見直してみることでもあるのです。
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お金を持たない生活

2015年8月12日 21:39

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船瀬さんの小食や不食についての本が売れているらしいが
これはお金を持たない生活についての話。
これはいいなあ。In Deepさんの記事から。

金銭を持たない生活を実践 ドイツ人女性
大紀元 2015.07.30

現代の都市社会において、お金も財産も持たずに普通に生活している人がいる。
こう言われても、すぐには信じ難いと思う人が大多数だろう。
少ない収入をやりくりして必死に生活している人からすれば、金銭がなければ一日だって生きられないと考えるのが普通だからだ。
しかし、お金を一切持たずに20年近く都市で生活してきた人がいる。今年74歳になる、ハイデマリー・シュヴェルマー(Heidimarie Schwermer)さんというドイツ人の女性だ。

幼少期の辛い経験

1942年、ハイデマリーさんは東プロイセンでコーヒー工場を経営する裕福な家庭の三番目の子供として生まれた。
二人の兄とともに家政婦の世話を受け、2歳まで何不自由ない暮らしをしていたが、第二次世界大戦の戦火は彼女の郷里にも広がった。父が軍隊に召集されると財産はすべて没収され、母は子供たちを連れて逃亡生活を始めた。
裕福な家庭の子供から、逃げ回る貧乏人へ―この大きな落差によって、幼い彼女の心の中に金銭に対する不気味な影が刻まれたのである。


20年間金銭なしの生活

成長したハイデマリーさんは、小学校の教師になった。ドイツでは、教職は安定的な収入を得られる職業だ。しかし、彼女は15年間の教師生活に自ら終止符を打ち、心理療法士に転職した。
1996年、54歳になったハイデマリーさんは人生の大きな転機を迎えた。
それは、ラジオから流れてきたニュースを偶然耳にしたことがきっかけだった。
「カナダで、ある会社が突然倒産し、失業した人たちが相互扶助によって生活する仕組みを作った。皆がそれぞれの技能を生かして互いに助け合い、物々交換の形で必要なものを得るため、お金がなくても生活を営むことが可能となっている」。
このニュースを聞き、ハイデマリーさんは自分も金銭を持たない生活に挑戦してみようと思い立ったという。
当時の彼女は離婚して独り身。二人の娘もすでに家庭を持っていたため、生活様式を自由に選択できる状況にあった。
ハイデマリーさんは高収入の職を辞し、個人財産をすべて処分した。お金は一銭残らず他人に与えて、家も財産もない生活を始めたのだ。

家事や庭仕事など住み込みの労働をする代わりに食糧と生活必需品を得て、「金銭は一切もらわない」というルールを作った。
フランス語を教える代わりに携帯電話カードを入手し、店の掃除をする報酬として果物と野菜をもらい、眼鏡屋さんが飼っている猫の世話をして眼鏡をもらい、旅行へ行く友達の家の留守番をすることで暫く住む場所を確保した。
心理療法士の経験を生かしてカウンセリングも時々行ったが、「金銭をもらわない」という原則は常に守った。
最初は、お金を持たずに生きていけるかどうかを試すため、一年間だけ実践してみるつもりだった。しかし、いざ始めてみると、金銭の束縛のない状態はとても気楽で、かえって充実した生活を送ることができると実感した。
この生活を止めたくなくなったハイデマリーさんは以後20年近くずっと、金銭を一切持たずに生きてきたのである。


大金を手にしても他人に配る

ハイデマリーさんのこの挑戦は出版社に注目され、一冊の本に纏められて出版された。すると大きな反響を呼び、彼女は一躍有名人となった。
外国の出版社からも翻訳本が出版され、テレビに頻繁に出演し、講演の要請もあちこちから入った。しかしハイデマリーさんは、こうした状況下においても「報酬を金銭でもらわない」という原則を守り続けた。
例外として手にした多額の原稿料はすべて、街で出会った人やシングルマザーに配ったのである。
有名になったこの機会にお金をたくさん稼ぎ、必要としている人達に配ろうと考えたこともあったというハイデマリーさん。しかし、そんなことをしてもあまり意味がないとすぐに気付いた。
「そういった行動は焼け石に水で、問題の根本的な解決にはなりません。たとえ一時的にお金を手にしても人々は永遠に満足せず、求め続けるのです。社会構造そのものを工夫すべきなのです」と話す。
彼女は、金銭に左右されない価値の体系を見つけたいのだ。


金銭の奴隷にはならない

健康保険に加入していないハイデマリーさんは、身体には普段から特別に気を配っている。
数年前、自転車で転んで尾骨を傷つけた際は、起き上がるのが大変なほどの痛みに襲われても病院の世話にはならず、暫く休養して自然に良くなるのを待った。
「3週間ベッドに横たわっていましたが、少しも不安は感じませんでした。鎮痛剤も一切使わず、痛みが消えるまでゆっくり待ちました。この経験によって、根気よく待つということを学ぶことができ、今思い返してみると誇らしい感じすらするのです」。
当時を振り返って、彼女はこう話す。
「一部の人には、私の生き方は挑戦的だと思われるかもしれません。しかし一方で、私が一つの提案をしたと受け止めている人もいると思います。この10年以上の経験から、お金を持たずに生活することは実行可能なことであり、しかもとても快適であると、私は断言できます」。

「多くの人が常に不安や恐怖を感じながら生きていますが、私は、恐怖や不安というものを、自分の身体の中で生きている別の生命であると見なしています。別の生命だから、必ずしも自分に必要な部分ではない…そう感じる時、恐怖は自ずと離れていきます」。
「私は知っています。神様が私達を導いてくださっていることを。だから恐れる必要は全くないのです。真剣に、ただ真剣に、人間の生きる目的を体得しようとすれば、すべてがうまくいきます。お金を手に入れてもいつか消えてなくなるかもしれません。人は、金銭の奴隷になる必要はないのです」
お金がいくらあっても、不満や不安を感じる人は少なくない。一方で、金銭を一切持たなくても、充実した日々を過ごしている人がいる。金銭に執着して人生の目標を見失っている人は、ハイデマリーさんが実践している生活様式を参考にするといいだろう。
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恋愛気功 (前半)

2015年8月13日 0:00


フェリシモのパンフレット.


 いま誰かに恋をしていますか。何もかも輝いていますか。悩み抜いていますか。いい恋愛をしていれば気功法なんていりませんと、半ば冗談に教室で言ったりしますが、それには少し説明が必要です。
北京である女医さんに「龍の気功」を習った時のことです。彼女は五十代も終わりという年齢の方で、失礼ながらそう美人というわけではないのに、何かきらきらと輝くようなところがあって魅力的でした。色々質問するうちにその先生からふと「気功は青春を思う」という言葉が出てきて、おおっ、と思いました。いま恋愛をしていなくても、心の地層の青春のファイルを開ければいつでも同じ心の状態になるというのです。気功はとりすましたところもありますが、内部感覚としてはとても色っぽいものだとずっと思って来たので、ナットクしてしまうところがありました。
ふつう気功をして行くとき、まず中丹田(胸にある感情のセンター)を開いて世界を抱きしめられるようになり、さらに下丹田(下腹の生命のセンター)を充実させて個としての生命力を増し、最後に上丹田(ヒタイの智のセンター)を開いて観音力を養うというステップを踏みます。下丹田から始める場合もありますが、最初に気持ちが大切な気がします。この最初の中丹田を開く部分が「青春を思う」なのです。

 胸の気が通ってここから発する気がのびのびと広がるようになると、宇宙全体に恋をしたようになって、荘子が「物と春をなす」 (万物と一体になる) と過激に表現した感覚がよくわかります。


 NHKの気功テキストの中でも、こんなふうに書きました。
 与謝野晶子の歌に

清水へ祇園をよぎる桜月夜
こよひ逢う人みなうつくしき

という歌があります。通りがかる誰をも抱きしめてしまいたいような気持ちを体験したことがだれでもあるでしょう。自分のいのちが光り輝いている時に、この人は嫌い、あの人は美しくないと差別する心がなくなってしまい、すべてが融け合っているような気持ちを持つことができます。気功の境地は恋愛状態に似ているということはいろんな先生がおっしゃっていますが、それは誰か特定の人に対する恋愛というより、すべての人に対する、宇宙全体に対する”全肯定”の気持ちというべきでしょう。
この「全肯定」と特定の誰かへの恋愛はどう同じで、どう違うのでしょうか。ほかの誰かではなくその人を愛したのですから、そこには差別があります。自分の好みとか、気が合うとか、幸せにしてくれそうという選別には一種のエゴがあります。

 でも、必死で相手のことを想い、相手のためになるようなという気持ちにはエゴの超克があります。

 「宇宙愛」の法は自分の心の持ち方なので、下手をすればただの自己満足になってしまいます。宇宙は一緒に気功をするパートナーとしては大きすぎて、空回りしてしまいそうです。特定の相手への愛の向こう側に宇宙愛があるのだとわかったうえで、生身の誰かと愛し合って、互いのエゴをぶつけながら克服して行くきれいごとでないプロセスの中にしか「恋愛気功」はないようです。
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「会社の中でできること」後半の一部

2015年8月14日 9:05

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 そこで皆がどれだけ快適に、リラックスし、本音を言い合ってコミュニケーションを深め、より深い友だちになれるかのワークショップが会議であると考えてみます。
そうすると、それで皆のいつもと違う智慧が働いていい結論が出れば結構なことだし、出なくても会議をしただけで意義があったということになります。
まず会議の前に首をほぐしてみる習慣をつけることを提案します。みんなで首をまわしたり、脳を洗う呼吸をしたり、肩肘をまわしたりしてみます。なれないと職場でそんなことをするのは変かも知れませんが、すぐになれます。首がほぐれていると攻撃性が減って調和的に討論ができるようになることが分かれば、皆喜んで参加するようになります。
会議の途中で疲れがたまってくるといらだったり話が停滞してきます。そういう時に気功ブレークを作って、ちょっとからだを動かしてみたり、呼吸に合わせてみたりするのも効果的です。つまり、ただ知的に情報をやり取りする場のつもりでいても、からだ丸ごと参加しているわけですから、からだの緊張や停滞が実際には考えに大きな影響を与えているのです。会議テーブルの真ん中にローソクを一本建てるだけで雰囲気はがらりとかわってしまいます。ローソクの作り出すファジーな影は「理性のゆらぎ」を自覚させてくれるので、話し方も少し変わってきます。

議題に直接関係のない近況報告(ある意味での自己紹介)の時間を持ってみるのも大切です。目標に向けた「顔」でなく、多面的な関心を持って生きている丸ごとの一人一人と向き合うと、また別のもっと豊かな発想が湧いてくるはずです。ワークショップで行ったら「いまの心境を一筆書きにして見せ合うとか「気のボールを投げ合う」とか童謡を歌ってみる」とかいろいろありますが、そういうことを会社の会議でやれるチャンスはそんなにないかも知れません。
トーキングスティックやトーキングストーンは使えるかもしれませんね。気の枝にちょっとした飾りをつけたものとか、なめらかな片手にもってずしりと重い程度の石を用意して、それを持った人が話すというように回して行くのです。何も頭で用意せずに、その枝か石がまわってきて手に取ってから頭を空っぽにして話すようにします。

 じぶんではなく、そのスティックが話すような気がしてきます。

 緊張した自我が言おうとしていたことと違うことがでてきるのです。聞くほうも、自分が何を発言しようなどと考えるのをやめて、全身全霊で相手の言葉に耳を傾けるのです。これだけで、お互いの関係の深さはずいぶん違ってきます。
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夜の中の夜、昼の中の昼

2015年8月14日

 

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フェリシモ、気功的生活の続き。この文章が効いて、実行してみたい100メニューの一位がオーロラのフィンランドを訪ねる、になり、50人近くの旅になりました。

夜の中の夜、昼の中の昼

 とても暑い日がつづいているので、寒い寒い夜のことを思い出したくなってしまいました。フィンランドの北極圏を越えた、ラップランドの田舎でのことです。朝の10時頃にほんのり朝焼けになって昼過ぎにはもう夕焼けになってしまい、あとは真っ暗というのが白夜の反対の冬の一日なので、時間感覚がよく分からないのですが、夕食を食べてしばらく本を読んでから、今日はオーロラが出そうだという噂が食堂で飛び交っていたのを思い出し、分厚く着込んで外に出ました。家族を誘いましたが、寒いのは嫌だとふられてしまい、一人で出かけたのです。窓の外の寒暖計はマイナス25度を指していました.振るような星空といいますが、宝石箱をぶちまけて凍らせたようなこんな星空は初めてのことでした。


 北極星がほとんど頭上になるのが異様で、ああもう現実界を離れて昇天しつつあるのだと思うほど近くにありました。

 コテージのすぐ前でも誰も来はしないのですが、窓の明かりが小さくなるほど離れました。なかなかオーロラは出て来ないので、首を上に向けているのが疲れ、ふかふかの雪にずぼっと寝て仰向けになりました。星がいっそう近くなったようでした。極寒用のコートとブーツを通しても冷気はしみ込んできて、だんだん全身がまひしてきました。すごく熱い風呂に入るとからだがじんじんと痺れてくるように感じますが、あの時とよく似た感覚です.どれだけ長くそうしていたのか、だんだん気持ちよくなって、ああからだが動かなくなって行くなあと思っていたあいだは本当に死に近づいていたのかも知れません。その時、空全体がぐらっとゆれたように見え、宇宙空間が折り畳まれたような感じに光が走りました。白い影が踊りました。想像していたような、空の一部に出現するものではなくて、空全体をいっぺんに使って映写される光の映像でした。そんなにきれいな色とりどりのものではなかったのですが、その壮大さだけで十分でした。その刺激のおかげで死にもせずにこうして思い出していることができるわけですが。

子供がサンタを信じられる年齢のうちにサンタのふるさとに連れて行きたいね、と夫婦で言っていたらフィンランドの友人が誘ってくれたので、思い切ってきたのです。大きなツリーをスノーモービルでみんなで切りに行くことから始まったイベントは、トナカイのシチューとあれこれのクリスマス料理のあとでトナカイに乗ってサンタがやってくると最高潮になります。素朴な美しい歌をみんなで歌い続けます。サンタが息子の名前を呼んでプレゼントを渡した時に彼は眼を丸くして 「どうしてぼくの名前を知っているの」 と叫びました。
[中略]
 次のこれをして、その次にあれをしなくちゃ、と段取りするたびではなく、何もしないための旅ができた時、やっと日常とは異質な旅がてきるのではありませんか。「気功的生活」という言葉はここから出てきました。気功をしなくても、ただじっくり味わえば暮らしがそのまま気功であるような時間の過ごし方のことです。でも、いまのあなたの暮らしの中でも多少は「フィンランディア」できるのではありませんか。
夏はあくまで涼しくように、冬はあくまで温かきように、というのは千利休がもてなしの心を説いた言葉ですが、夏は夏の中にひたり、冬は冬の中の冬、夜の中の夜に沈み込むというのは、また一つのありようのような気がします。
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「火垂るの墓」

2015年8月15日 8:36

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「火垂るの墓」をとうに見たつもりでいたら、昨日のテレビ放送でまだ見ていなかったのを知った。一人でいてよかったと思うくらい泣いた。戦争から敗戦へ何万箇所で繰り広げられた悲劇。霊をなぐさめるかのような、それ自身無数に死んで行った人々の霊であるかのような美しいホタル。野坂昭如とは何度か対談、座談しているが、これを見ずに原作も読まずに話をしていて申し訳なかったと悔やんだ。その野坂が、いまも元気に発言している。今日の大阪日々新聞で(共同か時事の配信かもしれないが)「再び破滅の道を歩むのか」として掲載されている。言うべき人が言うべき時に言っていると思う。「それにしても今の日本。今日あるが如く明日もあると思い込み、すべて人任せ、一方で自ら戦争を迎え入れようとしている」
「戦後70年はぼくにとって意味はない。少なくとも、ぼくにとって区切りでも何でもない。毎年この季節になると、日本人は突如、かつての戦争について何かと喋り出す。その数日、反戦の気持ちを新たにすれば、それでこと足れりとでも思うかもしれない」

「気がつけば、かつて大日本帝国が急速に軍国化の一途をたどった時と同じ、世間がぼんやりしているうち、安保法案が衆院を通過、国民に説明不足といいながら、破滅への道を突っ走っている」
「戦争に負けたからこそ頑張れたとも言える。〈不戦の誓い〉をもつ国だからこそ、豊かになった。憲法9条を変えてはいけない。憲法9条は日本を守る」
「言っておく。国は国民の生命、財産について保障などしない。国が守るのは、国家、国体である。かつて愚鈍なリーダーの下、大日本帝国は崩壊していった。戦後70年、今再び日本は破滅に向かって突き進んでいる。安保法制は、戦争に近づく。血を流すことになる。世間はそれを承知なのか」
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イルカ・海の気功師たち

2015年8月15日

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フェリシモの論文。これはとくに重要なので、全文出します。

 イルカの姿を見たことがありますか。水族館で芸をさせられている姿は少し悲しすぎるので、あまり見たくはありません。海で自由にしているイルカのことです。イルカに会う旅というのもあって、憧れてしまいますが、誰もが行けるものでもないし、あんまり会いに行っても先方も迷惑かも知れませんから、せめてタルボットのイルカの映像でも見てみましょうか。その優美な姿と動きは、見ているだけで瞑想になってしまいそうです。やさしく、なめらかな動きが海とほんとうに一体になっているので、人間の泳ぎに比べてすごく自由に思え、あんなふうに動けたらどんなに気持ちいいだろうと思ってしまいます。
ご存知と思いますが、イルカのあのヒレには五本指が入っています。イルカはもと陸上動物で、イヌの祖先と同じように陸上をかけていたのです。そしてイヌよりもだいぶ大きい、人間より二回りほど大きい脳を持っていました.ところが彼らはどの時点でか「やーめた」とまた海に帰ってしまったのです。なぜでしょうか。イルカと話す努力をしている人たちがまだはっきりと説明を受けるのに成功していないので、推測するしかありませんが、おそらくこのまま自分たちが手を使って道具を作り文明を発達させると、やがては地球を何度でも壊してしまうような道具を作る羽目になるかも知れないとある時悟って、別な道を歩むことにし、海に帰って手を発達させないようにしたのではないでしょうか。相とすれば、結局手を発達させてもう限界まで地球を壊してきてしまった人間が、もう一度なんとかやり直す道があるのだろうかというこの曲がり角に立って、こんなにもイルカに引かれてしまう理由がわかるではありませんか。


 彼らはぼくら自身のもう一つの生き方、もうひとつの進化の道を見せてくれているのです。 海に帰ったイルカはその人間より大きな発達した脳を何に使ってきたのでしょうか。彼らはずっと気功をしていました。いや、本当の話です。
イルカたちは家族を愛し、もの静かに助け合い、決して争わず、海の中で歌い、踊り続け、また瞑想し続けて、地球の声を聴き、地球と一体になることにすべての時間を使ってきました。それは悟りの道ではないでしょうか。イルカは誰でも超音波を発信して、ほかのイルカや魚や人間の体の中まで一瞬に見通して、相手がからだや心の病をもっているかどうか、すぐに見分けてしまうといわれます。高度に訓練した気功師がまれに見せる透視力と同じものをどのイルカも身につけているのです。
中国で一番古い気功は亀を真似た気功です。亀の中には一呼吸60分というのもいて、あんなに長い呼吸ができると長生きするに違いないと思われたのです。イルカだって肺呼吸ですが、一呼吸で20分も潜ります。それも時には海中で激しい運動をしながらです。イルカが身近にいたら、イルカの気功もきっとできたことでしょう。アボリジニがイルカとのドリーミングが大好きであるように。

そんなに肺が大きくないのに、なぜ人間の10倍も潜れるのでしょうか。肺活量のせいでないとしたら、何が違うのでしょうか。脳の酸素の消耗率が違うのです。心の状態に寄って、脳の酸素の消耗率は大きく変わります。それによって、必要な酸素の量も当然変わります。ダイビングの好きな人によく聞くのですが、60分潜れるはずのボンベの酸素が海中でパニックを起こすと、すごくたくさん使ってしまい、20分しか持たないというようなこともおこります。平常心がおかされると、いっぱい酸素を使ってしまうのです。
イルカごっこをしましょう、というと畳の上でくねくねするのかと思う人がいますが、実はそのまま息を止めてもらうだけのことです。まず30秒止めてみます。次に、もう一度息を止めているあいだ、嵐が来て船がしずみそうだとか、不安なこと、こわいことをいろいろ話します。そうすると、同じ30秒かと思うほど苦しいのです。次にもう一度、イルカと一緒にのびのびと泳いだり、気持ちよく太陽の光の中で遊んでいる情景を思い浮かべると、30秒を45秒にしても誰も気がつきません。これはどういうことかというと


 イルカはゼッタイ楽しいことしか考えない、だから酸素の消耗量が少なく、ずっと潜っていられるのだということなのです。実は気功でも、その人がどれくらい「気功状態の脳」になっているかを客観的に確かめたい場合、脳の酸素の消耗率が眠るよりどれくらい下がっているかをみます。この基準で言うと、イルカは誰でも気功師なのです。
このまま地球の温暖化が進んで行って陸地が大幅になくなり、もう一度人間は海に帰らなければならないかも知れません。もし海面が石油や放射性物質で覆われ切っていなければ、半ば海中で暮らすかもしれません。その時ぼくらはイルカに何を習えるのでしょうか
ジャック・マイヨールは素潜りで100メートル以上も潜ってみせ、こんな風にやれるんだよと示した上で『イルカと海に還る日』なんて、びっくりするような本を出しました。それは、人類の絶望というべきでしょうか、希望というべきでしょうか。
フランスやオーストラリアでは、海中出産をする人が少しずつでてきています。

 とにかく、海の字の中には母がいるのです。

イルカには生まれたばかりの海面に連れて行って、おぎゃあとは言わないかも知れませんが息を吸わせる係の産婆さんがいて、そういうイルカに近くにいてもらって海中出産をすると、人間の子供もちゃんと扱ってくれるのです。ところがそういう子供は最初に会うのが人間でなくイルカというわけですね。不思議なことにそういう子供は五分六分と潜って遊んでいられます。ジャックのような訓練をしなくても、産まれるときに空気中の子供が無意識のうちにするだろうある種の断念を持たなければ、イルカ人になれるかもしれないのです。そんなびっくりするような映像を見せてもラツタことがあります。
きみらの経験からしても人間にはどんな未来があるんだろうと、イルカにもう一度相談してみたいと、改めて思います。
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揚子江漂流隊

2015年8月16日 16:38

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 カヌーで至って気楽に川を下りながら、身体感覚を通してみた日本の河川の衰弱、品詞の状態を警告し続けてきた野田知佑さんの文章が好きで、いつか黒龍江(アムール川)とか揚子江とかカヌーなりボートなりで下ってみたいものだなどと夢想してきました。中国人たちはそんな役にも立たないことを誰もやらないだろうなと思っていました。ところが四川省に揚子江漂流隊というのがあったのです。17人のチームで、実際に下るのは7人ほど、夏に三ヶ月(ひと月は訓練、ふた月川下り)かけて揚子江を源流から河口までたどるための費用を残りの九ヶ月を働くという人たちなのです。
源流と言っても5000メートル級の青藏高原であり、難所、激流も多く、並大抵のことではありません。川そのものに入れないところは車で、車も無理なら馬でという部分もあります。
もともとただの望見やろうたちだったのが、6年続けてきて、ずっとビデオや写真を撮り続けているうちに、揚子江の加速度的な汚染の何よりの記録者になってしまい、環境問題の専門家扱いされるようになりました。揚子江は中国人の心の故郷でもあり、流域には五億人が生活していますが、中流の重慶は今や世界で最も大気汚染のひどい街であり、肺がん患者が激増していると中国政府の環境白書にも発表されていますし、下流の上海は世界で一番水汚染が進んでいるとされています。そういう悲しい状況の伸展を体感してきたのがこの漂流隊の人たちです。
すぐわくわくするたちなので、日本人も加わっていいんだろうか、などとまじに問い合わせてしまいました。どうぞ、ということですが、果たして三ヶ月の時間をつくれるかどうか。
成都の友だちはなくなった有名な画家趙大千の揚子江の源流から河口までを12メートルの巻物にした墨絵を見せてくれました。これも実際に全部歩いてみてスケッチしたものだそうです。この絵と、漂流野郎たちの写真とで展覧会をしてみたいねと言い合っています。
(93年の「気功的生活のすすめ」の水物語の10から)
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ヨロイを脱ぐ

2015年8月16日

 

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 誰でもヨロイを着て暮らしていると言われると、自分のこととして、どんな風に思いますか。あなたはどんなヨロイを着ているのですか。
きげんが悪そうで、あるいはお高くとまっていて、近寄りがたい雰囲気を身にまとっているといったふうなものだけが、ここでいうヨロイではありません。スチュワーデスさんが、特に笑いたいような状況でない時にも、実ににこやかに美しくしていられるのは、ひとつのヨロイです。若い女性が厚化粧して服装もびしっと決めて高い靴をはいてコツコツと歩いているのを見ると、「お、武装しているね」と言いたいときもあります。これも将にヨロイです。お父さんにはお父さんのヨロイがあり、小さな子供にもそれなりのヨロイがあります。生物としてとっていたい身振りとは別に、社会に適応するためにとっているいわば「演技」の体系を、ここではヨロイと呼んでみたいのです。

赤ちゃんがお母さんに「いいお顔してごらん」と言われて顔をくしゃっとさせると笑ってもらえることを知ったときから人生の演技は始まります。だんだんに「女の子は女の子らしく」とかいわれるようになります。小さいときは性別はあっても男的なものも女的なものも誰でも持っているのですが、その時代が女らしいと考える指標したがって、男的な要素を抑圧させられて行きます。学校に入ると生徒らしくとか言われます。制服だけでなく、身振り管理は教育の主要な内容でもあります。
会社に入ればその会社の人間らしくとか、課長さんになれば課長らしくとか、主婦になればなったでまた主婦らしくとか、社会はそれぞれに応じてのヨロイを求めてきます。それを身にまとえば普通に扱ってくれるが、それからはみ出すと「普通でない」「変なやつ」「不適応」ということになってしまいます。でも、本当は不適応のほうがまだ健康なのです。

出世はできないかも知れませんが、自分を守ることはできます。むしろ現代人の問題は過剰適応です。期待された役割を演じすぎてしまって、まわりからできたヤツと思われ、何も問題のない出世街道を歩いているはずが突然死したりしてしまうのは、この過剰適応のせいです。「やりすぎ」なのです。やりすぎ、演じ過ぎはモーレツサラリーマンに限りません。誰でも、少しずつは演じすぎています。そして身につけた仮面がとれなくなる悪夢のように、見えないヨロイを脱げなくなっているのです。
ヨロイが重くからだを縛ってしまうと、それはからだのアンバランスを作り出しもします。いつもいばっている人は腰痛になりやすく、腎臓や肝臓をやられやすかったりします。いつもすみませんという感じで鎖骨の周囲を緊張させている人は胃を弱くしたり呼吸が浅くなったりゼンソク気味になったりしやすいのです。心のこだわり、人間関係のこわばりは必ず肉体の緊張に影響を及ぼします。こうした社会的に押し付けられてきた演技体系だけでなく、繰り返される労働もまたからだのクセになって、その人のヨロイになります。ショックを受けたこと、叱られたこと、傷ついた体験、肉体的な無理やけが、そういうこともすべてその人「らしさ」を作るもとになります。私らしさとはこんなものだと、自分で作ってきた身振りの枠に満足してしまえば、それは牢獄になってしまいます。私にはたくさんのまだできることがあるのに、無限の人生がひろがっているのに、私は自分の収容所を大事にしているのです。

 私らしさとは何なのでしょうか。それは冷静に見ればさまざまな緊張体系の集積であって、リラックスしたら春の雪のように融けてしまうものではないのでしょうか。
そんなことはありません。そうした自分のからだと心のクセを知って、それを包み込んで生きて行くあなたの、たえず緊張をほぐしてその奥からいのちの泉をあふれさせて行く日々の努力こそが、本当のあなたの個性なのです。私たちはたくさんのヨロイを着込まないと生きてこれなかったし、自分で見たくもないたくさんの自分をしっているけれども、それでも仮面の奥のいのちの湧き出る泉を知っているし、ヨロイを越える会いの力を知っています。私は自分を収容所に入れておくのは許せないと思える有機は、そこから出てくるのです。気功的生活とは、自分のこわばりこだわりに自覚的になって、その牢獄の外に出て行くためのレッスンを続けていくことを指します

 気功というのは実に多様な「身振りのカタログ」なので、私らしくない身振りをしてみたければ、どこからでも選ぶことができます。動物のまねでもよし、武術のまねもあり、赤ちゃんのまねもあり、なんでもなのです。別に気功をしなくても、私らしくない身振りをとれば、その分だけ私のヨロイはやわらかいものになります。
あしたも元気に会社に行けることが健康だとしたら、それはヨロイの中の健康です。健康のためには会社を辞めるというのは、もう少し深い意味の、ヨロイを脱いでしまうという健康です。ヨロイを着てもこわばらず、ヨロイを脱いでも侵されないというのであれば、それは更にもう少し全体的な健康といえそうです。
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桃源郷

2015年8月16日

 

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 「ひすいの水を知ってからちょうど一年目に、「ひすいの水」の故郷をたずねることができました。
旅の目的として、九寨溝がメインでした。九寨溝は国連の自然遺産として登録されているもつとも有名な観光地ですが、四川省の成都から舗装のない道をバスで二日もゆられなければならないので、一般の観光客は少なく、まだまだ大自然が残っている大峡谷です[今は舗装もでき、飛行機も飛んで楽に行けるようになりました。環境保護局が厳しい政策を取っているので、観光地化したわりには自然は保護されています]。渓流と湖と滝とが連続して、活きた水の癒しの力を全身でわからせてくれる場所です。水の中で生えていられる樹があって、森がそのまま川になっていたり、スキー場くらいの広さの斜面が全部川だったりするのが圧倒的です。その帰りに「ひすいの水」の牟尼溝に寄りました。
途中から、こんなところをバスがよく入れると思うような山道を上がり始め、ひやひやしながら谷を見下ろしていると、やがて翡翠鉱泉水公司のオレンジの屋根が見えてきます。7000年の情報を持つこの水が免疫力を50%高める効果が確認されてから、この泉の周辺25キロ四方が汚染を防ぐために立ち入り禁止になっています。それだけに、野山に人の痕跡がほとんどなく、木々と草、花々、泉や小川、遊んでいる馬や長夜木いちごが好き真なく命のつながりを作っているのは、まさしく緑の桃源郷という風情でした。その晩ひすいの水を売ることをベースに、この土地に日中協力しての自然教育の基地を作るという契約に調印しました。すぐ隣には落差がアジア最大の滝もある桃源郷を守るために、ぜひ水をかってください。

[サントリー、アサヒ、そしてフェリシモが発売を検討してくれたが、結局実現しなかった。中国側も翡翠鉱泉水公司が崩壊して行方がわからなくなり、日本に運ばれた数百本の水だけを楽しんで終わった]
【水物語の11】

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水は山から

2015年8月16日 21:46

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 山は水タンクなんだと気がついたのは、富士山を半日見てすごす機会があった時のことでした。そのとき見た富士山の雲はジェック気流で流れてくる雲ではなくて、富士山自身が「一服タバコでも吸うかというようにして「ほっ」と吐き出した雲なのです。山の招待は水で、だからこそ雲を呼吸しているのだと分かりました。富士山に向合った時の圧倒的な感動は水があれだけの高さに立ち上がっていることに、私の中の水分が感応しているためだと気がついたのです。
水墨画の世界そのままの中国・黄山に行って、山や谷が雲や霧を吸ったり吐いたりしながら実に楽しげに複雑な対話をしているののを見せてもらいました。水も肥料もありそうにない岩だけの肌に立派な松が無数にそびえていらるのは、この霧のせいに違いありません。彼らは「霞を食って」活きているのです。水は地球の万物共通語だと改めて思いました。
古代人にとって、山は豊穣をもたらす水タンクでした。春に山の神を連れ下ろして田の神として祀り、秋の収穫とともに田の神を山に帰したのは、水の流れ下ってはまた蒸発して雲になり山に帰ることの象徴でした。
雨がどしゃ振りの時に山を歩くのが、実は好きです。しっかりとくるんだ着替えだけバッグに入れて、雨具もなしに歩きます。雨に叩かれて意識が少し遠のいていることもありますが、全身を包む水を通して、まわりの緑と土といつになく融け合っていったいになっているいるのが感じられます。雨のほうがずっと植物はいきいきとていることもわかります。少し体力がいりますが、近所を歩いても、別の国に言ってきたような気がします。
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白樺樹液

2015年8月16日 22:21

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 四月の中旬のほんのわずかのあいだだけ絶妙の淡い甘さを味合わせてくれる北海道の白樺に会いにいきました。旭川からまた北に三時間ほど行った美深町で白樺樹液を取り、「森の雫」という飲料にしているのです。まだ50センチほども雪が残っている芋畑を半キロほど歩くと白樺の群生があり、そこで白樺に小さな穴を開けてパイプを入れ、樹液を採っているのです。樹液というとゴムとか松脂のようなものを連想する人がいるかも知れませんが、白樺の場合はさらりとした、水そのものです。北海道ではステンレスの大きな缶を湯沸かしとしてストーブに置くのですが、その間に一杯、一日に出します。二つ穴を開ければその1.7倍ほどの液が出ますが、かわいそうな気がして一つにしているそうです。
テレビのグルメ番組などであれこれ食べて「わあ、おいしい」とか言うのをほかに言いようはないのものかとケーベツしてきたのですが、雪の中で白樺から直接飲んだ樹液はとにかくおいしくて、言葉になりませんでした。イプクロではなく直接細胞に入ってくるというか、むしろ直接魂にしみ込んでくるような、透明でさわやかな味でした。大地に水を自分のからだを通して、さまざまなミネラルや蛋白質を加えて私たちに提供してくれるのです。

白樺は「母の木」とよくいわれますが、とすればこれはお母さんのおっぱいということになります。「森の雫」を飲むことから始まった「気功的生活カタログ」論議なので[津村喬の感性クッキング第一回にこの白樺ジュースのことを書いています]ぜひみんなにも飲んでほしいと思っています。
春には木々は地下からどんどん水を吸い上げます。聴診器を使えばどの木も中で「どっくん、どっくん」としているのがわかります。耳を当てても、静かな場所であれば「ジュクとか「ピキとかいって、水が動いているのがわかります。たくさんある木々の中でも昔からカエデと白樺は、樹液が好んで飲まれてきました。カエデの方は甘くて煮ればメープルシロップになりますが、ほとんど水でしかない白樺樹液が北欧やカナダ、ロシアなど北の国々で愛されてきたのはなぜだったのでしょう。
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ヒトは水の袋

2015年8月16日 23:30

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 私の70%が水であるとしたら、「あなたは誰ですか」と聞かれて「水です」と答えてもそんなに間違いとはいえません。会社の名前を答えるよりはずっと本質的な、存在に関わる答えではありませんか。
野口体操で知られる野口三千三(みちぞう)さんが肩がこったり腰が曲がらないと言っている人に向かって「からだは水のつまった袋」だから、そんなにこわばるのはおかしいと言います。全身を上下にゆすったり、寝転がって腰を左右にゆすってみると、「水のつまった袋」の実感が出てきます。そういう実感があると、ほぐれやすいのです。
水と言っても血液とリンパ液、脊髄液、脳漿みたいなものになりますが、その大部分を占めるリンパ液が生命誕生の頃の、35億年前の海の成分とほとんど同じだというのは不思議なことです。人間は地球史の博物館でもあるのです。35億年の情報を記憶した水が私です、ということになります。そこに日々どんな水を入れて行くかが明日の「私」を決めて行くのは当然のことで、水タンクでもあり、水の流れでもある私を自覚するところから水とのつきあいも変わってくるかも知れません。

時間のある時は天満宮でなく、蓬莱山の湧き水を汲みにに行きます。
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六甲のおいしい水

2015年8月17日 10:15

 

 「六甲のおいしい水」と言って売られているものが、いったいどこから採られているのか、一度聞いてみたいものだと思っています。私は六甲の隅から隅まで歩いていますが、そんな水の出るところを知らないからです。
再度山に向かう大師道の途中にある毎日登山のメッカ灯篭茶屋はちょっと客を連れて行くのに程々の散歩道なので、よく行くのですが、少し前までは皆そこのおいしい谷水をもらって帰るために容器を持って行くのが楽しみだったのに、いつしか同じ蛇口に「水道の水です」という札が下がるようになりました。そこに通っているヒヨコ登山会の方から「新幹線が六甲の下を通ることで消滅した湧き水一覧」の地図をもらって愕然としたことがあります。
芦屋から有馬への「六甲銀座」の途中、雨ヶ峠のゴルフ場にかかる道が清流とクロスするところに、兵庫山岳会の出した「この水は汚染されて飲めません」という札がかかっています。それだけの文面ですが、こうして必死に登ってきてこれが飲めたら、という身体感覚を通じて、雄弁にゴルフ場のあり方を告発しています。

芦屋の城山の降り口の水、荒地山の奥の水、紅葉谷の有馬方向に下りかけた場所の水、摩耶山の旧天上寺近くの水、杣谷の出口の水とまだ水の出る数十カ所を数えて行くことができますが、どこもここ数年の間にほとんど枯れてちょろちょろになってしまうか、ざらついた味に変わってしまいました。だから「おいしい水」なんてどこにあるんだろうと思ってしまうのです。
かつて神戸ウォーターは赤道にまでもって行っても腐らないといわれて、どの船も遠洋に出る前は水のために神戸埠頭に寄ったものです。いま神戸の水道の蛇口から出てくる水は琵琶湖の水。京都、大阪、神戸と距離が長くなるに連れてひどい品質になっていきます。どこのスーパーでも水が飛ぶように売れて行るのは悲しい状況です。どうしたらおいしい水道水は蘇るのか、皆で考えてみたいものです。

 

[ 1983年から2010年まではハウス食品が、2010年から2012年まではアサヒ飲料が「六甲のおいしい水」を売っていた。12年以降は「おいしい水六甲」に名前を改め、東日本の「富士のパナジウム天然水」と市場を分け合って西日本のみで売られるようになった。もともと灘区の六甲牧場を名乗る工場の跡地の水を奈良でボトリングしたもので、六甲とはほとんど関係がなかった。のちに西区井吹台に新工場を作ったが六甲水系とはほとんど関係ない。公正取引委員会は2008年6月17日、景品表示法違反(優良誤認)でハウス食品に排除命令を出し、メーカーも受入れた。優良誤認とは「事実に相違して競争関係にある事業者に係るものよりも著しく優良であると示すもの であって,不当に顧客を誘引し,一般消費者による自主的かつ合理的な選択を阻害するおそれがあると認められる表示」出あるが「六甲のおいしい水」を「おいしい水六甲」にするという茶番だけですませている。神戸ウォーターがまだあるのか、水質がどうかということはわからない。昔、外国航路の船乗り達が神戸港で積んだ”布引の水”は、『船が赤道を越えても腐らず、美味しさが変わらないので、コウベ・ウォーターは世界一の名水と喜んだ』ことを宣伝文句にしている水があるが、イメージだけを借りているようである ]

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台所

2015年8月18日 15:12

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 できあがった料理を「ハイ、どうぞ」と持ってくるのでなく、作るプロセスを「ほら、おいしそうでしょ」と見せてしまうやりかたをオープン・キッチン方式と言います。今度の「気功的生活カタログ」はオープン・キッチン方式で行きたいね、とある時みんなで話し合いました。この企画に参加したフェリシモのスタッフにとっても、私にとっても、どんなふうにしようかと話し合って行く中で本当に楽しい、さまざまな発見があったからです。その発見をナマに伝えながら、ほら、こんなものができつつあるんですよ、とお知らせするために、「気持ちよさ100の提案」と、それに続くこのレターは作られました。

1994年の秋にフェリシモにとってもまったくあたらしい「気功的生活カタログ」(まだ仮の名前ですが)が出されます。その準備の中で考えていることをお伝えして、あなたにも台所にちょっと入ってもらえたらもっと楽しいなと思っているのです。

 この企画会議は、ビルの中でしないで、山でやろう、ということになりました。神戸の六甲山系のいくつかの場所で、風に吹かれながら会議をしたのは、今までのカタログ作りになかったことでした。
最初は再度山の灯篭茶屋のテラスの、まだ新緑というには早いもみじの下でやりました。小さなカップの蝋燭をいくつか灯し、中国の細長い船形の香立てに比叡山の香を焚いて、それだけでまわりの山から「しん」とするほどの霊気が立ち上がるのを感じてもらいました。この日は私から「自然を五つのエレメントでとらえて深く自然と付き合う中国の伝統思想を商品構成の一つの基礎にできないか」という提案をしました。五つのエレメントというのは木・火・土・金・水のことで、古代中国の人々は世界の一切をこの五つが変化したものとして見ようとしました。周りの山の上の量感と小川のせせらぎを全身で感じ、もみじや桜の木ずれの音を聴き、蝋燭の火を見つめていると、見えている一つ一つのものが大自然の一部なのだと、あらためて実感してしまいました。

 私はフィンランドに何度も通った体験から、その森と湖のことを話し、気功法などしなくてもいいほど自然な生活を「気功的生活」と呼ぶようになったいきさつを話しました。


 フィンランドでは白樺がとても好かれています。白樺は貧しい土地にまず生えて、自分が枯れてほかの木々がそこで育つようにするので「お母さんの木と呼ばれています。

 白樺を暖炉にくべて、いつまでもその美しい炎を見ます。サウナも白樺で焚き付けて熱の力が熱に変わったものとして、「火加減」にまるで人格があるかのように尊敬を払います。白樺でまな板や皿を作り、フォークを作り、白樺の若い枝でからだを叩いてマッサージ師、白樺のタールやその巻きを燃した灰を薬として珍重します。「でもなんといっても白樺が好きになってしまうのは」、私はもったいぶって鞄から白樺の樹液のジュースを出しました。北海道でこの春の樹液を詰めて売ってくれる人がいたので、一人に一本ずつもって来ていて、それが自慢だったのです。何も転化していない樹液だけで、ほのかに甘く、果てしなく透明な感覚です。雪の融けた春のせせらぎがあんな風に空に向けて立ち上がって、こんなにおいしいいのちの水になるとはー「お母さんの水」の素晴らしさが舌と喉でわかった気がしました。


 たとえば白樺物語を頭にはっきりと描けるとき、木の道具と今までとは少し違った出会いができます。商品の数だけ物語ができれば、その品物の産まれた自然環境につながる行動の道筋ができます。そんなカタログが可能でしょうか。

 この企画会議は六甲山の上の茶屋「登六庵」で緑の風に吹かれてもしましたし、布引ハーブ園で夕日をもろに浴びながら、また天の須磨観光ハウスで座敷じゅうめいっぱい中国西南少数民族の工芸品を飾り付けた中でも持たれました。フェリシモの人々は気功の奥の世界に次第に触れて、視線隊の不思議や自然へのかんじゅせいということへの深い気づきを重ねて行きました。私のような気功の世界でしてきたものに取っては、特別の愛好者でない普通の若い女性にどんな風にこの奥深い世界を伝えたらいいのか学ぶことばかりでした。真剣に仕事をしましたが、でも楽しい時間でした。
「登六庵」では私が持参した世界各地の気を感ずるグッズを皆で試してみました。フィンランドの湖のように青いガラスのピラミッドが「すごい」という人もいました。竹と一緒に数千度で九回焼いた韓国の塩の強い陽気を感じたり、五台山の霊水の波動を感じたり、いろいろな体験をしました。ハーブ園では私が持ち帰ったばかりのハワイイの伝統的な守護神像を巡って論議したり、匂いや音といった五感の拡張をどうしていけるかを論議したりしました。須磨では「Oリングテスト」等、このレターの「気のワーク12ヶ月」二でてくるようなことをみんなでこってやってみたり、結局「気持ちいい」というのが自然と自分の出会う場所だから、気持ちのよさを洗練して行くことが大事、とそろそろ結論の見てきた話をしたりし増したるそこで「気持ちのいい経験100メニュー」の原型が提案されもしのです。


 気功的生活という言葉は中国ではなくてフィンランドで出てきました。私たちが便利な文明生活の中でもう忘れていた自然と一体になった暮らし、しかも原始生活というのでない、とても快適な暮らし。

それを味わってみるために皆で行きませんか、と社長に提案しました。社長は忙しくて日程が取れませんでしたが、編集の大森さんと企画の今井さんが7月のヘルシンキ伝統医学会議とラップランド旅行に参加することができました。このことはまた次の機会に書きましょう。みなそれぞれに、人生が少し変わってしまうような体験をしました。それがカタログに活かせたらいいのですが。だってこれを読んでいるあなたにも、そういう経験をしてほしいからです。
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オーロラ・イルカ・気の体験

2015年8月18日 15:17

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100のメニューの中では圧倒的にオーロラ体験希望の人が
多かったのです。それで93年の冬に50人くらいで行きました。
ほたのものもいろいろな二泊三日のワークの中で
やっていきました。カタログは実現しませんでしたが
このプロセスがとてもたのしかったのです。

オーロラ・イルカ・気の体験

 「100メニュー」の投票結果ベスト30を発表します。圧倒的な一位は「サンタの故郷ラップランドでクリスマスを体験しオーロラを見る」でした。霊柯5度の戸外に立って空を見上げて長時間オーロラの出現を待つのがどんなものか知っていて投票しているのかなと首をひねりもしましたが、でも本当に気持ちいい体験には違いありません。二番目が「イルカと泳ぐ」。これもイルカの迷惑にならないようにコンタクトすることができるようになるには、事前の準備が必要です。樹林気功もそうした人間以外のものとのコミュニケーションの訓練になります。
「気って本当にあるの? 気の出し方高め方」も高い人気でした。旅をして非日常体験をするのと、気のレッスンなり健康や美容への応用と、半々というところでしょうか。
「気功的生活のカタログ」の中には、こうしたイベントやワークが商品とからめて、たくさん提案されるはずです。でもその前に、これに関心を持ってくださる方々と一緒に旅をしたりワークショップをしたりしながらカタログを作って行きたいと思い、6月から始めて行くことにしました。生活参加型のイベントに参加してくれた皆さんの写真も入ったカタログにできたらと思っているのです。きれいなモデルさんだけのカタログより、私たち一人一人が変容して行くリアリティが出てくると思いませんか。二泊三日の合宿の中で、100メニューの中の樹林気功、月の瞑想、温泉体験、気の基本訓練などが複合的に体験できる企画をいろいろと用意しています。

順位                               票数
01 サンタの故郷でクリスマスを体験しオーロラを見るツァー 3920
02 イルカと一緒に泳いでみる 2052
03 満月のパワーを知ってきれいになる 1760
04 気って本当にあるの? 誰でもできる気の出し方高め方 1622
05 北京で大好評痩せる気功を全公開 1549
06 南の島の浜辺のフルムーンパーティ 1507
07 温泉にひたってからだが大地に溶け込む 1317
08 からだをきれいにする体内浄化呼吸 1248
09 海中浮遊瞑想体験 1241
10 ハワイ・熱い太陽と仲良しツァー 1172
11 とろけてしまいそうなミュージックセラピー 999
12 ルナティックナイト・高原の満月の宴 904
13 中部フィンランドでムーミン博物館とハルトラ人形館 855
14 右脳発達プログラム 821
15 体調を整える自分の香り作り 800
16 5000年を経た屋久島縄文杉に会いに行く 762
17 月と一体になる月輪観体験 740
18 簡単な運動呼吸イメージを通してからだと心をほぐす 710
19 呼吸法瞑想法で本当にくつろいだ自由に心をとりもどす 699
20 日本一きれいな四万十川で遊ぶ 664
21 北海道白樺体験 635
22 自分にタッチし深いところから癒すタッチング気功体験 617
23 地球の音、惑星の音を聴くアストロノミックコンサート 539
24 痩せて元気になる!ハワイイの伝統料理クッキング 507
25 全身浄化、体力回復の亀の呼吸を中心に基礎気功ワーク 486
26 土と火が出会う焼き物体験 451
27 私の木、私の森を探す旅 425
28 すぐ覚えられる新編集コンパクト太極拳 423
29 聖なる水に満月を映して・京都鞍馬山月祭り体験 413
30 ワープロコンピュータで心身疲労を守る 409
[30位までの投票総数は31754である。100位までたどれば、おそらく五万人くらいが投票行動に参加しただろう。見て関心を持ったが出さなかったという人はその数倍はいただろう。30位までで直接気功とはつながらない項目は「焼き物体験」だけといってよい。29項目は気功のいずれかの側面を使っている。もちろん焼き物と気功にすることは可能なのだが]
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イメージの力を知っていますか

2015年8月19日

イメージの力を知っていますか

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これは一つだけ紹介しておこうかな。
フェリシモの読者に紹介した気功ワークの二回目です。

02  イメージの力を知っていますか 
2 上を向いて歩こう

 ひとり(A)が片腕(利き腕のほう)を肩の高さで前に出して、もうひとり(B)が手首のところを上から押し下げるようにし、Aは抵抗して上に向けて力を入れます。最初にこういう感じで力を入れてテストしてみるのですが、この後の変化をたしかめられればいいので、あまり力まかせにはしないようにします。でも一定の力は必要です。
このとき出ている力は①頭で命令して出せる力、プラス②全身の無意識の(頭に支配されない、気に支配された)筋肉のバランスの力から成っています。意識的に同じ力を出そうと思いながら実際に出る力が変化したとしたら、それは気の力が増えたか減ったかの目安になります。気の変化を確かめるための実験です。
Aに「イメージを挙げている手の手首側(下側)におく」ようにいいます。そして「同じように力を入れて腕が下がらないようにしてください」といいながらBが手を押し下げるとAはさっきのように力が入りません。「今度は手の甲の側(上側)にイメージを持って行ってください。入れる力は同じように」といって上から押さえると、今度はすごい力が抵抗できます。
これはどうしたのでしょうか。わずか2,3センチの差ですが、腕の下側にイメージを持って行くと気は下がり始め、その方向に沿って下に押されるのでぜんぜん力が入らなくなるのです。上側にイメージを持って行くと気が上がって、力が増えます。「イメージしたところに気が行くことがわかります。
頭のてっぺんや足の裏をイメージするとどうなるのか、やってみてください。「上を向いて歩こう」という歌がありましたが、上を向くと気があがり、下を向くと気が下がるのは本当です。
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気功法発刊記念漢方料理の会

2015年8月22日

 

 

図説気功法発刊記念漢方料理の会という6ページのパンフレットが一部だけ残っている。星野稔と二人で柏樹社から出した本の出版記念である。先に東京でやってから神戸でやりなおした。1984年4月6日のことで、会場は生田文化会館だった。
祝われるはずの私が出しゃばって料理してしまうというのは昔からのことだ。もっと前、岡島治夫の神田道場開設のときは「沖縄から東アフリカまで50カ国料理」というのをやった。これもメニューがどこか袋ファイルに残っているはずだ。二晩かけてほぼひとりでやった。こうなるともう趣味としかいえない。これは津村の新しいパンフレット『からだ論余録』に含まれます。

このほど柏樹社より星野稔・津村喬著『図説気功法』が観行され、東京都神戸で記念の集まりを持つことになりました。東京では四谷の主婦会館で四月一日、150人を超す盛況で、こう習とパーティが持たれ、神戸から津村が出向きました。神戸では6日、星野が来神して手作り漢方料理の会をささやかに持ちます。
気功には、外気服用と内気錬成が含まれ、外気服用は天の気を取り入れる呼吸法と地の気、水穀の気を取り入れる食事法とに分かれます。中国ではもともと気功も食事も同じ養生術であり、食べることも当然に「気のトレーニング」なのです。その意味で気候研究の興隆を祝い、願う集まりには、食を人間と自然の交流という面から組織した漢方料理こそがふさわしいはずです。
私の本草研究はまだ入門以前の受け売りでありますが、一弥楽しく語り、飲み、健康を考える機会となれば幸いです。

◇鹵菜盛り合わせ
鶏砂肝、鶏手羽、牛心臓、牛腎臓、うずら卵、香菜
鹵菜とは鹵汁(ルージー)という各種スパイスで煮た料理をいい、前菜によく使われます。肉の持つ毒を消し、肉の薬効を引き出すほか、以下の作用が複合します。
《主な材料の薬効》
鶏肝   消食積、止遺尿、化石(結石をとる)、小児かんしゃくなど
鶏手羽  益気補血、強筋骨
牛ハツ  益心補血、神経安定
牛マメ  補腎気、通膀胱、消積滞、上喝、腎虚による遺精、腰痛によい
うずら卵 補益気血、強身健脳、降血圧、神経衰弱、動脈硬化
香菜   一切の不正の気をのぞく、散風寒、発熱頭痛、消食滞、益発痰疹
《漢方薬》
肉桂シナモン 腰膝痺痛、駆風、健胃
丁香クローブ 駆風
花椒チャイニーズペッパー 吐瀉、胸腹冷痛、健胃
八角スターアニス  胸腹冷痛、興奮、胃のただれを治す
陳皮オレンジピール 食欲不振
生姜ジンジャー  発汗、芳香性刺激剤     
◇五種類のキノコ炒め
しいたけ、しめじ、えのき、ふくろだけ、ひらたけ
椎茸    開胃、胃痛、吐き気、痔、腸風下血、子供のじんましん、益味助食、治風化痰
ふくろたけ 消夏、平熱、降血圧、抗がん[虚弱者は食べ過ぎぬよう]
ひらたけ  抗がん、舒筋散の原料=腰痛、手足の麻痺、筋肉のこわばり
◇金針菜と干しえび、薄揚げの炒め煮
金針菜   補血(ほうれん草の20倍の鉄分)神経衰弱、健脳
干しえび  補腎興陽、筋骨疼痛、インポテンツ、かいせん、神経衰弱
◇おからの中華風炒め(什景雪花泥)
おから   豊富なファイバーで健胃整腸、食積を除く、腸がん、胆石予防
豚肉、大貝、かます新子、胡麻、松の実、冬菜、卵
◇ニラ、アサリ、豆腐の炒め
ニラ    健胃能食、益陽、便秘、鼻血、アレルギー性皮膚炎
アサリ   清熱、利湿、化痰、胃痛、中耳炎
豆腐    清熱、潤燥、生津、解毒、補中、寛腸
◇わかめ、夏みかん、胡瓜のサラダ
利睡降圧、清熱去痰、肥満、甲状腺腫
◇鶏肉とくこの煮込み
鶏肉    益気補虚、暖胃、強筋骨、活血、調経、中風、浮腫
枸杞    強壮、明目、糖尿
◇豚、ピーマン、落花生の炒め
豚肉    補腎気、解熱毒、圧胆石
ピーマン  興奮、発汗、行血、駆寒、健胃
ピーナツ  強壮、補慈、降圧、催乳、腎炎水腫
◇羊肉とネギ、当帰の炒め煮あんかけ
羊肉    産後虚血、腹痛、男子五労七傷、腎虚陽萎、身面浮腫、消喝利水
ねぎ    肺病、肝中邪気を除く、百薬の毒を消す、疎通関節、風邪、鼻づまり
当帰    血液の循環をよくし、血圧を下げる、婦人病、貧血冷え性、生理不順
◇こんにゃくとニンニク茎の辛味ソース
こんにゃく 動脈硬化、糖尿病、便秘、腸がん予防
ニンニク茎 健胃、除風邪、去風湿、治腎気
◇セロリとかに、杜仲のスープ
セロリ   降血圧、中風、嘔吐、百日咳
かに    散血、滋養、清熱、解毒、止痛
杜仲    降血圧、強壮、補腎、治腰膝痛
◇なつめともちごめの甘い粥
なつめ   滋補強壮、消薬毒
もちごめ  補脾胃、益肺、温能養気、脱力疲労、体虚心慌
白麗花   白キクラゲをアカシアの蜂蜜につけたもの
◇鶏と朝鮮人参のかゆ
人参    強壮、滋養、食欲不振
うるち米  益気止煩、補中止瀉、壮筋骨、平和五臓、聡耳明目、強志補益
鶏肉    前出
◆ビール  高血圧、動脈硬化、心臓病、腎炎からのむくみ、肺結核、産婦のおっぱい料理
◆五加皮  滋養補腎
◆桂花陳酒 健胃、化痰、芳香

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