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津村 喬 中医学 太極気功研究 枕書茶楼 老驥居 zen cooking 気功辞書

2016年8月

 



2015-16フィンランド五禽戯たべられるか

2016年8月1日

写真


実は檜原村での五禽戯特別講習の予告でした。


五禽戯たべられるか、は実は檜原村での五禽戯特別講習の予告でした。九月の末ですが,予告しておきます。外からも参加できます。五禽戯体験者も初めての方も歓迎です。いつもよりもまとまった時間を取って一通りを体験してもらいます。


熊になったり、鶴になったり
五禽戯特別講習

 2000年前の華佗が作ったといわれる動物模倣の体系があって、五禽戯と呼ばれています。虎、鹿、熊、猿、鶴の五つの動物です。儒教はキリスト教徒と似たところがあって、生命の中で人間だけを特別のものと考えている所がありますが、道教はむしろ時間をさかのぼって、大人が赤ちゃんの振りをしたり,都会人が農作業を真似たり、人間が樹木や動物の真似をします。私の親を真似てルーツを確かめるということをずっとさかのぼって行くと、ネアンデルタール人を真似たり、オランウータンを真似たり、恐竜を真似たり、結局のところ宇宙の誕生にまでたどりつくことになります。「先祖をまねて、先祖の体験をしてみる」というのが道教の方法です。私の中には無限の情報があると道教は言ってきましたが、それがDNAという形で確かめられて来たのが現代の科学です。だから、動物模倣は最先端の科学をからだで実験してみる方法なのです。

 五つの動物は人間の心理類型の五つのパターンに相応しています。私が「人間らしい」と思っている行動様式は、実は「熊型」や「鶴型」に対応しています。無意識に選んで来たパターンをもっとうまく演じれるようにすることもできますし、私に似合わないと思って来た別のパターンも少し練習すると演じられるようになります。五禽戯はそのもっとも身近な体験として古代から研究されてきました。

 檜原村での気功講習、今回は11時から5時までぶっ通しのレッスンで、動物模倣を通じての自分探しをしてみてください。

①まずやさしい周稔豊五禽戯で基本パターンを身につけてください。
②郭林五禽戯や焦国瑞五禽戯、現代五禽戯の源流というべき胡耀貞五禽戯からいくつかの動作を紹介します。
③すべての古典を踏まえて現代アメリカ人のために作られた張宇五禽戯の25式の大部分を伝えます。
④健身気功五禽戯を作った虞定海の基礎研究になったDVDの一部を見てもらいます。
⑤お話もしっかり聞いてください。ノートをとってください。
   気功で「真似をする」ということ
   華佗という古代の医師のこと
   運動療法、経絡療法から見た五禽戯
   人間らしさを脱ぐということー心理療法としての五禽戯
   世界の動物模倣とシャマニズム
⑥自分の「動物」を知るための行動心理分析(表を書いてもらう)
⑦周稔豊五禽戯、張宇五禽戯をベースに自由に動いてもらう。

講習料 6000円(パンフレット付き)
宴会費 2000円
今の所の予定です。

五時半からの宴会は五禽料理とまでは行きませんが
「馬鹿になってみる」
をテーマに馬肉、鹿肉、熊肉などの料理を出します。
野菜メニューも豊富です。


お問い合わせはメール kikoubunka@yahoo.co.jp   か

FAX 075-777-7719 でどうぞ。


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2015-16フィンランド津村喬のホームページ

2016年8月2日



情報量はかなり多いが

津村喬のホームページをご存じない方もいるただろう。というので改めて紹介する。情報量はかなり多いが、不十分な所もあり、ちょっと中途半端な所もある。小原さんが自主的判断でいろいろやってくれているが、こちらからもいろいろと注文をつける。しばらく注文を忘れていると、王子講習の開催日が勝手に一週間ずれていたり、何ヶ月もなくなっていたりする。もっとしょっちゅうチェックしないといろいろとずれてしまうと反省している。
気功文化研究所のタイトルの下に津村気功とあって、「正しい心、正しい行い」とあるが、これは私の言葉ではない。小原さんがどこかから引っ張って来たものだが、正面から反対するようなことではないからそのままにしてある。その下に「まずもろともに宇宙のみじんとなりて」があるのも、宮沢賢治の言葉だが、これも小原さんが私の過去の文章からとってきたものだ。
左肩に「HOME」というのがあって、Yorkのガン治療の記事やいろいろこの半年の活動の報告が載っている。
下に八つ並んでいるのがいわばメインの部屋である。このために書いた自己紹介と脈々という昔出していた冊子の1988年の発刊宣言とかが載っている。「ほとんどすべての人のための高野実入門」とか私の母親の母親のことを書いた文章などもここに移して行くべきものだ。となりの「中医学」はただいま編集中。
膨大な文書があるが小原さんに送り忘れていた。
「太極気功研究」は太極拳の一部を気功として練習できるようにしたものの研究。
中国古典研究」は荘子、墨子、抱朴子などについていかにも中途半端に入っている。
「枕書茶楼」は私の書斎の名前で、ここには数千冊の気功関連図書があって随時紹介して行きたいがなかなかその手間がない。
「老驥居」というのは私の書斎の名前だが、ここには履歴とかいろいろ公開することになっていて、まだしていない。
「ZEN COOKING」は英語で料理の仕方を書いたもので、一部未完成だが100項目ある。
「気功辞書」も健身気功用語辞典を作った話とかの文章が入っているだけだが、近く「悟真篇丹法養子英語版巻末用語辞典」の全訳を乗せ、また中文版気功用語手册の主要部分の日本語訳を掲載する。
HOMEの列の下の方に「今月の予定」があり「地図」がある。
二列目は上から「気功とは」「基本の気功」「日常生活に気功を」「現代病と気功」「樹林気功」「郭林気功」「老師」と並んでいる.老師というのは私がお世話になって来た先生方のことで、多くは故人になっているが、写真のあるものは紹介している。
三列目は「自然」「意識」「静功」「健康」「私の健康」「ガン治療」、四列目は「楽しい仲間」「気功的生活のすすめ」「いろんな出来事」「Facebook拾遺」、五列目が「北欧の民族」「旅日記」「NY日録」「海外講座」「講座・研修」「総会」、
六列目が「入会のご案内」「書籍」「当研究所のNEWS便」「当研究所の販売物」「当研究所で治療」と項目が別れている。「総会」も変なものでどうせなら毎年の記録を載せて欲しいが2015年だけが載っている。まあいろいろ不備はあるのである。Facebookの情報を整理して行くだけでも相当に大変な作業なので、小原さんを責めるわけにはいかない。
本当は私の昔の本をよめるようにしたいとか、いろいろあるのだが、そうなってくるとホームページ二つ三つを連動させて行かねばならない。つまりここ一二年の文章資源だけでこれだけのものになるので、私の最初の本『われらの内なる差別』から(単行本で120冊前後、パンフレットで二百冊前後)とか、1986年の『脈脈』『北京春風』からとなると、この何十倍かのスペースがいることになる。私はそれらの資料に埋もれている。打ち込む仕事をしていくとすれば新しい仕事ができなくなる。そろそろ死ぬ準備をしなくちゃなどといいつつ、少しも片付かないから、当分死ねないということなのか
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2015-16フィンランド静功について

2016年8月2日



2016年7月2日ヘルシンキ講義

静功について 2016年7月2日ヘルシンキ講義  静は動に対して言う言葉だが、抱朴子の「静中有動、動中有静」という言葉を説明できる人はいますか。(しばらく議論するがあまりいい論議は出て来ない)言葉通りのこととしては、「静かにしようと思うと内部の心臓の動きや呼吸の動きや血管の動きが見えてくる。動いて行くとますます脳が静かに澄み切ってくる」という意味ですね。動く時に動きのことだけしか考えられないのはとても鈍感な状態。静かにしたら動きは見えないというのは困ったものです。静と動が切り離すことができない、動静一体であるといっているわけですね。
 人間は動物ですから、動きが本質です。しかし絶対の動の中に相対的な静がある。気功が常にゆっくり動くのは動きの中で「静」を感じていたいからです。やみくもに動くのでなく、動きを秩序化したい。それは身体運動を秩序化することによって身体の可能性をもっと開いて行きたいからです。私たちは兵隊さんのように秩序化したいわけではない。私たちはどうやって歩くのですか。目標に向かって揃って歩いて行くのは気功の歩き方ではありません。秩序化ということのなかに「権威主義的な」秩序化と「私の身振りをさらに解放する」秩序化があるのです。「気をつけ」「休め」と皆さんはどのようにやるのでしょうか。日本の「気をつけ」はデンマーク式が入ってたものですから、動かない時も緊張しています。フィンランド式はどうですか。権威主義的な身振りは静けさと両立しません。権威主義的な身振りは私の内部の皮膚感覚や内臓感覚をとらえることもできないし、宇宙の中の私、銀河系の中の、たくさんの無数の銀河系や暗黒星雲の中の私を見ることもできません。
 気功とは何かを演ずることだと考えると、われわれは結局動きの中にあるのだが、動を演ずることもできるし、静を演ずることもできるというふうに考えてみましょう。五禽戯や亀蛇のような動物の動きを演ずるものもあれば、樹木を演ずる站とう功もあり、岩のようであれとよびかける天台止観もあります。でも亀や蛇の動作を真似る究極のものは「冬眠」の真似です。五禽戯の虎もまた眠りから始まって眠りに戻ります。動物の真似をしても静を演ずることはあるのです。樹木はどうですか。わたしたちは静止状態の樹木を演ずることもできるし、発芽したり枯れ葉を落としたりする樹木を守ることもできます。岩? 厳密にいえば岩も生きていて、何百万年単位で形を変えたりします。それどころか日本列島は年に数メートル日本海側が沈んで太平洋側が浮き上がっています。私はそれがもっとも激しく現れている北海道の岩場の「真似をする」こともできます。そしてそういうすべていっさいが動いている中で静の真似をすることで、動きの中では見失ってしまうたくさんのものを動きの深層に見出して行くことができます。まさにそのためにこそ静功は存在しているのです。
 静功には二つの方法があります。
 ひとつは「完全に無にはなれないのだが無を演ずる」ことです。これを仮に「無の静功」とよんでおきましょう。もうひとつは「静を通じてより深い自分を認識する」ことで、これを「有の静功」と呼びましょう。どちらが質が高いということはないのですが、第一の方法は自己意識を次第にすべて捨てて無を演ずるうちにかえって無に接近して行きます。第二の方法は自己意識を手放さないので、その分浅い瞑想のようですが、これが前頭葉の空回りで終わらなければ、もう一層深い私、更に深い私に入って行くことができます。この無というのは何かというと、「自我のない私」という意味です。自我というものをさまざまに定義することができますが、世界と対抗し世界に向合って私がある意識と仮に言っていいでしょう。そうすると、何らかの体験を通じ私と世界が融け合って区別のつかないものになっていくことで演じられた無が本当に体験された無になっていきます。老子はこれを「守一」といいました。二つというのは意識と身体のことであり、私と世界のことでもあります。それが二つではなく一つになって状態をしばらくキープすれば、いろんなことがおこるといったのです。どうすればいいのか。もう一度いえば、自我を放棄すればあなたはすべてでありうるのです。もちろんそれは「それについてそのように考えてみる」ことではありません。実際の瞑想のプロセスの中で感じてもらわねばなりません。
 ここで有名な黄帝内経の中の言葉を思い出してもらうのもいいでしょう。「恬淡虚無ならば、真気これに従う。精神を内守すれば、どうして病気になることがあろうか」ということばです。これがほしいあれがほしいだけでなく、こうなりたい、こんな自分でありたいということも邪魔だというとても厳しい態度ですね。これは「いい悪いは別にして、自分を全肯定する」ということです。気功の中ではこの無の静功をやる時に限らず、いつもこのようでなくては気功の効果はありません。終わってから反省すればいいわけですね。気功をしている間は自己否定をしない。こ途いった時はれが気功のコツなのです。前頭葉は自己否定する脳なので、それを否定することで自我の働きを止めます。それが「守一」の方法です。
 もうひとつも実は結局は同じことなのですが、プロセスが違います。私を支えるために私の背後に「もうひとりの私」を設定します。それを「見守る私」として「瞑想する私」を支えるのです。外がうるさいとか私の内心がいろいろいうとか、瞑想の障害は無限にあります。瞑想を邪魔されている私を見守って、「今は少し悩んでいいから、また瞑想にもどりなさい」と誘導します。それは自分の中の先生のイメージでもいいのですが、私は「もうひとりの私」のイメージの方が好きです。先生が出てくるとまたすぐに権威主義的になりうるからです。私を二重化するというのですが、相互主観的存在構造ということですね。それと同時に対称も私を悩ませている対称とその背後の全構造とに分離して見えてきます。
 私は考える、だから私は存在する、といった時にデカルトはどうまちがっていたのでしょうか。ひとつには「脳だけが考えている」わけではないということです。全身が考える。もうひとつは「私だけが考えているわけではない」ということです。
 前頭葉で人は考えているだけでなく、大脳基底核や視床下部で感じたり情緒をはたらかせながら考えています。視床下部は爬虫類の脳だし小脳は鳥の脳だし延髄は魚の脳です。これらの脳はふだん著しく抑制されているので、前頭葉を休める瞑想プロセスに入るといっせいに働き始めます。五禽戯で哺乳類や鳥類を演じたり亀蛇気功で爬虫類を演じたりすることはそれらの脳を活発にすることです。
 坐禅で私が生まれる前の私とは誰かという問いがあります。親がいるから私は存在しているのですが、ずっとさかのぼって行くと親の親の親は誰なのか。クロマニヨン人でしょうかネアンデルタール人でしょうか。類人猿でしょうか。生命の発生がなければ私はここにいないのですから、私は生命の全歴史を背負っています。生命どころでない、最初の太陽の爆発からひとつながりに私は存在しています。その全記録をDNAの中に持っています。老子はこのことについてもはっきりいっています。「われわれは根を持っている」と。根に帰らなければならないと。これは考える静功です。これは「有」の静功ですが、結局「無」の静功に一致して行きます。
 これを気功では内求法といいます。西洋の科学の方法は結局のところ外部の自然を望遠鏡と顕微鏡を使ってみて行きます。私の体を取り上げても、それは外から見ているに過ぎません。観察者と見られるものが分離しているのが外求法です。それは通常の科学ですね。内求法は気功を方法として内部にはいって行く科学です。自分の呼吸を聞いたり心臓の音を聴いたりする。自分を内側から見ることを内視といい聴くことを内聴といいます。それが入り口ですね。その先に内観法とよばれるものがある。自分がうまれてきてからどんな思いこみやとらわれがあったかを振返る。それも必要だがそうした心理的プロセスだけが問題ではありません。さきほど言ったように脳は進化の歴史をずっと残しています。われわれが腔腸動物という腸管だけの存在であった頃に内臓神経節という最初の脳が生み出されます。それは今でも小腸に関わる重要な役割を果たし続けています。
 先天呼吸、後天呼吸の問題もここに関わってきます。外面的な科学は肺呼吸しか認めません。内求法によってのみ腎呼吸を発見し実践して行けるのです。それではこれからトレーニングに入りましょう。先に有為の静功をし、それから無為の静功をして行くことにしましょう
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2015-16フィンランドちゃんこ鍋の第二弾

2016年8月2日



坦々ちゃんこ鍋

ちゃんこ鍋の第二弾
 ちゃんこ鍋の第二弾は坦々ちゃんこ鍋。四川の担々麺の雰囲気の鍋だ。
 作り方はとてもシンプル。

  豚ひき肉   150g
  豚バラ肉   400g
  しいたけ、えのき一袋
  もやし
  白菜1/4  ニラ  ねぎ
  にんにく、しょうが、豆板醤
これを醤油も味噌も入れずに煮て行く。胡麻しゃぶダレで食べて行く。これでも十分おいしいが、四川派としての私としては山椒、十三香粉、五香粉、輪切り唐辛子を加えた。余っていた冬瓜、ズッキーニ、ししとうなども入れる。醤油を気持ちだけ入れる。なぜかというと胡麻しゃぶダレを使うからだ。
 この鍋は実に簡単にできる。野菜を切る時間だけで、鍋に湯が沸けば全部が五分でできる。
 錣山部屋の名物ちゃんこ鍋だ。錣山部屋は関脇寺尾が作った部屋だ。ここにはホテルでバティシエを体験してから力士になった闘林山がちゃんこ相談役としている。他の部屋にはないいろいろな鍋がでてくる。八宝菜鍋、トマト鍋、りんご鍋など。その中でも圧倒的な人気があるのが坦々ちゃんこだ。まず鶏ガラを2時間灰汁をすくいながら弱火で煮る。近所には鶏ガラがないのでスープの素でするのは仕方ない。別鍋でサラダ油、ねぎのみじん切り、すりおろしたにんにくとしょうがを混ぜ、豆板醤を加えて炒める。これに挽肉も入れる。豚バラ、キノコ類、もやし、白菜、最後にニラを入れて仕上げ。豆板醤は煮ていると飛ぶので多めにという。いわれるまでもない。
 これだけでもおいしいが、ゴマだれを漬けて食べるのはいっそうおいしい。今日たまたま手に入れたのは、和歌山県紀の川村のハグルマ株式界社のこれまだれだ。ごま、醤油、砂糖、清酒、魚エキス、ごま油、醸造酢、ゆず果汁、食塩、みそ、にんにくといった内容で「化学調味料不添加」を大きく書いてある。最初は白ごまをすってスープを作ったが,高くかかりすぎる、ゴマだれで仕上げるようになってやっとちゃんこの値段になった。
 私にとっては日常に近づいた味である。何かと四川風の一皿を作るとほっとする。相撲部屋で出会うとは思わなかった
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2015-16フィンランドクーラーを買った

2016年8月4日



28000円のを見つけたので

  クーラーを買った。もうあきらめていたのだがKONANで28000円のを見つけたので、つい買ってしまった。よそで14畳から16畳というと安くても13万からしていた。二年前にひとつ小さなのを買って寝室に入れていた。ダイニングキッチンと書斎がオープンに続いていて、そこにほしかった。頭の上にはクーラーを壁に付けていた穴がある。16畳くらいだから十分使える。14畳向けがこの値段というのはおかしいのではと思うが、暖房がついていないので安いのだという。暖房はなにかとあるから要らない。コロナというストーブメーカーが作っているので,暖房はコロナでというのかも知れない。その場で持って行けば配送料も要らないというのでそうした。だが取り付け作業は八月の末頃になるらしいという。他の会社がやっているのではっきりしたことはいえない。簡単にとりつけられそうな気がして、自分でしますよなどとそのまま持って来た。

 小原さんがその少し前にひとクラス上の38000円だがまだ付けに来ていなかった。だが友だちの電気技師に聞くと素人じゃ無理無理といわれたそうで、やっぱり来てもらった方がいいみたいですと小原さんが頼んでくれた。八月末のはずが、きのう来てくれた。追加で20,000円払って、めでたくついた。
 それが昨日のことだ。ところが200ボルトに切り替えるためにいったん電源を落としてからコンピュータがまったく反応しなくなった。風呂の温度設定とかも消えていたが、こちらはすぐにもどった。メールが見れないままよみうりの教室で天満橋にいった。夜はいろいろ差したり抜いたりしたが解決がつかないまま、原稿だけ書いた。
 翌日の夕方まで分からなかった。ところが鞄の奥から8月1日が締め切りのNTTの請求書が出て来た。まったく意識になかった。2000円程度の安いものである。いろいろ問い合わせたのに、料金未払いがあるということは聞かなかった。すぐにセブンイレブンで支払ったら通じた。やっぱり銀行払いにしなくては。
 いつも通りの生活がもどった。クーラーはすぐ下の私の坐るばしょばかりに冷たい風が来る。もうすこしひろがるように設定しよう。といって手動でファンの角度を変えるだけなのだが。小さな卓上扇風機を二つくらい買って天上に当てたりしたら部屋全体にひろがるだろうか。
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2015-16フィンランド愛媛の豚のスペアリブ

2016年8月6日



韓国の骨付きカルビの切り方のこと


 昨日は愛媛の豚のスペアリブを送ってくれた人がいて、その半量を焼いた。スペアリブというのは日本人が食べ慣れていないが、韓国の骨付きカルビの切り方のことで、両側にも肉がたっぷりついているが骨の周りが特にうまい。普通のカルビが物足りなくなる。だが、取れ立てでないカツオもあったので,たくさんは食べられずに、三分の一ですんでしまった。昔のように量を食べられない。肉は十三香粉、五香粉、シナモン、ブラックペパー、山椒の粉、しょうが、にんにく、輪切り唐辛子を入れてよく揉み、山西酢、醤油、オリーブ油でさらに揉んでから焼いた。もともとの素材がいいし、おいしかった。
 今日は藤島部屋のカレーちゃんこの日である。第三弾になる。材料のグラム数は四人前に換算してある。

   鶏がら   鶏腿肉  200g    豚バラ肉スライス  200g
   大根 1/3本   にんじん一本   玉ねぎ  一個
   えのき、しめじ 各一袋    豆腐半丁   薄揚げ一枚
   キャベツ1/4個   ネギ一本   ほうれん草半束  
   カツオだしの素   市販のカレールー   塩、醤油
ほうれん草のかわりに残っているニラを入れた。キャベツの代わりに白菜。鶏ガラがないのでスープの素を入れる。この、鶏スープとカツオだしのスープを両立させるというのが肝腎な点だ。これにないものとしては、鶏皮が70円だったので、刻んでいれた。こくまろを一個半入れる。辛さ自在というのを二袋入れた。
 相撲ならこれで丼飯四杯というところだが、ここにがまんでご飯なしである。
 今日は魚屋で14尾で100円のイワシが出ていた。大阪湾と書いてあるので、いいことにして、買った。手開きにして骨を取り、冷蔵庫に残っていた唐揚げ粉をまぶして少なめの(深さ五ミリくらいの)油で揚げる。べったら漬けが100円だったのでこれも買う。故郷の(東京の)味である。が、人形町辺りでも昔の味には会えず、関西のはもっと「もどき」なので寂しい思いをしている。それでもつい買ってしまうのが、たかが100円の事とは言え哀しい話である ・・・・・・・・HOMEに返る

 

 



2015-16フィンランドマッコリまで質が下がっている

2016年8月6日



唯一の「米食」

マッコリまで質が下がっているのは困ったものだ。
私が自分に許している唯一の「米食」なのに。
2016年7月25日、韓国・中央日報はこのほど、韓国の「庶民の酒」として愛されるマッコリに「不都合な真実」が隠されていると報じた。韓国伝統酒のはずが、その多くが輸入米で作られている上、「国産米マッコリ」と偽って販売される例が後を絶たないのだ。
韓国農林畜産食品部がこのほどまとめた「2014年 酒類産業情報実態調査」によると、韓国国内のマッコリ製造業者428カ所のうち290カ所(67.8%)が輸入米を使用していた。また、同部が昨年、国内売り上げ上位10位の業者を対象に調べたところ、この比率はさらに上がり、82.3%に達した。一方、100%国内産原料で作る酒に付与される「品質認証」を受けたマッコリ業者はわずか21カ所だった。資料の提出を受けた与党議員は、「ここまでくると、マッコリに『代表的伝統酒』との称号を付けていいものか疑問だ」と述べた。
多くの業者が輸入米を使う理由は何より価格。政府が供給する加工用輸入米はキロ当たり564ウォン(約53円)、国産米1000ウォン(約93円)の半額ほどだ。しかし小売りの段階では原料にかかわらず同ブランドの商品が同価格で売られることが多く、消費者が原料を見分けるにも小さな文字の原料表示を注視するほかないのが現状だ。
こうした中、輸入米を原料としたマッコリを国産米と偽って販売した業者が摘発される事件が後を絶たない。過去5年間で摘発された業者は65カ所、摘発量も14年の526トンから昨年は1949トンにまで急増した。農林畜産食品部はこうした状況に、100%国産米使用かつ人工甘味料無添加のマッコリには新たな認証制度を設ける方法を検討しているという。
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2015-16フィンランド今年の気功文化研究所総会で報告した

2016年8月7日



「日本の内丹の礎を築くために


今年の気功文化研究所総会で報告した
「日本の内丹の礎を築くために」の報告のレジュメ
 2016年5月21日
1 五つの気功流派で内丹気功はどんな位置を占めるのか
 導引、吐納、静浄、存思の四つの主要流派と内丹は全く違う。前四者は肺で呼吸によって作る「気」を動かしているが、内丹では先天の気を使う。
2 『周易参同契』という日本ではまったく誤解されている内丹書について
 魏伯陽による同書は漢代の名著で、易と外丹に借りて内丹を初めて論じ、後世に大きな影響を与えた。日本語訳があるが気功に関する部分はすべて省略しており、読んでも意味がわからない
3 『悟真篇』という名前も知られていない重要な本について
 張伯端の『悟真篇』は『周易参同契』と対になった内丹書とうけとられている。韻文で書かれており、これも決して大衆的な本ではない。この二冊についてさまざまな注釈が書かれて来た。
4 鐘離権と呂洞賓の師弟について
 鐘呂の師弟は宋代に現れて他のさまざまな功法とはっきり区別された内丹の領域を確定した。呂は庶民にも親しまれて中国各地に伝説を残した。
5 内丹の階梯について
 宋の時代には内丹の入門・初級から最高級までが細分化されて整理されて来た。男子84階梯、女子64階梯がある。
6 陳摶と張三?について
 陳摶の著作は失われているが太極図・無極図は残った。陳摶は普通の二十四節気気功などとともに睡功で知られる。太極拳を作った張三?は武当山を再興した。内丹理論は大きく発展した。
7 王沐『内丹養生功法指南』という本について
 現代の著作。以前から持っていたが胡麗娟の机の上にあったと許が買って来てくれた。悟真篇を中心に分かりやすく解説している。
8 胡孚琛と『道教と仙学』の訳本について
 胡孚琛は元北京社会科学院教授。『道教と仙学』はネットにあったものを了解を取って出させてもらった。胡耀貞研究会の会長でもある。
9 胡海牙の『仙学養生文集』について
 胡海牙は陳嬰寧のそばで数十年を過ごした。彼の『仙学養生文集』は豊富な陳自身の文章も含み、また胡による分かりやすい解説・研究も含んでいる。
10 もし聞いてくれる人がいるなら
 このレジュメをちゃんと内容も話すなら60時間が内丹原論講義に必要だ。5時間ずつとしても12回だ。それだけ閑な人がいるかどうか。本にした方がまだいいか。
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2015-16フィンランド今年の気功文化研究所総会で報告

2016年8月7日



「日本の内丹の礎を築くために

今年の気功文化研究所総会で報告した
「日本の内丹の礎を築くために」の報告のレジュメ
 2016年5月21日 記筆
1 五つの気功流派で内丹気功はどんな位置を占めるのか
 導引、吐納、静浄、存思の四つの主要流派と内丹は全く違う。前四者は肺で呼吸によって作る「気」を動かしているが、内丹では先天の気を使う。
2 『周易参同契』という日本ではまったく誤解されている内丹書について
 魏伯陽による同書は漢代の名著で、易と外丹に借りて内丹を初めて論じ、後世に大きな影響を与えた。日本語訳があるが気功に関する部分はすべて省略しており、読んでも意味がわからない
3 『悟真篇』という名前も知られていない重要な本について
 張伯端の『悟真篇』は『周易参同契』と対になった内丹書とうけとられている。韻文で書かれており、これも決して大衆的な本ではない。この二冊についてさまざまな注釈が書かれて来た。
4 鐘離権と呂洞賓の師弟について
 鐘呂の師弟は宋代に現れて他のさまざまな功法とはっきり区別された内丹の領域を確定した。呂は庶民にも親しまれて中国各地に伝説を残した。
5 内丹の階梯について
 宋の時代には内丹の入門・初級から最高級までが細分化されて整理されて来た。男子84階梯、女子64階梯がある。
6 陳摶と張三丰について
 陳摶の著作は失われているが太極図・無極図は残った。陳摶は普通の二十四節気気功などとともに睡功で知られる。太極拳を作った張三丰は武当山を再興した。内丹理論は大きく発展した。
7 王沐『内丹養生功法指南』という本について
 現代の著作。以前から持っていたが胡麗娟の机の上にあったと許が買って来てくれた。悟真篇を中心に分かりやすく解説している。
8 胡孚琛と『道教と仙学』の訳本について
 胡孚琛は元北京社会科学院教授。『道教と仙学』はネットにあったものを了解を取って出させてもらった。胡耀貞研究会の会長でもある。
9 胡海牙の『仙学養生文集』について
 胡海牙は陳嬰寧のそばで数十年を過ごした。彼の『仙学養生文集』は豊富な陳自身の文章も含み、また胡による分かりやすい解説・研究も含んでいる。
10 もし聞いてくれる人がいるなら
 このレジュメをちゃんと内容も話すなら60時間が内丹原論講義に必要だ。5時間ずつとしても12回だ。それだけ閑な人がいるかどうか。本にした方がまだいいか。・・・・・・HOMEに返る

 

 



2015-16フィンランドさまざまな導引に含まれる内丹の契機について

2016年8月7日



健身気功協会で話した二時間の講演である。

さまざまな導引に含まれる内丹の契機について
2016年5月22日
 これは気功文化の総会のあとに翌日持たれた健身気功協会で話した二時間の講演である。この中で周稔豊の易筋洗髄経の一部分と、胡耀貞の簡易功法の一部を実習した。これは文章の形にして健身気功の機関誌に渡したが、まだ発行されていないものをここに全文掲載するわけにはいかないので、21日の報告と同じスタイルで掲載する。
1 導引と内丹はどう違うのか
 導引は肺呼吸でする。内丹は腎呼吸でする。世の中で小周天を教える人はたくさんいるが、その大部分は肺呼吸で「小周天のふり」をしている。これを「仮の小周天」ととらえて、真気の小周天と区別して行けば意味がある。真気の運行は自発動でも起きる。
2 李遠国による内丹論の要点・周易参同契から悟真篇へ
 魏伯陽が初めて練丹による修行を提案し、また人体を小宇宙と見る天人合一の観点を提唱した。鐘離権は『抱朴子』の練習方法の大半は価値がなく、金丹に集中せよと要求した。張伯端がもっともバランスよく練功の目的を設定した。
3 周稔豊易筋洗髄経における内丹的要素
 周気功の多くは導引だが内丹の要素が豊富に含まれたものもある。易筋洗髄経は「微々たる外動」「先天の気動」収功でも「白い鴨が水からあがって水をふるい落とすような動作」がある。
4 郭林の内丹論
 テクストのどこにも内丹の言葉がないのだが、明らかに五丹田説をとっており、彼女が幼い時に祖父から受け取った気功が内丹の質をもっていたと考えざるをえない。
5 焦国瑞の内丹論
 『気功養生学概論』の先天・後天のことを書いている部分を見よう。そこでは何も説明されていない。理論としては五丹田説であるが、自発動はできなかった。
6 ?明の外求法と内求法
 『智能気功科学概論』のなかで?明は内求・外求の区別を説いている。先天・後天は存在論的区別で内求・外求は認識論的区別である。すべての道を超能力への道に通じているという捉え方が問題だ。外求は通常の科学的思考、内求は気功による内部の宇宙の認識である。
7 張宇の外丹・内丹論
 外丹功は一般の導引としてもできるし、豊富な自発動を含む内丹の気功としてもやれる。内丹功は六字訣までは導引・吐納だがそれ以後は内丹である。彼は真似のできない趙光の外丹功・内丹功を組織的に一歩一歩学んで行けるものとした。
8 李少波の真気運行法
 五つのステップから成るが第二段階までは静定、第三段階から第五段階が内丹である。第二ステップでやめることもでき、周天が動き出すのを「待つ」こともできる。
9 胡耀貞の内丹
 あまり時間がなくなった。胡耀貞は理論的には余り雄弁でない。その理論はむしろ王沐などの理論書に見られる。ここでは簡易動功の一部をする。
10 陳嬰寧の世界
 私は51年前に陳瓔寧から静功の手ほどきを受けた。50年間細々と研究して来てやっと人に伝えようかと思い始めた時にずっと陳のそばにいた胡海牙の著作が手に入り、その学生たちに出会った。胡海牙や胡孚探の著作を手がかりに深めて行きたい。・・・・・・・・HOMEに返る

 

 



2015-16フィンランド気功は脳をどのように鍛錬するか (1)

2016年8月8日



「健身気功」に連載中の一回目


気功は脳をどのように鍛錬するか
第一回
「健身気功」に連載中の一回目です。既刊分ということで一二回を掲載します。全八回くらいの予定なので、もう何年かかかります。  気功は体を動かすことが目的ではなく、ひとつの手段です。からだ、呼吸、気持ちの持ち方というのは気功で「いい状態」になるための方法です。では何を目的としているのかと言うと、脳の状態をよりよく保ち、脳の潜在力をもっと開いて行くことです。それが『中医気功学』の気功の定義にも表れています。「気功とは、調身、調息、調心を一体に融合した操作を内容とし、人体の潜在能力の開発を目的とした、心身鍛錬の技術である」ということですね。
 もとの上海市気功研究所の所長だった林海氏はこのことに関連して「潜在力の科学としての気功」という文章を書いていて、私はたびたび引用してきましたが、これは気功の超能力ということがもてはやされていた時代に、とても冷静に普通の生理学の範囲で語ることのできる潜在力について語りました。つまり通常の生理学の範囲でもその能力をフルに発揮すれば、ここまでと思われている何倍もの能力を出すことができ、それは気功状態の心身と深くかかわっているのだと提唱したのです。いくつかの例を挙げれば、「皮膚面積一平方センチに平均で400本前後の毛細血管があるが、普通は5~6本しか開いて血が通っていない。気功をしているとそれを十倍くらいにすることができる」「普通の浅い呼吸では六億の肺胞のうち、一億五千万程度しか使っていないが、呼吸法を変えれば二倍くらいにはすぐなる」というようなことです。
 ただ、そこでは脳の問題が語られていません。中国での気功研究の論文にはかなり目配りをしていますが、気功で脳がどう変わるかについて、ここ数十年説得的な論文が書かれていません。一時期α波をめぐる論議がさかんになされましたが、いわゆる気功師にはα波を使っている人もいればβ波のままで気功状態になる人もいる、δ波もΘ波もいるということで、まとまった結論は出ませんでした。そこで浮上してきたのが「単位酸素消耗率の低下」という議論です。脳で一番酸素を使っているのは前頭葉ですが、前頭葉の表面積当たりの酸素消耗率の低下が気功入静の定義に使えるのではないか。これは西洋でジョギング効果を測定するために酸素消耗率の上昇を測定しているので、気功の場合この逆になるのではないかと言う所から出てきたものです。それで測定してみますと、平常の覚醒時の脳に対して熟睡時には16%程度単位酸素消耗率が低下しているのが、気功入静時には45%程度低下することがわかりました。これは熟練した気功専門家ならば動功をして動いていても、椅子に坐って静功をしていても、似たような結果でした。  世間で言われる「脳の潜在力を発揮する」というのは、「前頭葉をもっと働かせる」ということです。複雑なことを考えるより単純計算や書き取りとかしたほうが脳は発達すると、本屋さんにはそうしたドリルブックが積まれています。しかし気功が目的としているのは、そんなこざかしい脳の使い方をやめて、前頭葉を本質的に休ませる能力を持とう、ということなのです。さまざまな瞑想法に共通しているのは、「考えない」ことであり、前頭葉の表面積当たりの酸素消耗率の低下、です。ジョギングで、あるいは計算ドリルで、「もっと働け前頭葉」と強いているのと丁度逆のことをしているのです。
 普通のさまざまな瞑想は、ここまでです。ここまででも大きな意味がありますが、気功は前頭葉で使わなくなった血液をどう使うかについて明確な展望を持っています。私は『気功の最初の教科書2010』の中でこう書いています。気功による潜在力の開発とは、 「1 感情的に豊かになり、美しいもの、詩的なものへの感受性が鋭敏になる。
2 動物的カンがさえてきたり、体の野生がよみがえってきたり、自律神経機能が回復したり、身体の自動調整がうまくいくようになる。  このうち1は大脳旧皮質の働きと関係があります。2はもっと古い脳である視床下部とその周辺に関係があります。  とても簡単に図式化するとすれば、前頭葉の過剰な血液が大脳旧皮質辺縁系の感情中枢に送られれば1のようなことが起こり、視床下部とその周辺が活性化すれば、2のようなことが起こるのです。これは体の外側に道具を作り続けることで進化してきた人類の脳が犠牲にしてきた部分の再開発です」  これに続く節ではこう言っています。  「これまた簡単に図式化すれば、
1 感情的な豊かさは哺乳類の脳である深部辺縁系の刺激によるものであり
2 カンの力や生命本能の強化は爬虫類の脳である視床下部の刺激によるものである。 といえそうです。鳥の気功は必ずや小脳を活性化するでしょう[片足立ちが五禽戯の鳥に特徴的なのは小脳を刺激しているのです]。小脳はバランス感覚をつかさどっており、それを極限まで鍛錬して飛べるようになったのが鳥の先祖である翼竜類なのです」  「とにかく私はこの気功の定義の中の『潜在力の開発』ということをこのように把握しています。それは計算能力や書き取り能力のことではありません。それはいわゆる超能力のことでもありません。
 第一に脳が本来持っている生理的限界からうまく使えていない部分に「使いすぎ」でおかしくなっている前頭葉からの血液を回すことによる脳力開発。
 第二に哺乳類の脳、鳥類の脳、爬虫類の脳、魚類の脳など、脳の進化史博物館を遡っていくことによる潜在力の開発。  そして第三に、前頭葉が孤立して暴走するのをやめ、脳の他の部分や「腹脳」その他のリトルブレインといい関係を結べるようになることによる潜在力の開発」
 このことを段々にもう少し詳しく論議してみたいと思っています。上の文章でいう「脳の進化史博物館」という言葉と「腹脳」という言葉について少し補っておきましょう。
 生物は進化の前の世代が達成したものに何かを付け加えて自分を豊かにしていきます。その意味では、類人猿だったころの経験はもとより、爬虫類だったり魚類だったりしたころの経験を体のなかでたえず参照しながら、この地球の上に生きています。ところが人類になって以降、とくに道具を使う文化になってから、自分の始原である古い脳とのていねいな対話をやめて、「情報化」によって前頭葉だけで空転して生きるようになりました。これについては心身医学の開拓者である池見酉次郎先生が生前繰り返し警告していて、自分の爬虫類の脳、視床下部と向き合えないために、頭の上に何千発の核弾頭をぶら下げていても恐怖を感ずることができなくなった、と言っておられました。人類全体が自殺願望に なってしまって、しかも気がつかないという情況なのです。その意味では、前頭葉の過剰な血液を減らして行くことは、個人の健康にとってだけでなく、人類の運命にもかかわってくることです。
 気功は亀や蛇の姿をまねたり、虎や猿や熊の姿をまねることで、そのものになりきり、そこから人類の一員としての私を振り返ってくるという功法です。そのことは次回にもっと詳しく論議しましょう。
 もうひとつは「腹脳」の問題です。脳は五臓の中に入っていませんが、どうしてでしょう。脳は実は腎臓の一部だとされているのです。脳は腰に本拠地を持ちそれが肥大化して行って脊髄を生み出し、脊髄の端が膨れ上がって延髄、視床下部、旧皮質と次第に脳を形成していきましたが、前頭葉がその高度の情報処理能力に寄って「ぼくはお前たちなんて知らないよ。脳は脳だけで人間の支配者なのだよ」と思い込んでしまっても、実際の脳の本体のあるのはへそと命門の間なのです。それを中国医学では「腹脳」と表現します。昔の言葉で言えば「丹田」です。
 気功は脳のありかたに大きく影響され、また脳は心身の安定と深くかかわっていますが、一番大切なのは「腹脳」にほかなりません。そして脳を元気にする、脳を活性化するとは、この「腹脳」から脊髄神経、延髄、視床下部、旧皮質、新皮質の全体を活性化することなのです・・・・・・・
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2015-16フィンランド気功は脳をどのように鍛錬するか (2)

2016年8月8日



第二回 自己マッサージと脳


気功は脳をどのように鍛錬するか
第二回 自己マッサージと脳

 気功の中では、マッサージはそれほど重視されているとは言えません。でも昔から唐代の孫思邈の老子按摩法とか天竺按摩法といった傑作がありました。天竺とはインドのことで、ヨガを取り入れた按摩法と言う意味です。老子按摩法は老子がそれについて書き残しているわけではありませんが、堂々と「老子のふり」をするあたり、すごいですね。孫思?はお医者さんで「薬王」と言われたほどの薬の専門家でしたが、患者が気功をやることの大切さをずっと説き続けた人でもあります。北戴河保健功など自己按摩は現代気功でも大事にされてきましたが、病人のやるものと言う印象が抜きがたくありました。張明亮先生のおかげで自己マッサージはかなり地位を回復した面があります。私もずっと一貫して、 自己マッサージはすべての気功法の基礎だと訴えてきました。

 ダニエル・エーメンの本は今ではいろいろ出ていますので、どこかで目にしている方もおおいでしょう。でも私は最初の本が一番好きです。『愛と憂鬱の生まれる場所』という本です。彼が深部辺縁系の調整というテーマで全身的なマッサージを高く評価しているのをご紹介します。
 エーメンはカリフォルニアに住むレバノン人ものお医者さんです。この本はSPECTとよばれる脳の中の血行の分布をリアルタイムに画像化できる装置でさまざまな神経症患者を撮影して、神経障害のパターンと脳の血行のパターンの間に法則性を見つけようとした研究をまとめたものです。これは急速に発達した脳研究の中でも、ここ十年の間に書かれた最も重要で最も実践的な治療に役立つ本と思っています。とくに二人の息子の血行研究をして、どうも頭が回りすぎて落ち着かない、教師にも人格障害だとアドバイスされるのですが、その血行の分布が前頭葉に偏っていることが発見されて行きます。そしてエーメン自身もその傾向が強いことを発見してショックを受け、そこから脳の各部位の血行によって違う症状がでるのだということがひとつひとつわかっていきます。

 私は自己マッサージをグルーミングと呼んできましたが、これは猫が自分をなめたり猿がのみを取りあったりする「毛づくろい」と地続きのところでマッサージを理解したいと考えたためで、行動生物学との関連はまた別に論ずることにしましょう。このグルーミングが直結しているのが深部辺縁系といわれる脳の部位です。視床や視床下部、それを包んでいる部分も含めて、普通「辺縁系」と呼ぶ範囲より広い範囲を呼んでいます。その部分の血行が過剰になりその活動が活発になりすぎると、ネガティヴな感情に支配されたり、セックスへの関心も含めて人とのつながりの意欲が減退したり、豊かな感情的反応ができなくなったりします。

 「深部辺縁系の活動が少ないときは、ポジティブで希望に満ちた心の状態になるのが普通です。ここが興奮して活発になりすぎると、ネガティブな性向が優勢になることがあります。それを発見した時、実は私も病院の同僚も最初は驚きました。感情をコントロールするこの部位が活動しすぎると、ネガティヴな感情も含めたありとあらゆる感情が高揚するに違いないと思っていたからです。しかしSPECTに示されるこの部位の活動過剰の状態と患者のうつ症状やネガティヴな態度には関連性があるという発見が繰り返しなされました。深部大脳辺縁系が刺激されると、つらい感情の変化が生ずるようなのです。世界中の機関によるうつ病に関する新しい研究からも、この事実が伝えられています」
 過剰であっても問題が出るのですが、深部大脳辺縁系が損傷を受けても当然異常が出ます。「ラットを使ったある実験では、深部大脳辺縁系に損傷があるラットの母親は、子どもに授乳させようとはせず、無生物であるかのように飼育箱の中を引きずり回してしまいます」というのは、とてもネズミだけの問題とは思えません。母親の子殺しは深部大脳辺縁系の破壊と関係しています。深部大脳辺縁系の壊れた親が日本の社会にも増加しているのではないでしょうか。「うつ」は自己攻撃性の要素が強いものですが、それは容易に「周囲の弱い者への攻撃性」としても表れます。それは全般的な不機嫌
、イライラ、社会的孤立と世間への敵意として現れ、それがまた心身の緊張、めまいなどの身体的症状を引き起 こします。視床下部は感情の状態を緊張やリラックスと言う身体的な神経系の状態に転換させる部位でもあります。マイナスの感情は身体的緊張を引き起こして、筋肉の中にその情報が書き込まれます。そして筋肉の慢性的な緊張がまた、たえまなく感情的な緊張の源泉になるのです。
 深部大脳辺縁系を癒すために最も大切なことは、肉体的な接触です。
 「健康を保つためには、肉体的な接触が必要不可欠です。10年かそれ以上もの間、互いにまったく触れ合わずに続いている夫婦が存在スルというと、きっと皆さんは驚かれるでしょう。私は実際そういう夫婦を何組も見たことがありますが、彼らは決まっていらいらや不機嫌といった深部大脳辺縁系特有の症状を示しています。相手に触れようとしない態度をあらためない限り、かれらのうつ症状は改善されません」 
 赤ちゃんはふれあいを切実に必要としています。13世紀にフリードリヒ二世は赤ちゃんに語り掛けず、ミルクはやっても決して愛撫しないとどうなるかという残酷な実験をしました。ほどなくすべての赤ちゃんは死んでしまいました。子供と触れ合わない方が自立心を高めるという間違った育児法が流行した戦後のアメリカで育てられた世代の子供たちは、多くが慢性的なイライラやうつ病に悩まされます。
 エーメンは『Life』の記事から引用しています。
 「疝痛から多動、糖尿病、偏頭痛に至るまで、マッサージはあらゆる病気の症状を和らげるこうかがあるということがTRI(フロリダ州マイアミのふれあい研究所)のしらべで明らかになった」「マッサージにはぜんそく患者の呼吸を楽にし、HIV陽性患者の免疫機能を高め、自閉症児の集中力を改善し、うつ病にかかった成人の不安を鎮め、やけどを負った患者の壊疽部分の切除手術について抱く不安を減らすと言った効果があるらしい。高齢者についても、うつ症状を和らげ、ストレス・ホルモンを減らし、孤独感を緩和する効果があった。通院回数が減って、コーヒーを飲む量が少なくなり、社交的な電話をよくかけるようになったという」

 これは看護婦などからマッサージをしてもらう結果について言っているのです。マッサージは思いもよらないさまざまな症状の軽減に役立ちます。親子や愛する人との間での皮膚接触の機会が減ってくると、うつ的傾向や自閉症的傾向が増加しやすいという研究があちこちで出てきています。そうした関係性を再構築するにはとてもエネルギーが必要で、いったん冷えた関係を自分から再構築するのはとても難しい気がします。私はそれを一気に構築しようとするのではなく、自己マッサージの習慣を打ち立てることがすべてのカギだと思っています。第一に深部辺縁系に関わる癒しを促進し、第二にそれによって周囲との関係を修復していく基礎的な力量を蓄えていくことができます。気功を学ぶものは、こう した社会的責任を負っています。多くの人は自分でマッサージして自らを癒すだけの力量を持っていません。その時は看護師や親兄弟、友達によるマッサージが重要な役割を果たします。しかしその場合も、まず自分で自分でマッサージして、即座に気持ちのいい状態になれる能力を持ってから他人にふれないと、それはいいコミュニケーションにも癒しにもなりません。
 まず「五転・五浄・五触」に熟練し、北戴河保健功に習熟し、今の条件の中で最良の状態になれる能力を磨いてください。そこでは自分が「触れる側でもあり、触れられる側でもある」ので、両方の立場について急速に学習できます。 グルーミングはまず自分を助け、それによって周囲の人を助けるだけの力を持てるようになり、人間関係を再構築していくための技術であり、生活習慣です。

 自己マッサージは深部辺縁系の血行をほどよく保つための方法です。脳のほかのさまざまな部分が血行過剰または不足になると何がおこるのでしょうか。グルーミング以外にどんな脳に働きかける気功があるのでしょうか。それを順に取り上げていきましょう。
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2015-16フィンランド今日が福知山の最終回になった

2016年8月9日



四ヶ月近くかかった。


今日が福知山の最終回になった。歯医者の話だ。
4 月21日からだから、四ヶ月近くかかった。そんなに大変な手術をしたわけではないのだが、右上奥と左下奥と二カ所かぶせたい歯があった。今日とうとうかぶせて、これで結構ということになった。 わざわざ福知山までとみんながいうが、なかなか京都の歯医者は気に入らない。まあもっと探せばいい人もいるのだろうが、こちらが人見知りしているのかも知れない。だが小倉歯科はただこれまでにフィンランドに一緒に行ったり上海や四川に一緒にいったりの楽しい仲間であるというだけでなく、腕もいい。10数年前にもしばらく通ったことがある。今回はもう五六年でも早く反省して行ったら被害が少なかったのに、えんえんと引き延ばしてしまった。
もとはもっと時間がかかったような気がするが、今は特急に乗れば一時間二十分だ。片道2500円はつらいが、何週間かおきである。だんだんまわりに行ってみたい籠神社とか大江山とかが出て来たが、さすがに歯医者のついでには行けない。ゆっくり出直してみようと思っている。綾部とか亀岡とか大本ゆかりの地にも寄りたいが、別の機会だな。
帰りに京都の一つ手前の二条で降りるというのも新しい文化だった。ここの駅前の李朝園によって小鍋を食べたりキムチを買い込んだり、大垣書店の安売りコーナーで永六輔の本を買ったり、表側の喫茶店で長いこと本を読んだりした。
二カ所銀歯が入って、年寄り臭いと考えるのも若々しいと考えるのも同じことだから、若がえったと思い込むことにしよう。でも歯をぎらりとさせたりの下品なことはしない。・・・・・・・・・HOMEに返る

 

 



2015-16フィンランド佐渡ケ嶽部屋の「鶏の煮食い」だ

2016年8月10日 0:29



鶏のいろいろな部位を茹でていく

 ちゃんこ第四弾佐渡ケ嶽部屋の「鶏の煮食い」だ。
 鶏のいろいろな部位を茹でていく。鶏ももの安いぶつ切り、鶏皮、砂摺り、手羽先、手羽中、手羽先、レバー。玉紐は手に入らなかった。レバーだけは後に入れる。これでスープをとる。 このスープに醤油と砂糖でベースに成る味をつけておく。擂り下ろしたニンニク、ごぼう,干し椎茸6、生の椎茸1袋、白菜、長ネギ、玉ねぎ、豆腐、糸こんにゃくを順次入れる。本来は生卵を割ってそれで食べて行く。何も複雑なことはない。煮食いとは相撲部屋の特殊な用語で、鍋のように「炊く」のではなく煮込んで行くニュアンスらしい。だが相撲取りたちはこれにちゃんこ番がかかるとそわそわしてしまうほどこの「煮食い」が好きだと言う。鶏のいろいろな場所を使うということと、ちゃんこより汁が少なめで煮詰めたようになるのが特徴だ、ぶりやサバでも同じように作っていた。すき焼き風の味付けで、割り下にすりおろしたニンニクを入れるのが決め手に。本来うどんも入れて、この濃い味付けがうどんにしみるのを楽しむというが、私はうどんも飯も「禁」である。甘辛を強調しない作り方をすれば、これで酒を飲める・・・・・・・・HOMEに返る

 

 



2015-16フィンランド樹液シートが出て来た

2016年8月10日 1:23



劇的に効果があった。・

 樹液シートが出て来た。二三年前に熱心にしていたものだ。十数個出て来て、すでにひからびているが、まだ使えるかもと試してみて、足にいくつか貼ってみたら、なんと劇的に効果があった。樹液シートは、お腹や背中などに貼っても反応がなく、私の場合は足だけに効いた。白い粉が入っているのだが、足に貼って一日たつとどろどろの茶色の液が出て来て,その分足が少しずつきれいになっていく。一時気に入ってやっていたのだが、かなりよくなった感じでどろどろが出なくなって、ちょうどそのころ鈴木医院に通い始めたから、一時やめていた。その残ったシートが本棚の下から出て来たのである。もう白い粉ではなくて、固まっているが、試しに足裏とか足の甲とかに当ててみると、すさまじいほどに茶色い液が出て来たのだ。私の足は両足とも傷が少しのこっているだけで、次第に痛みはなくなっているのだが、すねから足先まで真っ黒に変色している。それが一日二日で足裏など赤っぽく血行が出て来た。大男,総身に智慧が回りかねで、足まわりがかなり汚くなっている。毎日マッサージしているが、追いつかず、足に毒が溜まっている。自然に腎臓の力で排泄できなくなっている。古びた樹液シートを試してみたら、今こそ必要なものだとわかった。各社でいろいろ発売しているが、もと使っていたgenki21のがやはりよさそうで、これを100枚あまり取り寄せた。
 大阪の鍼灸師の所に行って瀉血をしてもらったこともある。足に十数カ所カップリングして、メスで切って古い血を出した。一回は気持ちよかったが、その鍼灸師は傷口が増えて行くからもうしないほうがいいと言った。樹液シートだと皮膚を傷つけずに「瀉」ができる。14日には届くので楽しみである。
 いま傷口にはオリーブの葉の粉末を使っていて、周囲には馬油でマッサージをしている。これはどちらも「補」で「瀉」がたりなかった。まあ試してみよう・・・・・・・・・HOMEに返る

 

 



2015-16フィンランド「お狩り場」に行ってきた。

2016年8月10日 3:05



気取らない居酒屋風の店である。

 Nishikawa Kohkiさんに教わった「お狩り場」に行ってきた。丸太町と北白川の交差点の近くで、すぐにわかった。気取らない居酒屋風の店である。五つあるテーブル席はみな予約でふさがっていて、カウンターに坐った。木造の落ちついた店で、まるで京都から信州にワープしたようだった。馬刺を注文したらたまに日本酒が飲みたくなって、久保田、八海山、七笑などを順に注文した。馬刺はすごくうまかった。赤身の所で、量が多い。野沢菜も285円という値段でたべきれないほどでてくるのが本当の信州風である。
 鹿は、と聞いたら「出してはいけないと言われましてね」と言っていた。鹿肉は相当流通しているはずだから、おかしな話だ。熊は冬だけという。猪豚を頼んだら中が赤いがしっかり火は通っているという。ポン酢で食べる。松の実も340円で皿一杯来るから、普通の流通ルートでないものを持っているのだろう。手釣りの天然の鮎を勧められて、それもひとつもらった。最後は久米島の久米仙のツボがあったので、それをもらった。珍しく,気持ちよく酔った。帰りにタクシーから降りてこけた。酔っぱらいは車から落ちても怪我をしないと荘子は書いているが、ひざを擦りむいたのは修行が足りないか。単に酒が足りないということか
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2015-16フィンランド道教の始まりはどのようだったか その一

2016年8月10日 22:11



道教の本当の基礎知識をお伝えします。

道教の始まりはどのようだったか その一
 ここでは道教の本当の基礎知識をお伝えします。これ以上は参考文献として挙げている著作をぜひご自分で研究してください。(健身気功に掲載した時の前書きです)
道教教団形成以前
 アニミズムというのは、宗教の始まりの形でした。教団や理論が形成される前に、ごく自然な素朴な万物に対する尊敬を表現するものとしてアニミズムは存在しました。たとえばアイヌ民族は人間のことをアイヌというのですが、人間以外のすべての物や動物や鳥や虫をカムイと呼びました。カミという日本語とどちらが古いのか分からないですが、カミよりも徹底して自然万物をカムイととらえました。岩波文庫では「アイヌ神謡集」という歌の記録がでていますが、日本だったら民謡集というところを神が歌ったものと名付けました。実際にそれはフクロウやキタキツネやサケが歌った歌として記録されています。そのような自然観は世界中にありました。
 中国では精霊を鬼神とよび天神・地祗[ちし]・人鬼の三種類があると考えました。天神は日月や寒暑、雨風などを指したが次第に上帝や皇天などの人格的な神のイメージになりました。地祗は山川、土地などのほか竃[かまど]、室内、門、水神などを指しました。そして人鬼は死者の霊魂で祖先の霊をはじめ、いいものも悪い物もすべて含めて魑魅魍魎をさしました。
 アニミズム、精霊信仰の中から、中国では巫術、陰陽五行説、神仙説、讖緯論、等が生まれ、それと道家思想の神秘的解釈が結びついて、道教の文化を次第に作って行きました。
 巫術はシャマニズムのことですが、古代中国人は霊魂を心霊的に見るだけでなく魂魄といった物理的な存在と捉えていました。巫術者は神降ろし(神がとりついて予言などをする)、夢の解釈、雨を降らせる祈り、占星術などをしましたが、医術も初めは巫術に含まれていました。心理治療が大きな意味を持っていたのです。陰陽は物事を2で割り切ってその組み合わせを考えて行く古代の論理学です。2で割り切れないことも多いので、もうひとつ5で分類して行くイメージの論理学を作りました。陰陽と五行を組み合わせると極めて複雑なことが説明できることがわかり、これが古代哲学の基礎になり、易もここから生まれてきました。
 神仙説はとくに荘子の中の真人にいろいろ想像を上乗せして、空を飛んだり永遠の生命を得たりする話が拡張して、道教の中で大きく発展しました。
 讖緯論とは世界の神秘主義的な解釈に基づいて、五行説のさらに複雑さを増した神秘主義ということができます。「緯」は「経」の反対語で地球の緯度・経度などにも使われますが、「経」が本に書かれた真実を言うのに対して、「緯」は本に書かれない神秘を意味します。秦の始皇帝がこれにこって、王宮の生活や戦争などすべてこの解釈でしたことはよく知られています。
 これらのものが集まって道教文化を形創りました。
 ここではっきり区別してほしいのは、道家と道教はまったく違うということです。
 道家は老子、荘子、列子などを呼ぶ言葉で、諸子百家の時代の哲学思想です。老子や荘子には宗教を作ろうという気はまったくなく、自分の書いた物がのちに宗教に利用されるとは考えもしなかったでしょう。
 それに対して、道教は宗教です。仏教は「中国化」はしましたが、インド発祥の物です。中国の歴史から生まれた宗教は儒教と道教ということができます。儒教はどちらかといえば北方の宗教で父=男権を象徴しました。道教は南方・揚子江流域のもので、母権制社会の影響を色濃く残しています。
 老子や荘子が活躍したのは紀元前250年くらいのころです。最初の道教教団である太平道は紀元後180年ころですから、時代的にも400年以上ずれています・・・・・・・・・HOMEに返る

 

 



2015-16フィンランド太極気功入門のDVD

2016年8月10日 22:47



無料提供期間が終わって1000円です

太極功入門のDVD。1000円でおわけしています。
五年くらい前に「無料提供版」という広告を出して、その後無料提供期間はおわったのですが、どこかに消し忘れている広告があって、今も注文があります。無料提供期間が終わって1000円です、と説明しています。
太極拳でもあり、気功でもある。
太極拳の形と気功の内容を持った,古来の太極拳文化の情報を圧縮したものが、太極気功です。 太極拳をてきて、もっと深い内実を窮めたいとひそかに思っている方に最適です。
また気功をして来て、太極拳を経験したことがないし、いまさら初めから習うのも、と思っておられる方にもぴったりです。 あなたの太極拳や気功学習を続けながら、このDVDで「太極気功」を学び始めることができます。どちらも初めて、という方もここから新しい世界への一歩を踏み出すことができます。
この1000円ビデオの中には
①太極気功とは何かの簡単なお話
②李天驥の太極気功十式
  簡化24式を編集した李天驥が残したいくつかの太極気功の中の
  もっともやさしいもの。
③津村喬の五行太極養生術
  津村が編集した「五行太極拳」の簡単な練習方法で、最も基礎
  となるものですが、これ自体が完結したひとつの世界でもあり
  ます。右単鞭、左欄垂勢などの珍しい動作も含んでいます。

DVD
NO 品名 注文番号 価格
  太極功入門   1,000




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2015-16フィンランド・太極気功にはどんなものがあるか

2016年8月10日 23:07



『気功文化』25号に紹介したものだけで

太極気功にはどんなものがあるか
太極気功にはさまざまなものがあります。『気功文化』25号に紹介したものだけで、以下のようなものがあります。

李天驥  太極基本功10式・太極十三勢
焦国瑞  気功太極十五勢・保健十三勢
周稔豊  気功太極六段選・太極選練十二式
林厚省  太極十八式
趙中道  太極尺気功
張宇   外丹功
李志和  太極気功
蔡光斥  太極運気法
林南探  太極功
李丁他  太極気功二十八式
張啓先  太極養生功
宋顕英  太極養気功
羅光弟  太極庄
関一文  太極益智功
関永年  太極柔術内功
李遠国  玄門太極長生功
馬礼堂  太極功・内外修練站椿八式
これ以外に日本で編集された太極気功があります。
出口衆太郎 波動功
津村喬  五行太極拳・五行太極選練・五行太極養生椿

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2015-16フィンランド太極気功決定版DVD

2016年8月10日 23:18



・こんなに楽しい隙間があつたとは


太極気功決定版DVD
気功と太極拳のこんなに楽しい隙間があつたとは。
中国ではみんな自分の太極気功しか教えません。
太極気功の全体像を展望できるのは
日本でだけ、あなただけです。
太極気功と50年つきあってきた津村喬が
惜しげもなく,すべてを提供します。

主な内容
①三つの三円功
②五行太極拳
③五行太極養生椿と五行太極拳の詳しい解説
④李天驥のふたつの太極気功
⑤波動功
⑥気功太極六段選
⑦そのほか
定価3000円ですが、八月九月は2000円にします。暑さのため錯乱です。


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2015-16フィンランド太極気功って何?

2016年8月10日 23:55



太極気功は、太極拳の形にもとづいて


太極気功って何?
太極気功は、太極拳の形にもとづいて、それを気功として繰り返しじっくり練習できるようにした気功法の総称です。
いま日本で広まっている太極拳は大別して三種類です。
①制定拳
②楊名時太極拳
③伝統武術太極拳
このうち①は中国政府が制定した「型」をするものです。決められた型を表演して(他人の前で演ずること)点数をつける競技を頂点としています。もちろん競技に参加しないという人もたくさんいますが、公式には競技を目的にしています。 なくなった楊先生の太極拳は制定拳と似た動きを使っていますが、制定拳とは違うし、武術を競うものでもありません。太極拳の形をしているが気功としての内実を持っています。楊先生自身晩年にそう名乗ったこともありますが、「気功太極拳」なのです。(「太極気功」は一般名刺ですが,「気功太極拳」は楊先生だけのものです) もともとの伝統的な拳法、太極拳で言えば制定拳でなしに陳式や呉式やの本来のものを研究して行くのが伝統武術としての太極拳です。
それらに対して、もうひとつの潮流があります。それが
④太極気功
です。
太極気功は太極拳の形をそのまま使わずに、そのひとつひとつの動作を繰り返し練習できるようにし,普通の太極拳練習では得られない、気功としての
内実を練習しやすくしたものです。
わたしが1991年に出した『太極拳第一歩』は、太極拳の「入門以前」のさまざまな練習方法を提案していますが、その中に二つの太極気功を紹介しています。李天驥の「太極基本功10式」とわたしが編集した「五行太極拳」の二つです。
太極気功には、おおまかにまとめて、七つの功能があります。
①簡化太極拳を学ぶ前の入門として学ぶことができる。
②太極拳の授業に入る前の準備運動として使うことができる。
③せいぜい前に一歩踏み出すだけの定歩の太極拳が多いので、せまい所でも練習ができる(四畳半太極拳!)
④全部やらなくとも,好きなものだけ選んでやり、時間が一分しかなければ一分でやることもでき、「ちょっと一服」の太極拳として使える。
⑤太極拳をすでに長く学んでいるものが、基本の動作を磨くために使える。繰り返し運動に酔って余分の緊張がとれ、あるべき形に自然に成って行くものである.
⑥そしてこれが太極旗甲のもっともすぐれた点なのだが、簡単な動作のゆったりした繰り返しの中で用意に気の実感をつかむことができる。太極拳をひとつの流れとしてやることを「套路」というが、套路よりもたやすく呼吸吐動作、意念をつなげて研究して行くことができる。
⑦さらに、独立した保健気功、つまり病気に成らないように予防し、病気になっても治療のために応用することができる
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2015-16フィンランド太極拳なのですか、気功なのですか

2016年8月11日 0:32



太極拳と気功の中間領域


太極拳なのですか、気功なのですか
太極拳と気功の中間領域
太極拳をもとにした気功ということなのです。
その歴史は古いものではありません。
気功にははっきりしているだけで5700年の歴史があります。
それに対して太極拳はせいぜい数百年の歴史です。
その太極拳が気功に影響を与えて、独特の気功を生み出します。
太極旗甲の歴史は200年より古いことはないと思います。

古代の気功にはなくて、「太極拳出現以後」の気功に登場して来たのが「抱球」(ほうきゅう。パオチウ)という技術です。
掌を向合わせると、その間に「球」ができる。
太極拳はその球あやつることで「敵」を翻弄し
結局「無」にしてしまいます。
なぜこれらの気功は作られたのでしょうか。太極拳そのものを学ぶことと何がことなっていたのでしょうか。
第一に、もともとの太極拳の技を分解してやさしくし、初心者にも練習しやすくしたということです。
第二にもとの套路(全体の技の流れ)から切り離して、ある部分だけをわかりやすくし、練習しやすくしたということです。
第三に、これがもっとも重要な点ですが、分けて繰り返し練習することによって、気の流れを味わい、とくに気の流れに集中して練習できるように下ことです。
これによって、気功を学んで来たものにとっては、太極拳の套路を覚えることなしに、太極拳の基本姿勢や呼吸、意念をつかむことができ、それによって気功の身法、息法、心法をさらに深く探求することができます。太極拳の技術的蓄積を短期間に学んで行くことができます。「太極拳をやっている人の立ち方は違う」といいますが、その核心部分をもっとも容易に身につけることができるのです。
太極拳を学ぶものにとっては、すでに知っている太極拳の技を気功として学び直し、太極拳本来の気の流れを容易に把握することができます。これは太極拳の套路だけ学んでいるものには難しいか、極めて時間がかかるものを、短時日に学ぶことができます。
気功だけやって来た人にも太極拳だけやって来た人にも、気功吐太極拳と療法やって来て、いつか全面的に結びつけたいと思って来られた方にも、これは朗報です。とくに太極拳をやってきたが、どうにも膝がつらくなってきたという年齢の方には「これからの太極拳」なのです。
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2015-16フィンランド胡耀貞静動気功新規印刷をしました

2016年8月11日 7:44



胡耀貞の二冊の本を合本にして


胡耀貞静動気功新規印刷をしました。
胡耀貞の二冊の本を合本にして日本語訳しています。
『気功及び保健功の部分が』
第一部治療功 築基功
第二部保健功
 子路太極
 五禽戯
 六合心意拳内功
第三部延年法及び補助功
第四部静動気功の関連問題および原理
 外動と内動について
『保健気功』
一 站椿功
二 簡易動功
三 有意動功 四 自発動功
王覚民の手記と胡耀貞が依拠している華佗より伝わる内功図が付録でついています。
貴重なテキストのコピー版ですので5000円です。
現在詳細な解説を少しずつ書いています。今年中には今の段階のを仕上げたいと思っています。


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2015-16フィンランドうちのトイレには1600冊前後の本がある・

2016年8月11日 22:40



全部文庫と新書である


うちのトイレには1600冊前後の本がある。全部文庫と新書である。二割くらいはまだ読んでいない。これからの楽しみである。実用的なからだのことなどは辞典を引くように読んでいるから、よんだものも完読していないものがある。家全体にはこの十数倍の本があるが、全体を見渡すと読んでいない本は意外に少ない。子規全集とか安部公房全集とか谷崎全集とか芥川、荷風、宮沢賢治、ゲーテ。ランボオなどの全集本は隅々まで読んでいない。それを別にすれば、九割は読んでいる。
さしあたりこのトイレの1600冊の中で、ベストテンを選んだらどうだろうなどと、排便の合間に思いついて、ちょとコレクションを作ってみた。これはどちらかというと、何度も読んだけれどできればすぐにでも二度目三度目を読みたいという本である。実際『賢者の石』などすでに三回は読んだがまだ読みたい。『複雑系』が本としては一番好きかな。七八回読んでいるが、まだ確認したい所がある。折口もいつも少しずつ読んでいて、専門的な読み方ができない。
恥ずかしながら今日の段階の「私の10冊」を発表する。できれば少しずつ書評を書きたいが、とりあえずタイトルと著者名出版社名だけである。数字は優越性を表示していなくて,ランダムに並べている。
①複雑系・科学革命の震源地サンタフェ研究書の天才たち ワールドロップ著 新潮文庫
②本郷菊富士ホテル 近藤富枝 中公文庫
③カミの人類学 岩田慶治 講談社文庫
④陋巷に在り13  酒見賢一 新潮文庫
⑤ジョン・C・リリィ生涯を語る 筑摩文庫
⑥巨人出口王仁三郎 出口京太郎 講談社文庫
⑦賢者の石 コリン。ウィルソン 創元推理文庫
⑧国家と革命/国家について レーニン 新日本文庫
⑨最期の喝采 ロバート・ゴダード 講談社文庫 ⑩折口信夫全集第二巻古代研究 中公文庫
いいわけはまたにしよう。好きな本を少しずつ紹介したい
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2015-16フィンランド易筋洗髄経のDVDやっとできました

2016年8月13日 1:46



お待たせして申し訳在りません。


易筋洗髄経のDVDやっとできました。
すでに注文してくださっている方、お待たせして申し訳在りません。
「外経」の方は製作中ですので、少しお待ちください。
易筋洗髄経DVD 定価3000円送料180円

 健身気功では易筋経だけが独立してやられてきました。
 これは周稔豊先生が伝えて来た洗髄経と組み合わさったものです。
 30年前に習ったものですが、このほどテキストを全訳してその通りやりなおしました。
 髄を洗うというのは神経系統を調整するということの独自の表現なのですが,
 実際に頸椎から尾骨までの骨の骨髄液に集中して、その流れを感じて行きます。  ぜひ研究してみてください。
 簡単なやりかたのパンフレットがついていますが、詳しくは易筋洗髄経テキストをごらんください。
易筋洗髄経テキスト 定価1500円 送料400円
太極気功関連好評発売中です。
太極気功 入門篇 定価1000円
太極気功 決定版 定価3000円 九月末まで特価2000円
  送料は二本まで180円


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2015-16フィンランドウォーキング・メディテーション

2016年8月16日 0:10



23年も前の文章なのですが

ウォーキング・メディテーション
23年も前の文章なのですが、今も同じように書きたい文章でもあり、少しも変わっていません。前に啓咲いた時は一部分でしたので、この項目の全体をお伝えします。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 町の中でもちょっと立ち止まって人の流れをぼんやりながめてみると、みんな本当にせかせかと歩いているのに気づきます。中にはエクササイズ・ウォーキングのために速歩をしている人もいるのかも知れませんが、たいていの場合は心は目的地に到着することにあって、歩くことは余計なこと、しかたなくしていることと感じているために、早くすませてしまおうというように歩いているのではないでしょうか。この時の心の状態はあまり平和とはいえません。 私達は、たえず「何かのために」これをすると思い、本当に生きている実感がするのはそこに到着した時に違いないと思っていますが、しかし実際にはそこに到着した時にはまた次の「何かのため」があって、どこまでいっても自分が空洞になっていることにいつかは気がつくことになります。
 私たちの生は「何かのため」にあるのではなく、それ自体が目的であり、到着することではなく一歩一歩の歩みこそが命そのものだと理解することが心の平和の基礎なのです。
 せっかく自然にふれよう、のんびりしてみようと散策をしても、山を歩いたりしても、何時までにこの地点を通って、いつまでに戻ってと「段取り」を始めてしまうと、やっぱり一歩一歩を味わえなくなってしまいます。レジャー・ツァーに行っても忙しい日程を消化するばかりの日本人は、本当に遊び下手なのかも知れません。
 それを実感するために、一度ゆっくり歩いてみましょう。とても簡単なことです。まわりに変に思われないかと気にしてうまくいかないとつまらないので、最初は誰もいない木立の中とか公園でしてみます。どこかに行こうとするのでなく、歩くために歩く時間を持ってみるのです。
 ふだん町の中では考えられないほどのゆったりした歩みになると、自分の歩くと言う行為が初めてすることのように新鮮に思えます。
 子どものころ階段を上がるのをしんどがったら、演劇をしている叔父に「でもふだん使わない筋肉を伸ばして気持ちいいだろ」と言われてびっくりしたことがありました。階段はしかたなく昇るのだと思っていたのに、そんな風に自分の中の感じを味わいながら階段を上がる人もいるんだと強烈な印象だったのです。ゆっくり歩くと、自分の中の歩く仕組みが見えて来て、ああ、なんと快い動きなんだろうと思えて来ます。一歩ごとに股関節や腸が心地良くマッサージされるのが分かります。繰り返される足の裏の着地と蹴りが脳の快感のリズムを作って行きます。ふだん無意識に歩いているけれども、ロボットにこのような歩かせ方をするのはコンピュータがここまで発達してもまだできないほど難しいことのようです。それを当たり前にやってしまっているからだの大自然のメカニズムを改めて尊敬してしまいます。
 歩くときには歩くことを考えなくてはならないと朱子が言ったかどうか定かではありませんが、私たちは食事をするにも食事のことを考えずにテレビを見たり、ウォークマンなしに退屈で歩けなかったり、いつも「いま」を全力で生きていません。心身統一が大切だなんていいますが、勝手に走る心にからだがついていくことはできないので、今自分が生きている、歩いている、食べているということを全力を挙げて体験すること以外に心身統一はありません。そういう状態を気功というのです。気功法をやるのは日常がそのようになるための訓練にほかなりません。
 自分が「いま、ここ」で生きているということに関心がむくと、まわりの自然がまったく違って見えてきます。
 緑がこんなにもいきいきしていたかと思ったり、木が何やら話しかけてくるように思ったり、いつも見逃していた道端の花を次から次へ見つけたり、自分の足音やこずえの音、鳥の声などを音楽のように聞けるようになったりします。
 ウォーキング・メディテーションはベトナムの僧侶ティク・ナット・ハンが提唱してきたことで『ア・ガイド・トゥ・ウォーキング・メディテーション』という小さな、魅力的な本があります。リラックスして歩くことが到着することより大事だと考えて歩くのはひとつの気功法であり、瞑想法です。
 それは「自分はこうすべきだ」とか「あれもこれもしたい」とかの考えで頭をいっぱいにしている状態から、今こうして生きていることこそ美しいという平和な気持ちで自分をいっぱいにすることです。
 考えてもみてください。自分のいのちを平和で満たすことができないのに、世界平和がいったいどこから到来するというのでしょうか。自分がゆっくり歩くことだけでは世界の平和は来ないというのは確かですが、平和に存在できない人が他人にだけ平和を求めるのはいささか暴力的です。
 しばらくそのように歩いてみると、自分が生命力に溢れ、気に満ちていることに気づきます。いつもそのような歩き方ができるわけではありません。でも一度体験してみると、歩き方が少しずつ変化してくるでしょう。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
◆これは1993年、23年前の文章です。昨年この文章を含む『気功的生活にまつわる話』は昨年作った『気功的生活のすすめ1993』で全体を読むことができます。
 比叡山の上をティク・ナット・ハン師に導かれて一緒に歩いたことがあります。ゆっくりゆっくりの歩みでした。われわれの「気功法」はこのようなものです。閉ざされた部屋でやっても功法は功法ですが、無限の自然に繋がって行くことにもっと意味があります。
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2015-16フィンランドパンフレット

2016年8月16日 16:50



《気功の第二ステップ》


パンフレット
《気功の第二ステップ》2000円送料400円
 絶版中の《気功の最初の教科書2010》では儒仏道医武の五大部門に沿って気功をまとめましたが、本書では導引・吐納・静定・存思・内丹の五代潮
流に沿ってまとめています。次第に内丹に進んで行けるように、全体の水準を高くしています。
《健身気功常用用語辞典》1500円送料400円
 中国の健身気功協会が編纂したやさしい気功用語辞典です。初歩の気功学習者にとって基本的な用語が収められていますが、中には健身気功の範囲では取り扱わない存思内丹などの用語も含まれています。気功の入門的な常識語の辞典としてはいいものだと思います。
《気功的生活のすすめ》1500円送料400円
 1993年、通販で有名なフェリシモと組んで「気功的生活カタログ」の計画を立てました。これ自体は実りませんでしたが、一年間キャンペーンのためのパンフレット13冊を作って毎月のフェリシモの注文に入れて行きました。そのパンフの主要内容を採録した者がこれです。「ウォーキングメディテーション」のようなやさしく気功の本質に関わる文章ばかりです。
《からだ論余録》1500円送料400円
 津村の古い文章の再編集。第一部漢方料理、第二部焼酎論、第三部スウェーデン反原発投票、第四部からだと食。
《道教と仙学》3000円送料400円
 北京の道教研究の第一人者胡孚探氏による平易な道教の総合解説。


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2015-16フィンランド胡耀貞気功を学ぶ

2016年8月16日 17:05



蘇州・潘厚成先生・2016年11月


胡耀貞気功を学ぶ
蘇州・潘厚成先生・2016年11月
11/21(月)~26(土)
蘇州市・漢庭連鎖酒店に宿泊
まだ飛行機は決めていません。21日の昼頃の便で上海へ行き、上海からバスで移動します。26日も昼頃の便で帰れるようにします。
早く決めて申し込んでくれるほど飛行機が安いです。
潘先生は胡耀貞の武術の弟子馮志強から自分がおしえてこなかったことをすべて伝えて整理してもらうための作業をまかされ、その内容を少しずつ紹介しています。今年から大きな十巻本が刊行されるようです。参加申込者には資料を送ります。

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2015-16フィンランド風邪と仲良くする

2016年8月17日 1:09



鬼を迎える豆をまきます

ウォーキングメディテーションは少数の人ですが注目してもらえたようなので、これにつながっているエセーから時折任意にのせておきましょう。
風邪と仲良くする

 節分ではふつう「鬼は外」と言って鬼を差別排撃しますが、奥吉野の天河神社では「鬼は内」と言って鬼を迎える豆をまきます。自分のこわいものを追い払わずに呼び寄せて和解してしまうというのは、心理療法としてもなかなか質の高いものです。[天河社は役行者が連れていた前鬼、後鬼というふたりの鬼が開いた場所だから当然なのだが]
 カゼ、やーね、とCMでもいいますし、一刻も早く治したいのもよくわかるのですが、それは「鬼は外」の発想で、むしろ風邪といかに仲良くするかを考えてみたいのです。
 このことを論じた野口晴哉さんの『風邪の効用』は現代健康学の古典といっていいものです。病気は元気の現れ、というのがその基本的な考えです。調子が悪い、という相談を受けるとよくする話なのですが、たとえばからだに良くない腐ったものとか食べたとして、敏感な人ならばすぐに吐くことができます。吐いた胃は病気でしょうか、元気でしょうか。胃で出せなかった人は腸に毒が入ります。腸は高度の考える能力を持っていて、吸収してはまずいものが入ってくればすぐに下痢をして排除しようとします。下痢をした腸は病気でしょうか。下痢止めを飲んだりしたら腸は判断停止して血管に毒を入れてしまいます。これが排泄されるチャンスがもう一度あります。皮膚病としてです。毒を外に出そうとしている皮膚は病気でしょうか.ここで出せなかった毒は細胞に蓄積されて老化を促進する以外にないのです。
 風邪というのも、ウィルスが原因だとしてもそれはいつも空気中にたくさん漂っているので、ウィルスがあるから風邪があるのではありません。内部の原因があつて外部の原因が作用するので、からだは必要なときに菌を呼び込んで風邪を引き起こすのです。どういう時が必要な時かというと、疲労がたまってからだの偏りが著しくなり、そのままで行くと内臓のアンバランスを起こして重大な病気のもとになりかねない、という時に風邪の菌の作用を借りてバランスを取り直すのです。
 例えばストレスからの食べ過ぎが続くとからだが歪んできて、全身のパランスがこわれ、活力はあるのに不調感が続くようになります。ほうっておくと胃や腸の深刻な病気になりかねないのですが、自分でなかなかコントロールできない、という時に、からだは勝手に消化器にかかわるウィルスを呼び込んで、下痢から始まる風邪をひきます。そのまま頭に来たり鼻に来たり、のどに来たり、一巡することもあります。一見すると「病気が襲ってきた」ようですが、実はからだが自分で判断しての自己調節作用なのです。
 なんでもそうですが、自分に取って思い通りにならない時が大切です。だってそれは「思い」が現実とうまく対応していないという知らせなのですから。
 ずっと思い通りにいっていると思い込んでいて、あとでそうでなかったと知るよりは、いつもこまごまと思い通りでない体験をした方が安全です。思い通りにいかないというのは、自分自身や社会や自然との対話の形なのです。風邪もひけないからだはガンになりやすい、などと言われるのはその意味です。ガンに限らず、風邪は万病の元どころか万病の予防のもとなのです。
 では風邪をひいたらどうしたらいいかというと、まず薬を飲むのは最悪です。病気によっては薬がやむを得ない場合も多いので、薬一般を排除するわけではありません。しかし風邪薬がないということはどのお医者も認めていて「発明したらノーベル賞もの」なんていいますが、むろん発明されるわけがありません。風邪はからだの必要で引いているからです。咳とか熱とか鼻水とかの症状を泊める薬はできていて、それが風邪薬といわれています。しかし下痢を無理に止めたら毒が体内に入るのと同様、体内の必要な反応の結果としての症状を無理に泊めると風邪の目的を達成できなくなり、風邪は長引きます。
 そこで大事なのは、からだが何を目的に風邪を引いたかを読み取ることです。言い換えれば、私の生活のどこを変えろと言っているのかなと反省することです。
 ストレスが過剰なら自分の気持ちの持ち方を変えるか、その原因を除去するかします。働き過ぎなら少し休みます。食べ過ぎなら軽い断食をしてみます。一般に減食をするとからだの自己治癒力は高まります。
 すぐには分からないかも知れません。必要なのは病気と戦うのでなく、「病気にどうすれば協力できるか」という姿勢です。  協力の仕方はいろいろあります。生姜湯や梅生姜番茶などを飲んで汗をうまく出す(汗を出すと毒を出し筋肉をゆるめ体温調節をする効果があります)とか、足だけお湯で温めてやる足湯だとか、穏やかなグルーミング気功(自己マッサージ)をするとかがそれです。鼻を通すのに鼻の脇の迎香のツボをこするといった対症療法は実にいろいろありますが、それよりも深い内部の原因を解決することが大切です。
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2015-16フィンランド恋愛気功

2016年8月17日 1:11



何もかも輝いていますか。


恋愛気功
 いま誰かに恋をしていますか。何もかも輝いていますか。悩み抜いていますか。いい恋愛をしていれば気功法なんていりませんと、半ば冗談に教室で言ったりしますが、それには少し説明が必要です。
 北京である女医さんに「龍の気功」を習った時のことです。彼女は五十代も終わりという年齢の方で、失礼ながらそう美人というわけではないのに、何かきらきらと輝くようなところがあって魅力的でした。色々質問するうちにその先生からふと「気功は青春を思う」という言葉が出てきて、おおっ、と思いました。いま恋愛をしていなくても、心の地層の青春のファイルを開ければいつでも同じ心の状態になるというのです。気功はとりすましたところもありますが、内部感覚としてはとても色っぽいものだとずっと思って来たので、ナットクしてしまうところがありました。
 ふつう気功をして行くとき、まず中丹田(胸にある感情のセンター)を開いて世界を抱きしめられるようになり、さらに下丹田(下腹の生命のセンター)を充実させて個としての生命力を増し、最後に上丹田(ヒタイの智のセンター)を開いて観音力を養うというステップを踏みます。下丹田から始める場合もありますが、最初に気持ちが大切な気がします。この最初の中丹田を開く部分が「青春を思う」なのです。
 胸の気が通ってここから発する気がのびのびと広がるようになると、宇宙全体に恋をしたようになって、荘子が「物と春をなす」(万物とセックスする)と過激に表現した感覚がよくわかります。
 NHKの気功テキストの中でも、こんなふうに書きました。
 「与謝野晶子の歌に
   清水へ祇園をよぎる桜月夜
   こよひ逢う人みなうつくしき
という歌があります。通りがかる誰をも抱きしめてしまいたいような気持ちを体験したことがだれでもあるでしょう。自分のいのちが光り輝いている時に、この人は嫌い、あの人は美しくないと差別する心がなくなってしまい、すべてが融け合っているような気持ちを持つことができます。気功の境地は恋愛状態に似ているということはいろんな先生がおっしゃっていますが、それは誰か特定の人に対する恋愛というより、すべての人に対する、宇宙全体に対する”全肯定”の気持ちというべきでしょう。
 この「全肯定」と特定の誰かへの恋愛はどう同じで、どう違うのでしょうか。ほかの誰かではなくその人を愛したのですから、そこには差別があります。自分の好みとか、気が合うとか、幸せにしてくれそうという選別には一種のエゴがあります。

 でも、必死で相手のことを想い、相手のためになるようなという気持ちにはエゴの超克があります。
 「宇宙愛」の法は自分の心の持ち方なので、下手をすればただの自己満足になってしまいます。宇宙は一緒に気功をするパートナーとしては大きすぎて、空回りしてしまいそうです。特定の相手への愛の向こう側に宇宙愛があるのだとわかったうえで、生身の誰かと愛し合って、互いのエゴをぶつけながら克服して行くきれいごとでないプロセスの中にしか「恋愛気功」はないようです。
 気功として恋愛を見ると、その人の持っている他人との間のヨロイが、誰かに向けたある特定の方向だけ開いてしまった状態です。それによってほかの人にもやさしくなったりして、ヨロイ全体を開きやすくなる面もありますが、むしろアンバランスが拡大して、不安定な状態でもあります。ずっしり腹がすわって、ヨロイを脱げるようになったのではなく「相手にどう思われるか」にあまりにも強く依存しているので、気がよく流れるようになると同時に、過敏状態が生じます。気が上がって「気をとられる」ようになるのです。感情が過敏になり、嬉しくて舞い上がり、また生きる者は必ず死ぬし、会った人とは必ず別離があるという事実に気づいて悲しみにふけったり、思い通りに行かないと怒ったり、自分を失ってしまいそうと恐れたりします。結局恋愛の全プロセスにわたって、自分の感情とどうつきあうかという課題を抱えこむので、それはそのまま心平気和のレッスンにならざるを得ないのです。そしてセックスには当然に前回に述べたタッチングによる「ふたり気功」のレッスンという要素があります。
 この人だけ、という差別の気持ちは喪失を前提にしていますから、悲しく苦しいのは当然ですが、その間に別次元の悟りの準備も進んでいます。
 いま恋をしていなくとも、誰でもその経験の蓄積があるはずです。気功をする時にその心のファイルを開くと、誰でもなく自分で積み上げた「功(経験の英知)」を宇宙との恋愛の基礎にすることができるのです
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WHOLE EARTH CATALOG全地球時代の幕開け(1)

2016年8月17日 2:01

写真


「The Whole Earth Catalog」はどんなものだった

全地球時代の幕開け(1)
これは『スペクテーター』29号、2013年12月20日号に掲載された文章だ。全体が60年代に感動してアメリカから受け取った「ホール・アース・カタログ」がなんだったか、という特集だった。私はそこに「『ホール・アース・カタログ』の成果、および全球時代の幕開け」という文章を書いた。もっともこのタイトルは編集部に任せたものだった。いまとくに新しいタイトルをつけようと思わないが「全球」はわかりにくかろうと「全地球」として掲載する。長いので五つの節ごとに分けて載せる。いまあらためて皆さんに読んで欲しい。
[1] 「The Whole Earth Catalog」はどんなものだったか

 『WEC』のうわさは早くから聞いていたが、68年の「試作版」のことはむろん当時は知らなかった。そのあとに出来た第一号のことは三年遅れくらいで噂を聞いたが、実際に見たのはもっとずっとあとだった。だが今にして思えば、その現物を見る前に、うわさを聞くだけで結構興奮していた。
①地球の写真を表紙に使ったそうだ。
②地球にやさしい生活のための道具と行為のカタログだそうだ。
 地球を外から見た写真というのは、まだとても新鮮なころだった。私たちが今見慣れている地球像は1972年の12月7日アポロ17号に搭乗したハリソン・シュミットが撮影した地球であるらしい。それまで、私たちは星を見上げるだけだったが、はじめて自分の生きている星の映像を見たのだ。生まれて初めて鏡を見ることができたようなものであり、それ以来私たちは(ヘーゲルの用語を使って)「対自的存在」になったのだと言いあった。今までにマッキントッシュのコンピュータは20機くらい買い替えているが、あるとき箱の中からこの地球の写真のステッカーが四枚組で出てきたときには、アップルには同じ趣味の人がいると思ったものだ。ジョブスの指示だったのだろうか。
 私は『WEC』とその類のカタログをやっと手に入れて、そこに示された食べ方、住まい方、さまざまな道具に満足した。だが同時に、これで地球は大丈夫なのか、という問いに改めて取りつかれた。
 実際には「全地球カタログ」というのはおおげさで、厳密にはとてもそんなふうにそろえていたわけではない。「われわれの地球と関わりなおす、関わりを深めるための道具と行為のカタログ」といったらもう少し実際に近いだろうか。
 カタログの掲載基準は
1 道具として有益なもの。
2 自立の教育に適切なもの。
3 上質か低価格のもの。?郵便で入手が簡単なもの。と書かれていたそうだ。何に有益かというと、地球との関わり方をもっとシンプルに、そして豊かにするということだろう。自立の教育は深い言葉だ。ほとんどの商品は依存を深め、自立と反対の方向にいざなっているからだ。商品に任せて手を抜いてしまうことに価値を見出すのでなく、商品を「わがものとして使いこなしていく」姿勢が求められているのだ。
 『WEC』の大項目は次の七項目だった。
① システム全体の理解。フラーなど。
② シェルターと土地の利用。ドーム建築、ガーデニングなど。
③ 物つくり、手工芸。小道具から風車、太陽エネルギーの利用まで。
④ コミュニケーション。ビデオや書物など。
⑤ コミュニティ
⑥ 放浪と野外生活。サバイバル、キャンプ、ログハウスなど。
⑦ 学習。木のおもちゃから禅、瞑想、ヨガなどまで。
 L・L・ビーンなどのジーンズも野外生活のところで乗っていたから、ただの商品紹介なのかが問われた。日本ではたとえば『暮らしの手帖』の辛口な商品テストが以前からある。
 現実の場面では、さまざまな商品を選択することしかなかったかもしれない。だが、これには大きな方向性があった。
① ヒッピー・カルチャーをベースにしていたこと。それがどの程度語られたかは別にして、ペヨーテやマリファナによる超越体験は共通していた。
② アメリカのネイティヴの文化と密通したがっていたこと。
③ 東洋的なものへのあこがれがあったこと。
 これはあとになって知ったことだ。私たちの身近なところでは、植草甚一編集の『宝島』が75年に出て、別冊宝島が第一冊で『全都市カタログ』を出した。これは都市という若者の棲息ゾーンのフォークロアで、商品カタログではなかった。70年代初頭は「都市」の読み替えが進んだ時期で、アンリ・ルフェーヴルの森本和夫による『都市への権利』(69)に続いて私たちの《国=語》批判の会が関わっての『都市革命』(74)『空間と政治』(75)の翻訳が出た。また『TAU』には三回連続で都市・建築論を書いた。一方で広告批評懇談会による電力広告批判や国鉄のディスカバー・ジャパンの批判があり、また企業戦略研究会の活動(『現代の眼』に二年間24の企業の歴史を戦前まで遡って検証した)があり、そうした理論的作業と『全都市カタログ』以降のシリーズへの参加が両輪をなしていた。
 79年には全ボディ・カタログとしての『東洋体育の本』が別冊宝島から出る。さらに全料理カタログの意図をもって風濤社から『ひとり暮らし・料理の技術』が出る。これは津村の著作として出されたが、全地球カタログのそれぞれ一部分の性格を持って書かれていた。これらはヒッピー・カルチャーとはいえず、若い世代による伝統文化の再編集として進められた。この二冊の系統には先住民文化とのつながりはないが、西洋的なものに対して東洋文化をこれから使いこなしていくという意欲に満ちていた。アイヌとの結びつきはこの後出てくる.二風谷の萱野茂さんや青木愛子さんのところに六年間ツァーを繰り返して、その薬学・治療学や森林体験などを体験した。
 それと並行して、これは「全地球」への歩みと言ってよかったが、十年間春秋20回にわたって中国の聖山聖地を周遊し、その後も150回あまりに上る「観気旅行」としてやりぬき、また二回のカリフォルニア観気旅行、四回の韓国観気旅行、40数回に及ぶフィンランド・エストニア観気旅行として「地球を読む」旅を実行してきた。ゴミに汚れた泰山は二回にわたって「清掃旅行」をしたりした。これは実際には80年代から90年代にかけて進んだ「全地球のカタログ化」だった。
 つまり私たちはまず
① 都市のカタログを作り
② 企業活動と広告のカタログを作り
③ からだのカタログを作り
④ 料理(さらには焼酎など)のカタログを作り
⑤ アイヌや中国、フィンランドなど、人格を集団的に変容させる聖地のカタログを体で体験した。それは『WEC』の直接の応用展開ではなかったが、同じ精神でずっとやってきたのである。
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2015-16フィンランド全地球時代の幕開け(2)

2016年8月17日 2:05



最初のカタログ文学とよばれるのは


全地球時代の幕開け(2)
[2] カタログとはどういうことか
 
 最初のカタログ文学とよばれるのは、紀元前に楚の国で作られた『楚辞』である。屈原は自分の情緒と宗教的体験のカタログを示すだけでなく、長江に沿っている巨大な楚の国の資産を数え上げるように、文学にしてみせる。その中心はシャーマンの歌である。毛沢東が田中角栄に会った時になぜこの『楚辞』を渡したのかは大きな謎である。日本人の大きな要素に楚の血、つまりタイ語を話す漢字民族である苗族が水稲耕作を伝えたことをもっと研究せよという意味だろうか。
 『楚辞』のような高級なものでなくとも、『老子』『荘子』(二人とも楚人である)『論語』(漢族だが西方の周=羌の文化に憧れた)などのように、語録の形をとった哲学書はいくらでもある。司馬遷の『史記』のように整った連なりを持った歴史書よりも、老子や孔子の断片的な語録のほうがはるかに想像力を刺激する。
 『毛主席語録』の竹内実訳(平凡社ライブラリ)に私はあとがきを書いているが、『語録』はもちろん論語以来の伝統の中に位置づけられるが、それは新しい傾向とつなげて理解することもできると書いた。
 「『語録』と不可分に登場した言葉が”活学活用”という言葉だった。教条通り理解するのではなく、実際の状況の中で、自分で消化し、意味を生みだしながら活用しなさい、という意味で、けっこうなことであるが、この自分の主体的な理解ということと個人崇拝は相いれない面がある。
 『毛主席語録』は英語で言うと”Quotations from chairman Mao”である。 ”引用集”だということなのだ。文学に少しでも関心のある人ならば、ヨーロッパでは20世紀の最初の20年間に、「私のいうことが真実だ」という言葉の使い方からのがれてもっと自由な言葉の使い方をしたいと苦闘した文学者たちや科学者たちが、ロシア・フォルマリズムからプラハ言語学派だとかシュールレアリスムとかを経たあとで、ベンヤミンやブレヒト、ハナ・アレントといった人たちによって一連の引用理論に結実していったことをご存じだろう」
 『ホール・アース・カタログ』は地球の為にとれる行動のカタログだった。スチュアート・ブラントの姿勢はこの面では今も変わらない。『地球の論点』は他人の見解と論点の引用集である。原発に関してだけが、奇妙なことに、読者に何かの結論を押し付けようとしている。
 読者に選択できる行動のカタログを示すという点にこそ『ホール・アース・カタログ』の価値はあったはずである。それは一方で『楚辞』から『毛語録』に到る、また『オデッセイ』からブレヒトに到るカタログ文学の系譜と響き合っていたのである。
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2015-16フィンランド全地球時代の幕開け(3)

2016年8月17日 2:06



私の80年代


全地球時代の幕開け(3)
[3] 私の80年代

 1980年の一月号(12月発売)に載ったのだから、書いたのは79年の秋だと思うが、『80年代』の創刊号に私は「じぶんの人生を変える」という文章を書いた。「80年代の危機と可能性について」というサブタイトルがついていた。それが雑誌の発刊宣言を兼ねていたところがあった。
 この雑誌は香港で出ていた『七十年代』をパクったものだったが、むろん内容は関係なかった。時代に添い寝してみたいというか、はじめから10年ですっぱり分かれるというのも魅力的なプランだった。しかし実際にはみんな10年の根気はなかった。私自身東京を離れて神戸に移り、特に後半は気功の仕事が忙しくなってきたこともあり、編集部の石垣雅設にほとんどまかせてしまった。この時期松岡正剛の『游』も動き出しており、私も「横議横行論」という連載企画をもらっていた。『游』も『80年代』もある意味で『ホール・アース・カタログ』にもろに影響を受けて出てきたものだが、色彩はずいぶん違っていた。松岡の場合は知のカタログを狙っていたが、こちらは生活カタログだった。松岡に一度「生活カタログはまだちょっと無理じゃないの」といわれたことがある。たしかに難しかった。企業社会が用意するカタログ文化に明確に対抗していくことができなかったと言える。
 「じぶんの人生を変える」の中で私はこう書いていた。
 「60年代の最後の数年間、私は大学にいて何も授業を受けず、”全共闘”を学んでいた。その中で”70年問題”とか”70年安保”とかいった言葉がふりまかれるのを、苦々しい思いで聞いていた。私たちの全共闘運動は、だんだん上昇して行って権力との”決戦”をするというような、そういう性格のものではまったくなかった。私たちのからだ存在にとって、この状況がたえがたい、この状況が強いてくる生き方が耐え難いということが闘いの根拠だった。私たちは、受験戦争の中でゆがめられ、卑しくなり、よろいを着て人とふれあうことができなくなり、鈍感になった自分を憎んだ。そのまま大学を出て官僚なり企業人になることによって、いやおうなく権力のそばに運ばれていくだろう自分を憎んだ」
 そこから初めて見えてくる賃金奴隷、消費の奴隷の姿がある。今問われているのは保守か革新かではなく「管理か反管理か」である。工場や市場だけでなく、ダムで原発でそのむき出しの対立が出てきている。「結局のところ、一人ひとりの生きたからだが、私たちの”武器”である。余計なことを言わずとも、何をすればいいかは、実はみんなが知っていることなのだ。それをできるところから始めればいいだけだ」。この文章でもっとも大きなスペースを占めているのは反原発の問題である。まだほとんど誰もが原発を問題にしていない時代に、私たちは原発立地現地の原発反対運動と反原発の知識人とをつないでいこうとした。原子力資料情報室の西尾漠が私が神保町の三省堂ビルに借りていたアジア文化センターの事務所番を兼ねてくれていた。一緒に反電力、反広告の仕事をしたが、ひとつの記念碑的な作業が1978年の『反原発辞典』反原子力発電編、反原子力文明編の二冊だった。一冊目には水戸巌、槌田敦、野坂昭如と田原総一朗の対談、高木仁三郎、北沢洋子、久米三四郎、市川定夫、室田武らの名前が並び、編集サイドからは津村が「日本のエネルギー革命はなんだったのか」と石炭から石油、原子力を振り返り、西尾が原発地図、推進派人名録、原発語録などをまとめていた。二冊目では前田俊彦、高木仁三郎、橋爪健郎、津村喬による巻頭座談会「運動に新しい風を」はじめ、福島、女川、芦浜などの原発現地の状況、歴史とフランス、ドイツ、アメリカなどの反原発の運動が伝えられていた。中山茂、里深文彦、中村尚司、江口幹、田中公雄、斎藤美智子などが原発のない未来、行き過ぎた都市化の問題など を語り、最後に槌田敦といいだももの「石油文明後の社会を考える」が載っている。フクシマのあとで、にわか反原発論者が何百冊の本を作ったのに対して、もう一度復刊したいような中身だった。
 これは78年のことだ。80年に入って『80年代』が出て、その79年12月に出た創刊号に「地球の友」への呼びかけが出た。どんどん会員は集まり、その最初の仕事としてイギリスの地球の友の象徴的存在だったエイモリ・ロビンスを招いた。彼は『ソフト・エネルギー・パス』の著者として大きな影響力を持っていた。ロビンスは周到にイデオロギー論争を避け、体制を変えずとも原発という選択を避けることができると説得的に語った。原発推進当事者にも通じるような言葉で。
 地球の友・東京の機関誌『連鎖反応』は創刊号で「地球は”宇宙船地球号”ではなく、生きている。生きている有機体だ。このことを私たちの出発点にしよう」とよびかけた。アメリカの影響を受けたエコロジストたちは皆この「宇宙船地球号」のイメージから出発していた。そうでない、というのはどういうことだったのだろう。私がのちに「地球には友だちが必要だ」(『全共闘・持続と転形』の中で)で書いた振り返りの文章を引用しよう。
 「『宇宙船地球号』は1962年に発刊されたバックミンスター・フラーの著書の題である。フラーは、地球を宇宙を航行する閉じられた宇宙船である、それはあまりによくデザインされたものだったので、人類は生まれてこの方宇宙船に乗っていることに気がつかなかった、と論じた。有限な地球、というイメージは、60年代の高度成長が、空気や水などは無限だという錯覚に立ち、しかも石油などの資源まで無限のものとしてはてしなく浪費していくことの上に成り立っていただけに、大きな衝撃を持ってむかえられた。K・E・ボールディングの”有限な地球”を前提にする新しい非市場主義的経済学も、ローマ・クラブの『成長の限界』から『地球共同体への構想』にいたるレポートも、そしてまたアメリカのエコロジストが生み出した『ホール・アース・カタログ』やアリシア・ベイ・ローレルの『地球の上に生きる』等々までが、それぞれに違う意味においてではあるが、”宇宙船地球号”の延長上にあると言えるのである。
 フラーは若者の反乱やサブカルチュアに大きな期待をかけていると一方で表明していたから、一面では『2001年宇宙の旅』に象徴されるアメリカ人の精神革命をなにがしか促す役割をはたした。しかし彼自身はテクノロジストであり、巨大コンピュータをつかった全世界資源マップをつくって、少数の専門家がコンピュータによって国家利益を離れて客観的に資源を管理することで、地球の危機が救いうるかのような幻想を一方で持っていた。だから、若者たちが自分で地球の友となろうとするときには、どうしてもフラーを乗り越えるところからはじめなければならなかった」
 地球の友は私と友人たちで始めたものだったが、友人たちは私があまり中心的な発言者にならないでほしいと言った。すでに70年代から私は十分に発言してきたので、津村が発言すると若者たちが沈黙してしまう。それはもっともなので、地球の友・東京からは身を引いた。その後さまざまに変化した「地球の友」のいろいろなバージョンからも私はずっと直接関わらないできた。
 同じ文章の中で、『WEC』についてこう書いている。
 「『ホール・アース・カタログ』はその初期の成果の一つだ。18世紀の革命家が百科全書をつくったように、19世紀の革命家が世界全体とつりあう一冊の書物を求めたように、20世紀初頭の革命家が新聞から始めよとよびかけたように、20世紀の末を展望する魂の革命家たちは、人々が選びうる人生のカタログを提出した。そして、いずれにせよ、われわれは地球の一部分であって、そのことを忘れて人生を商品カタログに縛りつけておくこともできるし、地球全体の生命のバイブレーションに共鳴していくこともできるとよびかけた」
 これは80年代の同時代における『WEC』の評価である。地球志向とカタログ的思考方法を結びつけることによって、『WEC』はまさにこの時代の書物になったのだ。
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2015-16フィンランド全地球時代の幕開け

2016年8月17日 2:07

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実現しなかったカタログ


全地球時代の幕開け
4 実現しなかったカタログ

 90年代の前半に、私が『宝島』『80年代』でやってきたことと、気功を教えてきた体験を総合する、新しいカタログ作りの体験をした。いや、結果としてはしそこねたのだが、それへ向けての濃密な準備をした。
 もう時効だから会社の名前を出してもいいだろう。フェリシモという通販の会社だ。社長に縁ができて、中国の気功の先生を招く費用の一部を作ってもらった。まあ関西の企業の社長たちを招いて気功の講義をさせてもらったのだが、それが縁になっていろいろ協力関係ができてきた。当時中国四川省で私と李遠国四川社会科学院教授が出していた『気功と環境』の支援もしてもらったりした。四川の山奥で出る伝説の水、チベットの僧侶が癒しの水として使っている水源を買い取った会社があり、それを「ひすいの水」として売り出さないかという話があり、西濃運輸の会長で気功仲間だった清原さんがアサヒビールに言って水質を調べてもらったり、精神医学の加藤清先生がサントリーの営業部長(後の社長)に話をつなげてくれたりしたが、いずれもまだ水を売るのに慎重な時期で、フェリシモで売りましょうかという話になりかけていた。
 フェリシモのカタログは当時すでにかなり「エコロジー志向」であり、いいなと思っていた。ある時四川から、日本からの資金援助の見返りとして雲南、貴州、四川の少数民族の手作り工芸品の見本が届いた。私に才覚があればすぐに店が開けそうな、魅力的な品物だった。それ以前からフィンランド、ラップランドに通っていて、ラップランドの土産物もかなり仕込んできていた。またアイヌとのつながりも深まっていた。私の中で、世界の先住民のグッズを販売する店か通販を作れないかとの思いが広がった。それをふとフェリシモの社長に漏らしたところ、そういう総合カタログを作るために足りない情報がありますかと言われた。欠落はたくさんあるが、アメリカへしばらく行ければアメリカン・ネイテ ィブと中南米の文化、そして西海岸の若い文化に触れて、ひとつの方向を打ち出せるかもしれないと言った。アフリカとかは、もっと成功してからの話だ。驚いたことにフェリシモの社長は私にカードをくれて、300万だか入っているから、アメリカを一周して商品を集めてきてくださいと言ってくれた。新しい「先住民志向の自然生活カタログ」が作れるかどうか、試してみましょう、と私は言った。私はニューヨークから西海岸までひと月余りの旅をして、商品見本を買いあさった。
 それと並行して、「気持ちのいい経験100」というパンフレットを作った。気功的体験と名付けたが気功の体験そのものでなく、自然と深くふれあって気付きを深めていくさまざまなツァーやワークショップの体験をリストアップして、フェリシモの顧客に配り、どれを体験したいですか、と聞いた。一位はラップランド・オーロラ体験だったので、93年のクリスマスに具体的に募集することにした。
 それから94年秋のカタログ刊行をめざして、作業が始まった。編集会議は92年の初秋から始まった。ビルの中の会議室ではなく、六甲の山中でやろうと提案し、最初は再度山の灯篭茶屋のテラスでやった。私は白樺の話をし、白樺の樹液のジュースを配り、五行の話をし、大自然に気づいていくやりかたについて話した。山の上の茶屋「登六庵」で緑の風に吹かれてもしたし、布引ハーブ園で夕日を浴びて集まりもしたし、須磨観光ハウスで雲南貴州のグッズを展示しての集まりもした。社長は今は会長になって商売以外のことに重点を置き始めていたが最初のうちは弟の新社長とそろって参加してくれた。次第にスタッフの打ち合わせ会議になっていったが。
 このかんの記録はフェリシモが12回にわたって顧客に無料配布したパンフレット『気功的生活のすすめ』に残っている。1号では「樹林気功のすすめ」がメインの記事で、森に行って木々と話してみませんかと語り掛けている。編集の過程を公開した「台所、見せます」の連載もあり、水物語もある。2号では「風邪と仲良くする」という野口整体の気功からの紹介。フェリシモのスタッフ二人を連れて夏にフィンランド旅行をし、その体験を書いた「フィンランド・トントゥ感覚」(トントゥとは森や家にいる妖精のこと)。胸をなでおろしたり、亀の呼吸とかの一番簡単な気功法も小出しにしていく。水物語はずっと続けていて、8回目には中国の水汚染のことと、対照的に名水と呼ばれるものがあることを紹介し、なかでも「ひすいの水」の質が高いことを紹介している。6号からは各地での総合的な気功体験のワークショップや合宿がよびかけられた。「樹林気功と水気功体験」三日間、関西学院大千刈キャンプ場、「グルーミング気功とタッチング」土日二日間、熱海ビレッジ、「グルーミング気功と映像ワーク」日曜日四時間、住吉バーズビル、「六甲樹林気功」三日間、六甲YMCA「清里エコロジー気功」三日間、清里キープ協会キャンプ場などを立て続けに企画し実行した。93年のクリスマスには、フィンランド・ラップランドツァーが50人近い参加で実現した。
 これがそのまま成功していれば、『WEC』に匹敵する「気功的生活のカタログ」ができていたことだろう。それは日本の気功だけでなく、中国の気功にも大きな影響を与えていただろう。気功は単なる健康体操や治療の技術であるだけでなく、地球とともに生きるひとつのトータルな生き方であり、その生活行動のためのカタログになっていっただろう。
 94年の夏から秋に、外向けにも大々的に宣伝されていたこの企画がどうしてつぶれてしまったのか、私には少しもわからない。やめました、という説明も無しに、企画は打ち切りになってしまった。私は顧問という立場だったので、私が持ち帰ったものや気功に関連して提案したことを「形」にしていくのは、女の子たちだった。フェリシモはどこかで売られているものを買ってきて自分のカタログに入れるというわけではなく、夏までには膨大な商品が発注されていなければならなかった。だがそれは途中で打ち切りになった。私にはわからない。さまざまなアイデアを形にすることがとても難しかったのだろう、くらいに思って納得している。
 ほらこれが日本の『WEC』だよと次の世代に自慢できるものは、企画倒れにおわってしまったのだ
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2015-16フィンランド全地球時代の幕開け

2016年8月17日



5  若狭からフクシマへ

全地球時代の幕開け
5  若狭からフクシマへ

 阪神大震災が95年の1月だったから、これはその年の夏のことだったに違いない。若狭の小浜で大飯原発、高浜原発をすぐそばで体験してから合宿をした。「生命の学校」と名乗っていて、子供と大人が一緒に参加していた。一日目に小出裕章氏の絶望的な話を聞いて、翌日は「絶望して亀になってみる」などのワークをした後、原発を実際になくしていくには自分たちの生活をエネルギー浪費型から変えていくしかない、というので、「暮らしの中のいらないもの」をみんなで書き出してみようということになった。「コーヒーメーカー、電気天ぷら鍋」「ごますり器、万能カッターはいらない」「ムーヴィング・ウォークいらない」「ビールはビンで飲む。缶は不要」「華美な結婚式やめよい」「オリンピックはいらない」「パ チンコ屋の照明」「温水プール。寒中水泳でいい」「銀行のクーラー」「自動ドア」「自動販売機減らす」「自動改札」「神戸新空港」などの無駄なものが挙げられた。携帯電話というのも出たが意見は半々だった。今なら携帯要らないは少数派になってしまうだろう。この晩の話で小出さんが、1975年ころの消費水準にもどれば電力消費は今の1/2でいい話をした。私がこの生命の学校のチラシの中で「1/10にしよう」と書いていたのを、1/2ならすぐだ、そして75年て、そんなに不便な暮らしをしていたろうか、とみんなすぐに思い出せた。自動ドアとかはなかった。でも誰もいる人はいなかった。その時の話をもとに「1/2運動のために」というよびかけを書いた。
 「日本のエネルギー消費をせめて二分の一にできないか。そのために皆それぞれ自分のできることを出し合ってみようというが”1/2運動”である」
 「人はどれだけのモノがいるか、と自分に問いかけてみる必要がある。私たちは自分の寂しさをまぎらし、心の空洞を満たすために余計なモノを買い続けてこなかったか」
 「阪神大震災はそのひとつの気づきのチャンスだった。私たちを押しつぶさない財産とは何かと論議することこそ震災の教訓でなければならない」
 「世界的に見れば、人口一人当たりのエネルギー消費に関して、日本は平均の二倍である。これは不公平なので、私たちは1/2を目指して生活を変えていきたいと思う。原始生活に戻るようにいう人がいるが、1970年代の水準にもどるだけである」
 「中国はこれから500基の原発を作っていこうとしている。日本社会が消費社会を目指して暴走するのをやめない限り、中国人に君たちはいい暮らしをするなと言えない」
 「眉を寄せて倹約を広めるのでなしに、楽しく快適にやりたい」 というようなことである。宇沢弘文さんを招いてこの1/2をテーマにした講演会をしたこともあった。でもイベントよりも、1/2の考え方をそれぞれの立場でどう考えてもらえるかが大事だった。おまえは無駄をしているという告発ではなく、ひとりひとりが「いまの暮らしで何が減らせるか」「どこで1/2にできるか」という「減らすためのカタログ」を作っていくことが大事だ。
 最近『三万円でできるモバイルハウス』という本を見つけて、うーんこれはなかなかすごい本だなと思った。車が引いてた行けるようにすれば駐車場に置ける。だんだん話を聞きつけて、ここに住んでもいいですよというところが増えてきた。高い家賃の為に働いている人には朗報だ。段ボールハウスでもフラードームでもいいわけである。やっと最初の『WEC』の世界に近づいてきたのかる知れない。
 今の段階での合言葉は「フクシマの人たちをもっと快適に」である。フクシマというのはシンボルとしての言葉であって、被災したすべての土地の人たちのことである。そのためのカタログを誰かが作ってくれたらいい。もちろん子供たちはできれば離れたほうがいい。大人たちにとっては、代替え地をもはやのぞみようがないのであれば、フクシマで放射能を浴びながらいかに「快適に」暮らしていけるのかの生活カタログこそが必要とされている。フクシマは今や「全地球」に代わる言葉だ。
 『WEC』をはじめたスチュワート・ブラントは今や「原子力発電はグリーンな考え方に合致する」というに至っている。「200年後にテクノロジーが格段に進歩していればどうだろう。人類は放射線漏れがあればたちどころに探知して処理できるかもしれない」なるほど。で、200年後ではない、今日ただいまのフクシマの人にとっては、絶滅を待て、200年後には解決されるかもしれない、といって励ますのだろうか。「原子炉の安全性については、すでに実証されている」とフクシマの被爆者に伝えるために、彼はやってくるだろうか。彼は論敵になんとエイモリ・ロビンスを選ぶ。ロビンスの予言にもかかわらず、世界中で原発は広まっているではないかと彼は誇らかにいう。その通りだ。ひとつ、ひとつ、フクシマ的なものが広がっていくまでは。
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2015-16フィンランド金メダルをとるとほぼ全員がかじっている

2016年8月17日 2:39

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なぜかじるのだろう

オリンピックでメダル、とくに金メダルをとるとほぼ全員がかじっている。これはいつからか知らないが、そんなに昔からのこととは思われない。 なぜかじるのだろう。
1 物か確かめている。
2 ちょっとかじるとおいしい。
3 歯に試練を与えている。
4 カメラマンにいわれてなんとなく。
正解は4??である。国際オリンピック歴史協会のデヴィド・ヴァレチンスキ会長は、次のように説明している-
「実際のところ、ああした事すべては、カメラマンたちの思い付きです。あの風習は、彼らによるものです。彼らにとって、そうしたシーンは、独特のものになると思われたのでしょう。」
だれかがカメラマンに言われてやり出したらみんなが義務のようにやりだした。いまどきのスポーツマンは世界的に主体性がなくてつまらない。かじって金鍍金がはげたとなれば、これは事件になるが。
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2015-16フィンランド気を食べる

2016年8月17日 8:10



趣味の悪いと思うかも知れません


気を食べる
 あなたは死体を食べたことがありますか。なんていうと、なんと趣味の悪いと思うかも知れません。有名な佐川くんはパリで恋人をばらばらにして食べてしまいました。セックスは食べるのに似た一面があって、食べてしまいたいほどかわいいというのは、相手ともっとカゲキに一体になりたいという望みの表現なのです。
 でもここでは別の話です。
 あなたは死体以外のものを食べたことがあるでしょうか。

 今日のサラダはレタスやチコリやラディッシュの死体ではありませんでしたか。朝のハムエッグは生まれずに水子になってしまった卵たちと、どこかで最期の声をあげて屠殺されて、切り身となっていぶされた豚の死体と、ちょっとしたトマトとペッパーの死体ではありませんでしたか。
 毎日の食卓は、たくさんの死体たちにあふれています。どうして彼らのために祈らないで食べることができるでしょうか。たくさんのいのちが私を生かしているのです。誰もこのことからのがれることはできません。
 これに気がつくと、食べることは忌まわしいことだと拒食症のようになってしまう場合もあります。せめて動物のいのちを奪うことを少なくしたいと、ベジタリアンになろうとする人もいます。野菜中心の食事には健康の面でも資源の面でも、いろいろといいことがあります。しかし人間に近い姿の死体は食べたくないけれど、そうでないいのちの死体は食べてもいいというのもおかしなところがありそうです。どこで線を引くかはそれぞれの良心に照らしてすべきで、主義主張のことではありません。
 大切なのは、私のいのちがたくさんの死によって支えられていて、そのようにして生命の無限の連鎖があるのだということを日々自覚することではないでしょうか。
 うんこの話を、少ししてもいいですか。私たちのうんこは、全部食べかすではありません。大雑把に三分の一が他のいのちの死体の残骸としますと、もう三分の一は体内で生活して働いている微生物の死体です。残りは古くなった細胞ですから、これは私自身の死体です。私とはだれでしょうか。三種類の死体でできている生き物のことです。どうして日々のうんこに祈りを捧げないでいられるでしょうか。
 私の細胞は150日くらいのうちに(脳細胞と女性の生殖細胞を除いて)すべて入れ替わってしまいます。たえず死に続けることで私は生きています。うんこやアカは私の日々の死体です。私は存在しているのではなく、たえず流れているのです.「逝くものはかくのごとしか」と孔子が渭水のほとりでしみじみと言ったのはこのことです。
 私の一日一日は進化しつつある宇宙の最新の波動です。私に食べられる食べ物たちもまた宇宙史がいまここに生み出したものです。私の今からする食事とは「宇宙が宇宙を食べて発展する」儀式にほかなりません。食事の前に手を合わせて、ほんの数秒それを思い出してみると、味わいが少し違うかもしれません。
 中国医学では、食べ物の成分をあまり問題にしません。それがどんな性質の気をもっているかを問題にするのです。
 それを食べるとからだが温まるのか冷えるのか、気が上がるのか下がるのか、気が補われるのか捨てられるのかといったことを見ます。そしてどの内臓に特に刺激がいくかを見ます。2000年くらい前の医学の本でキャベツを調べてみると、「胃経に帰す」(胃の気の流れを刺激する)と書いてあります。キャベジンができる2000年前から、キャベツは胃の薬だったのです。ただし、胃を元気にする成分があると考えるのではなく、そういう波動があると考えたのです。波動は素粒子か、ひょっとしたらもっと深いレベルの、つまりは「気」のことです。
 日常の食べものをすべてそういう観点から調べて、気の性質を明らかにし、その人の弱点を補いバランスをよくするような食事を日々食べて行くというのが中国の食養生の基本です。それがまた医学の基本でもありました。そうした自分にあった食事をしていれば病気にならないはずなのです。しかしなかなか自分の必要な物がわからなかったり、つきあいで食べたり、食べ過ぎが続いて病気になった時に、ふだん食べるとからだに毒なほど気の強い食べものである漢方薬が登場するのです。自分の気を破壊するような食事ばかりしていて、病気になったらお医者さんに「さあ、治せ」というのはちょっと困った態度ですね。

 しあわせに生きて食べものになった死体は、なおいきいきとした気を出しています。 そうでなければ、見かけはおいしそうでも、死そのものにすぎません。
 食べ、排泄することを通じて私は世界全体と具体的につながっているので、土や水や森を大切にすることは自分のいのちを大切にすることそのものに他ならないのです。
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2015-16フィンランドイルカ・海の気功師たち

2016年8月17日 13:51



イルカの姿を見たことがありますか


イルカ・海の気功師たち

 イルカの姿を見たことがありますか。水族館で芸をさせられている姿は少し悲しすぎるので、あまり見たくはありません。海で自由にしているイルカのことです。イルカに会う旅というのもあって、憧れてしまいますが、誰もが行けるものでもないし、あんまり会いに行っても先方も迷惑かも知れませんから、せめてタルボットのイルカの映像でも見てみましょうか。その優美な姿と動きは、見ているだけで瞑想になってしまいそうです。やさしく、なめらかな動きが海とほんとうに一体になっているので、人間の泳ぎに比べてすごく自由に思え、あんなふうに動けたらどんなに気持ちいいだろうと思ってしまいます。
 ご存知と思いますが、イルカのあのヒレには五本指が入っています。イルカはもと陸上動物で、イヌの祖先と同じように陸上をかけていたのです。そしてイヌよりもだいぶ大きい、人間より二回りほど大きい脳を持っていました。ところが彼らはどの時点でか「やーめた」とまた海に帰ってしまったのです。なぜでしょうか。イルカと話す努力をしている人たちがまだはっきりと説明を受けるのに成功していないので、推測するしかありませんが、おそらくこのまま自分たちが手を使って道具を作り文明を発達させると、やがては地球を何度でも壊してしまうような道具を作る羽目になるかも知れないとある時悟って、別な道を歩むことにし、海に帰って手を発達させないようにしたのではないでしょうか。そうとすれば、結局手を発達させてもう限界まで地球を壊してきてしまった人間が、もう一度なんとかやり直す道があるのだろうかというこの曲がり角に立って、こんなにもイルカに引かれてしまう理由がわかるではありませんか。
 彼らはぼくら自身のもう一つの生き方、もうひとつの進化の道を見せてくれているのです。

 海に帰ったイルカはその人間より大きな発達した脳を何に使ってきたのでしょうか。彼らはずっと気功をしていました。いや、本当の話です。
 イルカたちは家族を愛し、もの静かに助け合い、決して争わず、海の中で歌い、踊り続け、また瞑想し続けて、地球の声を聴き、地球と一体になることにすべての時間を使ってきました。それは悟りの道ではないでしょうか。イルカは誰でも超音波を発信して、ほかのイルカや魚や人間の体の中まで一瞬に見通して、相手がからだや心の病をもっているかどうか、すぐに見分けてしまうといわれます。高度に訓練した気功師がまれに見せる透視力と同じものをどのイルカも身につけているのです。
 中国で一番古い気功は亀を真似た気功です。亀の中には一呼吸60分というのもいて、あんなに長い呼吸ができると長生きするに違いないと思われたのです。イルカだって肺呼吸ですが、一呼吸で20分も潜ります。それも時には海中で激しい運動をしながらです。イルカが身近にいたら、イルカの気功もきっとできたことでしょう。アボリジニがイルカとのドリーミングが大好きであるように。
 そんなに肺が大きくないのに、なぜ人間の10倍も潜れるのでしょうか。肺活量のせいでないとしたら、何が違うのでしょうか。脳の酸素の消耗率が違うのです。心の状態に寄って、脳の酸素の消耗率は大きく変わります。それによって、必要な酸素の量も当然変わります。
 ダイビングの好きな人によく聞くのですが、60分潜れるはずのボンベの酸素が海中でパニックを起こすと、すごくたくさん使ってしまい、20分しか持たないというようなこともおこります。平常心がおかされると、いっぱい酸素を使ってしまうのです。
 イルカごっこをしましょう、というと畳の上でくねくねするのかと思う人がいますが、実はそのまま息を止めてもらうだけのことです。まず30秒止めてみます。次に、もう一度息を止めているあいだ、嵐が来て船がしずみそうだとか、不安なこと、こわいことをいろいろ話します。そうすると、同じ30秒かと思うほど苦しいのです。次にもう一度、イルカと一緒にのびのびと泳いだり、気持ちよく太陽の光の中で遊んでいる情景を思い浮かべると、30秒を45秒にしても誰も気がつきません。これはどういうことかというと
 イルカはゼッタイ楽しいことしか考えない、
だから酸素の消耗量が少なく、ずっと潜っていられるのだということなのです。実は気功でも、その人がどれくらい「気功状態の脳」になっているかを客観的に確かめたい場合、脳の酸素の消耗率が眠るよりどれくらい下がっているかをみます。この基準で言うと、イルカは誰でも気功師なのです。
 このまま地球の温暖化が進んで行って陸地が大幅になくなり、もう一度人間は海に帰らなければならないかも知れません。もし海面が石油や放射性物質で覆われ切っていなければ、半ば海中で暮らすかもしれません。その時ぼくらはイルカに何を習えるのでしょうか
 ジャック・マイヨールは素潜りで100メートル以上も潜ってみせ、こんな風にやれるんだよと示した上で『イルカと海に還る日』なんて、びっくりするような本を出しました。それは、人類の絶望というべきでしょうか、希望というべきでしょうか。
 フランスやオーストラリアでは、海中出産をする人が少しずつでてきています。
 とにかく、海の字の中には母がいるのです。

イルカには生まれたばかりの海面に連れて行って、おぎゃあとは言わないかも知れませんが息を吸わせる係の産婆さんがいて、そういうイルカに近くにいてもらって海中出産をすると、人間の子供もちゃんと扱ってくれるのです。ところがそういう子供は最初に会うのが人間でなくイルカというわけですね。不思議なことにそういう子供は五分六分と潜って遊んでいられます。ジャックのような訓練をしなくても、産まれるときに空気中の子供が無意識のうちにするだろうある種の断念を持たなければ、イルカ人になれるかもしれないのです。そんなびっくりするような映像を見せてもらったことがあります。
 きみらの経験からしても人間にはどんな未来があるんだろうと、イルカにもう一度相談してみたいと、改めて思います。
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2015-16フィンランド1993年の古証文の評判がいい

2016年8月17日 22:36



最近のものより昔の文章の方が評判がいいのかな


おかげさまで1993年の古証文の評判がいいようです。最近のものより昔の文章の方が評判がいいのかな。もういくつか載せます。全部が入ったパンフレット『気功的生活のすすめ』は1500円です。


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ヨロイを脱ぐ

 誰でもヨロイを着て暮らしていると言われると、自分のこととして、どんな風に思いますか。あなたはどんなヨロイを着ているのですか。
 きげんが悪そうで、あるいはお高くとまっていて、近寄りがたい雰囲気を身にまとっているといったふうなものだけが、ここでいうヨロイではありません。スチュワーデスさんが、特に笑いたいような状況でない時にも、実ににこやかに美しくしていられるのは、ひとつのヨロイです。若い女性が厚化粧して服装もびしっと決めて高い靴をはいてコツコツと歩いているのを見ると、「お、武装しているね」と言いたいときもあります。これもまさにヨロイです。お父さんにはお父さんのヨロイがあり、小さな子供にもそれなりのヨロイがあります。生物としてとっていたい身振りとは別に、社会に適応するためにとっているいわば「演技」の体系を、ここではヨロイと呼んでみたいのです。
 赤ちゃんがお母さんに「いいお顔してごらん」と言われて顔をくしゃっとさせると笑ってもらえることを知ったときから人生の演技は始まります。だんだんに「女の子は女の子らしく」とかいわれるようになります。小さいときは性別はあっても男的なものも女的なものも誰でも持っているのですが、その時代が女らしいと考える指標したがって、男的な要素を抑圧させられて行きます。学校に入ると生徒らしくとか言われます。制服だけでなく、身振り管理は教育の主要な内容でもあります。
 会社に入ればその会社の人間らしくとか、課長さんになれば課長らしくとか、主婦になればなったでまた主婦らしくとか、社会はそれぞれに応じてのヨロイを求めてきます。それを身にまとえば普通に扱ってくれるが、それからはみ出すと「普通でない」「変なやつ」「不適応」ということになってしまいます。
 でも、本当は不適応のほうがまだ健康なのです。
出世はできないかも知れませんが、自分を守ることはできます。むしろ現代人の問題は過剰適応です。期待された役割を演じすぎてしまって、まわりからできたヤツと思われ、何も問題のない出世街道を歩いているはずが突然死したりしてしまうのは、この過剰適応のせいです。「やりすぎ」なのです。やりすぎ、演じ過ぎはモーレツサラリーマンに限りません。誰でも、少しずつは演じすぎています。そして身につけた仮面がとれなくなる悪夢のように、見えないヨロイを脱げなくなっているのです。
 ヨロイが重くからだを縛ってしまうと、それはからだのアンバランスを作り出しもします。いつもいばっている人は腰痛になりやすく、腎臓や肝臓をやられやすかったりします。いつもすみませんという感じで鎖骨の周囲を緊張させている人は胃を弱くしたり呼吸が浅くなったりゼンソク気味になったりしやすいのです。心のこだわり、人間関係のこわばりは必ず肉体の緊張に影響を及ぼします。こうした社会的に押し付けられてきた演技体系だけでなく、繰り返される労働もまたからだのクセになって、その人のヨロイになります。ショックを受けたこと、叱られたこと、傷ついた体験、肉体的な無理やけが、そういうこともすべてその人「らしさ」を作るもとになります。私らしさとはこんなものだと、自分で作ってきた身振りの枠に満足してしまえば、それは牢獄になってしまいます。私にはたくさんのまだできることがあるのに、無限の人生がひろがっているのに、私は自分の収容所を大事にしているのです。

 私らしさとは何なのでしょうか。
それは冷静に見ればさまざまな緊張体系の集積であって、リラックスしたら春の雪のように融けてしまうものではないのでしょうか。
 そんなことはありません。そうした自分のからだと心のクセを知って、それを包み込んで生きて行くあなたの、たえず緊張をほぐしてその奥からいのちの泉をあふれさせて行く日々の努力こそが、本当のあなたの個性なのです。私たちはたくさんのヨロイを着込まないと生きてこれなかったし、自分で見たくもないたくさんの自分をしっているけれども、それでも仮面の奥のいのちの湧き出る泉を知っているし、ヨロイを越える会いの力を知っています。私は自分を収容所に入れておくのは許せないと思える勇気は、そこから出てくるのです。
 気功的生活とは、自分のこわばりこだわりに自覚的になって、その牢獄の外に出て行くためのレッスンを続けていくことを指します。
 気功というのは実に多様な「身振りのカタログ」なので、私らしくない身振りをしてみたければ、どこからでも選ぶことができます。
動物のまねでもよし、武術のまねもあり、赤ちゃんのまねもあり、なんでもなのです。別に気功をしなくても、私らしくない身振りをとれば、その分だけ私のヨロイはやわらかいものになります。
 あしたも元気に会社に行けることが健康だとしたら、それはヨロイの中の健康です。健康のためには会社を辞めるというのは、もう少し深い意味の、ヨロイを脱いでしまうという健康です。ヨロイを着てもこわばらず、ヨロイを脱いでも侵されないというのであれば、それは更にもう少し全体的な健康といえそうです。
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2015-16フィンランド胡耀貞の文献、関連文献がおびただしく在る

2016年8月18日 3:00



中国語で64ページのパンフレットを作った。

 ネット上には胡耀貞の文献、関連文献がおびただしく在る。半日探索をしてみて、とりあえず中国語で64ページのパンフレットを作った。このパンフは打ち出すことはない。翻訳したものから色々な形で紹介して行く。『気功文化』にはここから短いもの二三をとりあえず掲載する。下のものはその64ページの目次である。胡耀貞と胡麗娟のもの以外には妹さんの胡月仙の手紙が一つ、北戴河の今は引退している張天戈の文章、それから関永年の文章と馮志強の文章がそれぞれ一つずつである。最期は人民日報の記者の書いた文章。これらも皆面白いが、やはり本人原稿から訳したい。一番上の「胡耀貞自序原稿」はすでに日本語訳してある『胡耀貞静動気功』の序文と流れは同じなのだが,数年以前の『気功療法』の序文である。17人いると広言している彼の先生のうち10人の素性を紹介しているのが拳法史に興味のある人には特に面白いだろう。もうひとつ何を訳すかは空きスペースとの相談である。

タイトル
P
著者
胡耀貞自序原稿 01 本人原稿
胡耀贞経歴 04  
胡耀贞自然拳 07 胡麗娟
探索無極内丹養生 08 胡麗娟
道家八段锦 最新课程时间安排 10 胡麗娟
簡易動功 12 胡麗娟
胡月仙教授来函 14  
胡耀贞的子路太极拳 18 本人原稿
五禽術 23 本人原稿
舞剑站桩 25 胡麗娟
胡耀贞口述太极基功的练法 26 本人原稿
春夏练习内丹功的意义 29 本人原稿
春夏養陽、秋冬養陰 30 本人原稿
胡丽娟 静动自然养生功法摄影及授课 32 胡麗娟
胡耀贞的心意内功 35 本人原稿を含む
胡耀贞自然拳胡丽娟 37 胡麗娟
胡耀贞自然拳胡丽娟 38 胡麗娟
胡耀贞被“将军”,说出内功秘密(张天戈) 39  
胡耀贞先生的内功与拳术、针灸术 42 本人原稿を含む
胡耀贞无极静动养生 50 本人原稿を含む
胡耀贞谈练真功夫的经验 55 本人原稿を含む
胡耀贞老师领我入武道 关永年 55  
冯志强大师的师傅——胡耀贞 58  
胡耀贞自然拳 胡丽娟 58 本人原稿を含む
庄子吐纳法 60 本人原稿を含む
内功密诀 胡丽娟 61 本人原稿を含む
一次探索无极养生文化的交流演示会-人民日报社特约记者葛娴 61  

上記パンフレットご希望の方


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2015-16フィンランド樹林気功のすすめ

2016年8月18日 14:36



覚えるのに時間がかかる

樹林気功のすすめ

 気功はとてもたくさんの種類があって、覚えるのに時間がかかる複雑なものもいろいろあるので、入門するのは大変なのかな、と思ってしまいます。中には、いい先生がいないと副作用があるようだよ、とおどかしたりする人がいて、ますますびびってしまいます。それに街にはとてもたくさんお金を取って気功を教えますとか気功で治しますという看板がでているので、信用していいのかな、と思ってしまいます。
 気功は本当はとても簡単で、だれでも始めようと思った日から始められます。習わなくても、とにかくスタートすることはできます。
 みんなで気功をして、よい気の場を共有するために必要なお金を出し合うというのはいいですが、気功を教えてあんまり高いお金をとるのはおかしいのです。

 始めてみますか。たとえば、首を前にたらしてゆったりと右にまわしていく。適当に20回、30回としてみてから、反対回しもします。やっているうちに、今まで味わったことのない静寂やくつろぎを感じましたか。それでもう気功なのです。ある高名な先生は「これだけでいい。気持ちよかったら百回ずつやれ」といいます。ひとつ覚えましたね。脳がいつもと違う安静な感じがあれば、もう初歩的な気功態です。気功態そのものが深まって行くので、心配するよりもまずやってみることです。首を力を抜いてまわしてみることは、赤ちゃんのように「首のすわらない」状態から、いつも緊張して「世間に顔向け」している自分の姿を見直してみることでもあります。これだけだって、毎日して行けば人生が変わってしまいます。

 人を先生にするより、樹木を先生にしてください、といつも勧めているのは、気功指導者への営業妨害になってしまうでしょうか。気功は自分が自分だけで存在しているのではなく、たくさんのいのちに支えられて生きていることを実感するレッスンでもあるので、人間以外の生き物と一緒にやるのはとてもやりやすいのです。猫といるだけでも、人間社会と違う自由な気分になれるでしょう。動物はなかなか言うことを聞きませんが、木なら多少迷惑でもじっとそこにいてくれます。

 森が近くにあるならそこに行ってみます。公園でもかまいません。気の合いそうな木のそばに行って、じっと立ってみます。最初に「こんにちは。一緒にしてね」と声に出して挨拶するのもいいやりかたです。先にしばらく木肌にふれてみてもいいです。

 立ち方はあまり気にしなくても、自然にわかってきます。両手は脇にたらしてもいいし、へその上に重ねてもいいし、胸の前に木を抱くようにしてもいいです。木に寄りかかったり、手でさわったりして立つ方法もあります。いずれにしても肩肘張るのをやめて、リラックスして、だんだん重心が地面より下にあるように感じてみます。人にどう見られるか、ということも、終わったらあれもこれもかたづけなくちゃ、というようなことも全部できるだけ忘れて、何十年もここに立って、その木の生長をずっと見てきたようにイメージしてみます。

 だんだんに自分の根が地中に張って行くように感ずると、いつしか木と話ができそうな気がしてみます。実際に声が聞こえるという人もいます。ただの幻覚かも知れませんし、違う波長で発信しているのを受信できるのかも知れません.どちらでもいいのです。  木はお互いにたくさんのことを話し合っているということが、最近だんだんわかってきたのです。たとえば一本の木に害虫がついて、それを防ぐ物
質を分泌したとすると、同じ木の遠く離れた同種の木も同じ物質を出して虫を防ぎます。どうやって遠くに連絡するのかわからなかったのですが、木は自分の出す化学物質の一種のガスの濃度で複雑な信号を互いに伝え合っていることがわかってきました。
 『日本書紀』とか見ますと「昔は木や石がうるさく物を言った」という意味の記述があります。人間が自分たちの作った文化的記号の中に立てこもってしまう以前は、木々が出している言葉を感じられたのかも知れません。樹林気功は「古代してみる」経験でもあるのです。
 私もずっと昔、何億年か前にはカエデだったかもしれないし、カシだったかも知れません。それを覚えているか、からだに聞いてやります。そうやってただ立っていると、木々たちからたくさんのことを学べます。

 私が一人生きて行くには16本の木々が出す酸素が必要なんだ、と教えてくれた人がいました。すると私は少なくても16人の兄弟を持っているわけです。私の家には木が生えていませんが、私の酸素はどこからきているのでしょうか。

 木はガラスのコップいっぱいに水を入れたようにして水の立ちあがった姿なのだという人がいました。その水はいつか私の細胞の内部の水になるでしょうか。こうして立っていても、水の水分は皮膚から私の中に入ってくることでしょう。
 木が私と別の存在でないことに気づく時間を持ったあとで、私の紙の使い方は変わるでしょうか。一枚の紙に向かう時、椅子の木の手触りを感ずる時、それにがどこにどんなふうに立っていた木だったかと考えてみるでしょうか。私が使った酸素や水や紙や椅子の分だけ、この地上に木を植えたいと願うでしょうか。
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2015-16フィンランド風邪と仲良くする

2016年8月18日 14:38



奥吉野の天河神社では「鬼は内」

風邪と仲良くする

 節分ではふつう「鬼は外」と言って鬼を差別排撃しますが、奥吉野の天河神社では「鬼は内」と言って鬼を迎える豆をまきます。自分のこわいものを追い払わずに呼び寄せて和解してしまうというのは、心理療法としてもなかなか質の高いものです。[天河社は役行者が連れていた前鬼、後鬼というふたりの鬼が開いた場所だから当然なのだが]

 カゼ、やーね、とCMでもいいますし、一刻も早く治したいのもよくわかるのですが、それは「鬼は外」の発想で、むしろ風邪といかに仲良くするかを考えてみたいのです。

 このことを論じた野口晴哉さんの『風邪の効用』は現代健康学の古典といっていいものです。病気は元気の現れ、というのがその基本的な考えです。調子が悪い、という相談を受けるとよくする話なのですが、たとえばからだに良くない腐ったものとか食べたとして、敏感な人ならばすぐに吐くことができます。吐いた胃は病気でしょうか、元気でしょうか。胃で出せなかった人は腸に毒が入ります。腸は高度の考える能力を持っていて、吸収してはまずいものが入ってくればすぐに下痢をして排除しようとします。下痢をした腸は病気でしょうか。下痢止めを飲んだりしたら腸は判断停止して血管に毒を入れてしまいます。これが排泄されるチャンスがもう一度あります。皮膚病としてです。毒を外に出そうとしている皮膚は病気でしょうか.ここで出せなかった毒は細胞に蓄積されて老化を促進する以外にないのです。  風邪というのも、ウィルスが原因だとしてもそれはいつも空気中にたくさん漂っているので、ウィルスがあるから風邪があるのではありません。内部の原因があつて外部の原因が作用するので、からだは必要なときに菌を呼び込んで風邪を引き起こすのです。どういう時が必要な時かというと、疲労がたまってからだの偏りが著しくなり、そのままで行くと内臓のアンバランスを起こして重大な病気のもとになりかねない、という時に風邪の菌の作用を借りてバランスを取り直すのです。
 例えばストレスからの食べ過ぎが続くとからだが歪んできて、全身のパランスがこわれ、活力はあるのに不調感が続くようになります。ほうっておくと胃や腸の深刻な病気になりかねないのですが、自分でなかなかコントロールできない、という時に、からだは勝手に消化器にかかわるウィルスを呼び込んで、下痢から始まる風邪をひきます。そのまま頭に来たり鼻に来たり、のどに来たり、一巡することもあります。一見すると「病気が襲ってきた」ようですが、実はからだが自分で判断しての自己調節作用なのです。

 なんでもそうですが、自分に取って思い通りにならない時が大切です。だってそれは「思い」が現実とうまく対応していないという知らせなのですから。

 ずっと思い通りにいっていると思い込んでいて、あとでそうでなかったと知るよりは、いつもこまごまと思い通りでない体験をした方が安全です。思い通りにいかないというのは、自分自身や社会や自然との対話の形なのです。風邪もひけないからだはガンになりやすい、などと言われるのはその意味です。ガンに限らず、風邪は万病の元どころか万病の予防のもとなのです。
 では風邪をひいたらどうしたらいいかというと、まず薬を飲むのは最悪です。病気によっては薬がやむを得ない場合も多いので、薬一般を排除するわけではありません。しかし風邪薬がないということはどのお医者も認めていて「発明したらノーベル賞もの」なんていいますが、むろん発明されるわけがありません。風邪はからだの必要で引いているからです。咳とか熱とか鼻水とかの症状を泊める薬はできていて、それが風邪薬といわれています。しかし下痢を無理に止めたら毒が体内に入るのと同様、体内の必要な反応の結果としての症状を無理に泊めると風邪の目的を達成できなくなり、風邪は長引きます。

 そこで大事なのは、からだが何を目的に風邪を引いたかを読み取ることです。言い換えれば、私の生活のどこを変えろと言っているのかなと反省することです。

 ストレスが過剰なら自分の気持ちの持ち方を変えるか、その原因を除去するかします。働き過ぎなら少し休みます。食べ過ぎなら軽い断食をしてみます。一般に減食をするとからだの自己治癒力は高まります。
 すぐには分からないかも知れません。必要なのは病気と戦うのでなく、「病気にどうすれば協力できるか」という姿勢です。
 協力の仕方はいろいろあります。生姜湯や梅生姜番茶などを飲んで汗をうまく出す(汗を出すと毒を出し筋肉をゆるめ体温調節をする効果があります)とか、足だけお湯で温めてやる足湯だとか、穏やかなグルーミング気功(自己マッサージ)をするとかがそれです。鼻を通すのに鼻の脇の迎香のツボをこするといった対症療法は実にいろいろありますが、それよりも深い内部の原因を解決することが大切です。
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2015-16フィンランド聖空間

2016年8月18日 22:43

写真


あなたにとって特別の場所があります

聖空間

 そこに行くと心が休まり、深い癒しを得られ、自然から、宇宙から、いのちの力をもらってこれるという、あなたにとって特別の場所がありますか。

 日常のあくせくに疲れ、もっと根源的なものの力をもらいたいという時に、思わず足を向けてしまうような場所を持っていますか。
 それは町の中の好きな散歩道であったり、裏山のあまり人の来ない林であったりするかも知れません。旅行で行ったアリゾナの砂漠や沖縄の海かもしれません。お遍路のまねごとをした時の山中の寺かも知れません。どんな美しい場所に行っても、ただその場所を消費し、ビデオで見た通りの景色を確認してお金だけ落として帰ってくるという観光パックのような関わり方もあれば、その場所の「気」に出会い、私の存在とその場所との特別の関わりに気づく旅のしかたもあります。旅だけでなく、毎日通る道にあなたが真剣に挨拶できる一本の木があれば、そこはもう聖空間と言えるかも知れません。
 古代の日本人は、場所の持つ力ということにとても敏感でした。そこにいるだけでますます気が盛んになって元気になるような場所をイヤシロチ(弥盛地)と呼び、そこにいるだけで気が枯れてしまうような場所をケガレチ(気枯れ地)と呼んで、どうせ短い人生であれば、できるだけ気のいい場所で生き、死んでいきたいと願いました。ケガレはのちに汚れ、穢れになりましたが、もとは気の枯れた状態を指したことばです。
 イヤシロチの中にはイヤシ(癒し)という言葉とヤシロ(社)という言葉が入っています。古い時代の神社はそうした「気の癒し」の場所でした。

 中国ではそれを風水とよびました。風は天の気のことで、水は地の気のこと、天地のエネルギーが集まってしかも停滞しないような地形のさまざまなパターンを、人体で言えばツボのような場所が大地にもあると考えました。そこに家を建てれば家が栄えるし、墓を作れば子孫が栄えると考えたのです。とくに山脈に沿って流れる強い気の流れを龍脈と呼んで尊重してきました。万里の長城はこの龍脈をつないで建てられましたし、古代中国の都市計画はこの風水の観点から組み立てられました。京都は古代中国の風水思想そのままに選択され設計された都市です。他の都と違って1200年も続いて今も力を保っているのは、自然の気、場所の気とうまく調和した証拠にほかなりません。とすれば、現代の京都の町作りがこれ以上京都の本来の場所の力を損なわないように、風水とイヤシロチの理論と応用の研究をすることこそが、1200年記念行事に最も必要なことかも知れません。

 奈良の天河神社はそうした場所の気の力を純粋に感じさせてくれる典型的なスポットのひとつです。
 天武天皇の時代にまでさかのぼる歴史を持っていて、南北朝の時代に南朝の仮の御所ができたのもこの場所です。大峰山系のダイナミックな龍脈の力を基礎にし、坪の内(壷の内)と呼ばれる囲い込まれた地形と弥山から流れる川とが絵に描いたような理想的風水を作っていて、水の神である弁天が祀られるのにふさわしい場所です。数年前に美しい白木でできた壮麗な社殿ができ、その場所の自然の力と、歴史上そこに注がれてきた無数の人々の気の力を容易に感じ取れることのできる聖空間が出現しました。ここの拝殿と能舞台をつなぐ線上で瞑想すれば、何も知らなくても深い気功的境地になれる人が多いのは、建築に媒介されてそうした気が人体に伝わりやすくなっているからです。
 天河弁財天社は長い間、霊能者の間で日本の代表的な霊的スポットとして大事にされてきました。その後芸能の神である弁天が、若い人気の高いタレントたちに再発見されたこともあって、次第に風俗化し、「精神世界の六本木」と言われるまでになり、超越体験をしたいとか、UFOを見たいという人が押し掛けました。「天河伝説殺人事件」といった小説や映画の舞台にまでされてしまいました。しかし本当に天河を愛する人たちの間で、天武天皇がかつて言った「千年後の平和のために」この場のエネルギーとネットワークを生かして行こうと言う動きが、いま改めて静かに始まってきています。聖地もまた消費されてぼろぼろになることがあります。聖地も癒さなければならないのです。神々を癒したいと思える時に、神々もまたわれわれを援助してくれるのかもしれません。

 中国最大の聖なる山である泰山に行ったときに、ゴミが山になっているのを見て、つい皆であつめてしまいました。山が泣いているのが聞こえたような気がしたのです。

 40袋のゴミを積み上げてその周りで気功をしました。「中国には天と一体になるという思想が何千年もの間うけつがれてきたが、ゴミと一体になって聖地を浄化するというのは、これが最初かもしれない」と中国の老師がいいました。
 私を癒してくれる場所を探して遍歴をするのも人生の一こまです。でも、私が癒せる場所を見つけた時に、聖空間は私の中にあることがわかります。家の中でもひとつの特別の場所を選んで、心が乱れた時にそこに坐って丁寧に三回呼吸をしてみるだけで、そこに聖空間が現れるでしょう。
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2015-16フィンランド会社の中でできること

2016年8月18日 22:47



職場を気功的にしたいのですが

会社の中でできること

 「気功的生活というなら、まず職場を気功的にしたいのですが」と会社で働いている人からよく相談を受けます。自分の部屋での暮らしぶりを自分流に仕立てるのは難しいことではありませんが、会社では何か新しいことを始めたいと思っても簡単ではないかもしれませんね。
 自分のワープロとの関係をよくする、というようなことは一人の工夫でもあれこれできそうです。手首が疲れないアームレストとか、眼の疲労を防ぐ画面のフィルターなどは市販もされています。私の家のワープロの下には木炭を詰めたドラムがおいてあって、これはある発明家の試用品なので市販はされていませんが、電磁波の乱れを防いで疲労を軽くするものだといわれていて、実際にいいようです。
 大きな備長炭をモニターの前にころがしておいたり、籠に入れてインテリアのようにしている人もいます。

 私の知り合いの間ですワープロやコピーをぐるりと麻ひもで卷くと著しく被害が減少するといわれていて、やっている人が少なからずいます。
 これもまだ市販されていませんが、銅を細い細い繊維にして、布や紙のようにした製品があって、これでエプロンかショールのようにからだを覆っておくと電磁波の被害を受けにくいので、本当に元気になります。そのうちコンピュータやワープロの前で着る服というものが売り出されるかも知れません。
 現代のオフィスは危険がいっぱいです。電磁波の害を防いだり、いい水を準備したり、からだほぐしの場を持ったりして、できるだけいいオフィス環境を意識的に作って行くことが必要です。
 中国の工場に視察に行ったある日本の学者が、もっと掃除をしてはどうか、掃除を徹底してするようになると自分の工場が周囲にどんなゴミを出しているかも気にするようになり、自分が売るものが地球に取ってゴミ以上の意味があるかどうかも客観的に見られるようになると提案したそうです。職場の環境を整えることは仕事全体の意味をとらえ直すのに役立ちます。
 掃除も大切な気功的行動です。でもせっかく人が集まっているのですから、人間関係を変えていくことが一番大切なことかも知れません.いくら快適な環境を作ってもこわばった人間関係があり、堅苦しい上下関係があっては、すぐに肩も凝るし腰もこわばります。
 会議を「気功的」にやって見る、これは会社の人間関係や仕事の質を変えて行くひとつのきっかけになるかも知れません。仕事上の会議を、ただ経済効果に結びつく結論を出すためのものと捉えると、それはただの経済行為であり、しかたなしにするものであり、目標だけが大切だということになります。ウォーキング・メディテーションについて書いたように、歩くことをどこかにたどり着くためのこととしてとらえると、一歩一歩のプロセスはどうでもいいものになってしまいます。それを逆転して、歩くプロセスを瞑想と考えてみようとしたように、会議のプロセスこそ大切だと考えてみるのです。

 そこで皆がどれだけ快適に、リラックスし、本音を言い合ってコミュニケーションを深め、より深い友だちになれるかのワークショップが会議であると考えてみます。

 そうすると、それで皆のいつもと違う智慧が働いていい結論が出れば結構なことだし、出なくても会議をしただけで意義があったということになります。
 まず会議の前に首をほぐしてみる習慣をつけることを提案します。みんなで首をまわしたり、脳を洗う呼吸をしたり、肩肘をまわしたりしてみます。なれないと職場でそんなことをするのは変かも知れませんが、すぐになれます。首がほぐれていると攻撃性が減って調和的に討論ができるようになることが分かれば、皆喜んで参加するようになります。
 会議の途中で疲れがたまってくるといらだったり話が停滞してきます。そういう時に気功ブレークを作って、ちょっとからだを動かしてみたり、呼吸に合わせてみたりするのも効果的です。つまり、ただ知的に情報をやり取りする場のつもりでいても、からだ丸ごと参加しているわけですから、からだの緊張や停滞が実際には考えに大きな影響を与えているのです。会議テーブルの真ん中にローソクを一本建てるだけで雰囲気はがらりとかわってしまいます。ローソクの作り出すファジーな影は「理性のゆらぎ」を自覚させてくれるので、話し方も少し変わってきます。
 議題に直接関係のない近況報告(ある意味での自己紹介)の時間を持ってみるのも大切です。目標に向けた「顔」でなく、多面的な関心を持って生きている丸ごとの一人一人と向き合うと、また別のもっと豊かな発想が湧いてくるはずです。ワークショップで行ったら「いまの心境を一筆書きにして見せ合うとか「気のボールを投げ合う」とか童謡を歌ってみる」とかいろいろありますが、そういうことを会社の会議でやれるチャンスはそんなにないかも知れません。
 トーキングスティックやトーキングストーンは使えるかもしれませんね。気の枝にちょっとした飾りをつけたものとか、なめらかな片手にもってずしりと重い程度の石を用意して、それを持った人が話すというように回して行くのです。何も頭で用意せずに、その枝か石がまわってきて手に取ってから頭を空っぽにして話すようにします。
 じぶんではなく、そのスティックが話すような気がしてきます。

 緊張した自我が言おうとしていたことと違うことがでてきるのです。聞くほうも、自分が何を発言しようなどと考えるのをやめて、全身全霊で相手の言葉に耳を傾けるのです。これだけで、お互いの関係の深さはずいぶん違ってきます
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2015-16フィンランド胡耀貞は

2016年8月18日 23:24



胡耀貞研究の流れが作られつつあります

胡耀貞は現代中国の武術家で、医師で、内丹気功の研究者、普及者でした。北京では今年春、胡耀貞研究会が大々的に発足しました。いまようやく胡耀貞が大きな潮流として認められつつあります。日本でも、それに比べれば細々とですが、胡耀貞研究の流れが作られつつあります。
胡耀貞は六合心意拳を中心に、心意拳、太極拳、八卦拳を集大成した人ですが,青少年時代から「17人に拝師して育ててもらった」といっています。これまでそこにどのような系譜があるのかは分からなかったのですが、このほど初めて『気功文化』に訳出した「胡耀貞の1959年11月の『気功療法』の序文」のなかで、17人のうち10人の師匠について語っています。その部分だけをここに紹介しましょう。
「私の老師は彭庭俊(霍成広老の、また心意拳第六代王福元1848-1913の弟子)で、私に道功と拳法の内功と心意拳を伝授した。私に太極内功全書をくれた。私はまた練功で偏差が出た時に五台山に師を求め、五台山の霊空禅師に拝し、華佗五禽戯を習った。五禽戯の手で移した本ももらった。そのあと山西の崇善寺の立宏和尚と玉龍和尚を師として、彼らは私に仏家の練功方法を伝えた。このほか、私は荘子の「吐納法」を学んだ。楊式太極拳の第三代の張欽霖(楊露禅の子楊健候から密伝を受け、また金門派左向一峰の門徒である)老師は私に楊氏太極拳と道功を伝えた。太極精華の密本も得た。岷国18年に北京で龍門派十代の了空師に拝し、私に一侠という道号をくださった。また私に性命功法の練習方法を伝えた。
 拳法は主要には三つの方面から来る。 1 心意拳  心意拳は達磨に始まる。岳飛がその武功を高度に精錬した。姫隆鳳またの名を姫際可は終南山の山中で岳飛が残した拳譜を研究し、その道理をつかんで練功の中でできるようになった。姫隆鳳は心意拳の第一代の始祖である。私は若い頃心意拳第五代宋世栄の非公開の弟子であり、心意拳の密伝を受けた。人は私を「三省に敵無し」と呼んだ。姫隆鳳心意拳を曹継武に、曹は三代の戴龍邦に伝えた。山西祁県の戴龍邦の子が戴文俊である。私は戴家の戴文俊及びその門徒車子方から六合心意拳を習い、かつ『守洞塵技拳譜』の一書を得た。
2 太極拳 太極拳はもっとも早くには「子路太極」として始まった.子路は孔門の弟子で、名前は仲名山といった。子路が楊清天に伝え、楊清天が高士基に伝え、陸続と伝えられて袁秀臣に伝わった。私の子路太極は袁秀臣に習ったものである。私はまた張慶霖(1888-1967)に拝した。張老師は九歳年長で、師の隣に住んで、太極拳の本当のコツを習った。家が近いので再三訪ねて習った。私と張老師は二十以上の楊家太極拳を研究し、また李雲龍、趙文忠、王延年らとつねに推手をした。
3 八卦拳 私の学んだ八卦拳は心意拳の一部分である。この拳は達磨に始まり、えんえんと相伝されて、これまでに至っている。私は八卦拳を太原の穆修易老師に学んだ。穆老師はまた心意拳の七代の先輩だった。」
 彼はこの経験を医学にも生かし、自発動功による治療に行き着きました。

 この文章だけでなく、『気功文化』のこの号には五禽術、荘子の呼吸法などいくつかのものが訳されていて、特集になっています。気功文化研究所の会員にはお送りしますが、それ以外の方でご希望の方には特価800円で販売しています。六月八月合併号ですので、32ページと厚く、通常は500円ですが特別定価となっています。そのかわり送料180円は当方負担とします。



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2015-16フィンランドちゃんこの本

2016年8月19日 2:16



ちゃんこシリーズはあと三回

ちゃんこの本をそろそろ図書館に返さねばならない。本は明日返す。ちゃんこシリーズはあと三回である。材料だけ三回分メモしてある。ちゃんこというと相撲取りを肥らせるためのものと思い込んでいる人が多いが、実はさにあらず、鳥や豚、時には魚介類に十種類前後の野菜や豆腐、揚げ、こんにゃくなどを入れた理想的な健康食である。太るのはこれでご飯を五杯も六杯も食べるためで、うちのように米類、うどんそば類をほぼ全廃にしてちゃんこだけ食べていると、胃の負担もなく、むしろやせる健康食になる。野菜を種類を多く摂れるのが一番いい所だ。そして四人前の分量で一回作ると最低三日は持つ。そのかんほかのものを作ることもあるが、ちゃんこの残り物で何日か過ごすというのはなかなか合理的だ。本に書いてあるのと何が違っているかというと、砂糖を一切入れない。そして興に乗れば、途中からカレー味にしてみたり、豆板醤を入れたり、牛乳やチーズを入れたりといくらも気分を変えられる。
木曜日私は少し調子が悪かった。たいしたことはない、日常的な好不調の波なのだが、朝から水ばかり飲んでいた。実は昨日胡耀貞にとりつかれて、一時間半しか寝ていない。見舞いというわけでもないが来てくれた人がいて、ちゃんこつくりましょうかと言ってくれたので、大嶽部屋の「大鵬直伝! 究極の鶏ソップ炊き」の材料を伝えて、作ってもらった。ちゃんこの第六弾だ。たまに作ってもらうのはいいものだ。高校野球見ながらみやげにくれた松葉粉末とか飲んで待っていた。これはすごくまずいが、体にいいことは保証付きだ。
究極のというのは見出しに困ってのことだろうが、まあ、ちゃんこの原型に近いものかも知れない。

 鶏腿肉、レバー、玉ひもなど400g
 ごぼう半本、キャベツ半個、玉ねぎ一個、大根1/4本
 にんじん一本、えのき、しいたけは各一袋、油揚げ
 こんにゃく、ニラ、ほうれん草

玉ひもはすぐ近くのスーパーでは売っていない。代わりに砂肝とか手羽先とか買って来た。ほうれん草は小松菜に切り替え。醤油。酒を入れるとぐっと引き立つ。
実はちゃんこは私が名人芸を振るうまでもない、たいていの人が作ってもうまく作れてしまうものなのだ。といってもどうも私よりていねいに作っているようだ。ていねいに鶏だしを取った上にあご出しを一袋いれたら、すごくいい出しになった。出しがどうもと相談があったのでそこだけ口を出したのだ。あごは飛び魚で、長崎福岡などでよく使う。本物の干魚もあるしその粉末もあるが、今日使ったのは100円で六袋の妖しい商品である。それでもうまい。
時折人につくってもらうのはいいものだ。機嫌が直ったというか、また調子がよくなった気がする
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2015-16フィンランド胡耀貞はこんな言葉を残しています

2016年8月19日 23:54



こんな太極拳を舞ってみたいですね。

太極基本功について胡耀貞はこんな言葉を残しています。こんな太極拳を舞ってみたいですね。

道は自然に帰す
無意はまさに静であるが
静は静止して動かないことではない
過ぎたるは及ばない、全身が協調し、バランスの運動である
「道」は運動し発展する自然の法則性である
この法則性は人々の主観が作り出したものではない
そうではなくて客観的な自然の変化である
すべてが客観的な自然の法則性の制約下で自然に運行される
道は自然に帰す
無為にしてなさざるところはない
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2015-16フィンランド百万遍の印刷屋

2016年8月21日 8:21



往復タクシーである。

きのうは三時頃に百万遍の印刷屋に行って「気功文化」を印刷して来た。小原さんがDVDダビングで大変なので、往復タクシーである。六月と八月の合併号ということにした。これで今月末に「新脈脈」の七月号、九月号の二冊をつくればめでたしめでしである。合併号だから胡耀貞の関連の文章をひとまとまり訳して32ページにした。原稿用紙400字で128枚である。York日記も載せた。目次を伝えておくと
《胡耀貞『気功療法』序文/胡耀貞の功法紹介①五禽術/②「胡耀貞静動気功」から鶴と熊③荘子の呼吸法/④心意内功/『太極基本功』について/静功の
功理について
静功について・ヘルシンキ講義/ウォーキングメディテーション York物語 イギリスに住んでいた日本人の癌患者を見送って 潘厚成11月蘇州、胡麗娟来年3月大同募集》 という中身だ。写真をいろいろ入れた。ダライラマとティクナットハンが話している写真もお気に入りだ。
丁合という作業がある。半分に折ってから頁を組み合わせて一冊にする。4時に始めて11時半に完了した。DVDの相棒を借りて来たのでその二巻分を見ながらやった。
本当はもう少し速くやれるはずだったが、九時半頃に右手の人差し指が攣ってそったままになった。たまになるのだが数分で戻っていた。この時は30分以上続いた。しばらくお湯に浸して、すこしずつよくなった。働き過ぎなので中断して、ナスとポテトとプロッこりと玉ねぎのてんぷらを作って、泡盛など薄くして飲んだ。
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2015-16フィンランドトイレの本の10選

2016年8月21日 8:52



順番に書評して行こうと思ったが

トイレの本の10選というのをして、順番に書評して行こうと思ったが、最初に読み直した『巨人出口王仁三郎』で考える所多すぎて、なかなか簡単にいかない。509ページもあるというだけでなく、まさにこの巨人の姿が立体的に浮かび上がってくる。孫の出口京太郎という人もなかなかの書き手である。書評しようと思うとかなりのエネルギーがいる。私にとって明治以降の本当の「巨人」は幸田露伴と王仁三郎だけである。
寝室に三つある本棚のうちの「ベストテン」を挙げて見る。その隣の本棚はアンリ・ルフェーブルで一段、私の著書で一段、父親と猪俣の著作で一段というふうだから、なかなかベストテンは選べない。一般書の本棚から選ぶ。順不同で順位ではない。
01 高取正男『日本的思考の原型』講談社現代新書
02 馬場先研二『異境・日本人チベット・タンカ絵師の世界』日貿出版社
03 丸谷才一『桜もさよならも日本語』新潮社
04 幸田文『季節のかたみ』講談社
05 高大勝『西郷隆盛と東アジアの共生』社会評論社
06 田中克彦『シベリアに独立を!』岩波現代全書
07 島尾敏雄編『ヤポネシア序説』創樹選書
08 佐藤勝彦『宇宙137億年の歴史』角川選書
09 ジェイムズ・スワン『聖なる場所』春秋社
10 中野謙二『漢民族の源流を探る・羌族史の解明から』エフ・アイ・プラン(自費出版?)
すごく贅沢を言えば、この10冊を使って10章の本を書きたい。
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2015-16フィンランド朝五時に起きて、うとうとしながらグルーミングをする

2016年8月21日 10:39



自己マッサージのことである

朝五時に起きて、うとうとしながらグルーミングをする。グルーミングというのは自己マッサージのことである。六時になったので包帯と樹液シートをはずし、風呂に入る。樹液シートを使い始めてからはこれを取り外すと同時に風呂に入らねばならない。足裏がベタベだからだ。
樹液シートは悪い所に貼ると一晩でべったりとこげ茶色の体液が出てくる。たとえばお腹に貼っても白いままだから、ほんとに足に毒がたまっていることがわかる。出なくなるまで続ければいい。鈴木診療所にいくようになってしばらく遠ざかっていたが、最近古いものを貼って激しい反応にびっくりして、取り寄せた。まだ再開して数日だから、毎日毒が出続ける。この四年の間に私の足はドス黒く変色して、ひどい状態になっていた。昨日辺りからところどころピンクの地が出て来た。
今は一日片足四枚、両足で八枚使っている。吸い出しだけで痛みはまったくない。続けて行くと毒がすべて出てピンクの肌が戻ってくるだろうか。
足の傷口のほうはイギリスでは三つまで増えていたのに、今は一つになった。痛いこともあるし、ほとんど忘れていられる時もある。また縮小傾向にあることは間違いない。
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2016年8月『気功文化』8月号

2016年8月21日 10:46



興味のある方は申し込んでください



『気功文化』は会員には数日中に送りますが、その他の方で胡耀貞に興味のある方は申し込んでください。合併号なので800円で、これにかぎり送料は当方負担とします。 胡耀貞『気功療法』序文/胡耀貞の功法紹介①五禽術/②「胡耀貞静動気功」から鶴と熊③荘子の呼吸法/④心意内功/『太極基本功』について/静功の功理について 静功について・ヘルシンキ講義/ウォーキングメディテーション York物語 イギリスに住んでいた日本人の癌患者を見送って 潘厚成11月に蘇州へ、胡麗娟は来年3月訪問講座☆大同募集

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2016年8月山水人(やまうと)の祭り

2016年8月22日 19:57

山水人


一日だけ行ってきた


 朽木でしている山水人(やまうと)の祭りに一日だけ行ってきた。たまたま神戸に住んで『名前のない新聞』を出しているあぱっちが一日だけ行くというので、日帰りでいけば、ということになり、そうさせてもらった。今回は気功やトークへの参加はなく、ただ楽しんでくるだけだから、気楽だ。一時過ぎについて、八時過ぎまで、坐って聴いた。あぱっちはずっとDVDを取っていて、まあ出演者のほとんどが友だちなので、本人の記録を配ったり保存したりしている。とくに詩人で環境活動家の宮崎さゆりさんや沖縄と往復している川口まゆみさんは『名前のない新聞』の最近号で長いインタビューをしている。その二人が出るので、わざわざ来たようだ。

 私としては二年ぶりに主宰者の祖牛さんに会いたいこともあった。祖牛さんからもちょっと来ないかという声かけが何度かあった。それで他の人とは誰に会えるか、誰かいるかもという程度だったが、コースケと恵子の夫妻に会えたのは久々のことで、嬉しかった。恵子は関西気功の事務局にいた。コースケともいろいろな縁でつながっていたが、冬のフィンランドにも参加した。二人はもう一組のアメリカから帰国してばかりのギターとバンジョーのペアと一緒に「Joke On The Puppy Old Time String Band」という名前だけ呼ぶのも大変な四人のバンドを組んでいて、水際立った演奏を聴かせていた。ほかの人の応援にもあちこち顔を出していた。
 ターケンのDeep Pop紙芝居というのもなかなかのものだったし、おもちゃ楽団やthe familyや宮崎さんの詩もなかなかよかった。おもちゃ楽団のことはもう少し書きたい。まあ楽しんだ七時間だった。またあぱっちに送ってもらった。
 沖縄そばとかおにぎりとかいろいろおいしそうな屋台が出ていたが、なんとなく食べる機会もなく、もちつきの餅だけもらった。
 彼は『なまえのない新聞』の新しい号を明日印刷に回す所だという。こちらは『気功文化』の丁合を昨日済ませて、これから封筒詰めである。
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2016年8月京都の楽団だというのに

2016年8月23日 0:19

おもちゃ楽団


山水人で初めて存在を知った

 京都の楽団だというのに、山水人で初めて存在を知った。おもちゃ楽団のことである。私の古い知り合いである恵子さんも、その正式メンバーなのか、臨時のことなのか知らないが、メンバーに入っていた。
 山水人の紹介にはこうある。「京都キンカン行動(毎週金曜日の関西電力京都支店前抗議行動)から始まったプロテストバンド。マジメなつもりがコミックバンド化!?
歌え!踊れ!叫べ!ガチャガチャやります、オ・ラ・シャ・ヤーン(失うものは何もない、前に進め!)」
 去年の二月には八文字屋でやっていた。中川五郎と組んでいる。なぜか知らなかった。
 中心になっているのはボーカルの川口真由美さん。もう10年障害者の作業所の仕事をし、おととしごろから辺野古や高江の座り込み現場に通うようになり、今は毎月いっている。三人の子持ちだが末の子は沖縄にすっかり落ちついている。フランスの抵抗歌を訳した「オラシャヤーン」、僕たちの人生は平和と自由を求めて生きて行けばいいのさと歌う「ケサラ」、安部が早く進めようとあせっている超特急を告発する「ああ夢の超特急」、安部とのコミュニケーションは無理だという「君には届かない」、添田唖蝉坊の歌を現代風の替え歌にした『ああわからない』などを歌った。知らない曲も知ってる曲もあるが、基本的には替え歌みたいだ。声はよく出ていて、うまい。これはなかなかのものだ。沖縄の座り込みの現場でやればさぞひき立つだろう。
 「沖縄四部作」も、思い出せないがみな本歌がありそうだ。その四曲目に荒木栄の「沖縄を返せ」が入っていた。もう過去の曲だと思っていたが,今でも歌われているんだ、とじーんとなった。ところが最後のリフレインの所で、一度目は「沖縄を返せ」と原作通りに歌うが、もう一度のリフレインは「沖縄に返せ」と歌っていたので仰天した。ああそうか、この歌詞でなら今の沖縄でも通用する、と思った。
 帰って調べてみたら、大工鉄弘という八重山の歌い手が初めて「沖縄へ返せ」と歌ったことを知った。
 yahooの智慧袋でこんな質問があった。《沖縄の方にお聞きします。沖縄返還のときに歌われた「沖縄を返せ」に沖縄の方は今でも違和感があるのでしょうか。ボクは沖縄の人間ではありませんが違和感があります。少なくとも沖縄で歌うことは失礼に当たるのではないかと思っていました》。これのベストアンサーに選ばれたのは《返還後の生まれですが、今の時代にはそぐわない歌かも知れません。当時沖縄を占領していた米軍にたいして、島を島民に返せと言っているわけですので。今も米軍が居座っているとは言え、当時とは比べ物にはならないことを考慮すれば、今の時代には合わない気がします》。この答えは違うと思う。この歌はもともと日本人が、アメリカに対して「沖縄を返せ。それは日本のものだ」と歌っている歌である。もう五十年以上前のことだ。
 荒木栄が私は決して嫌いではない。「母さんの歌」の窪田聡と同様、うたごえ運動の現場が生んだ歌である。「がんばろう」もいい歌だし「つくし野の緑の道を」(この勝利響けとどろけ)という基地包囲の歌などを思い出すと今でも心が浮き立ってしまう。「おれたちの胸の火は」「花をおくろう」「心はいつも夜明けだ」「わが母の歌」もいい歌だ。組曲「地底のうた」もよく聴いていた。私が中央合唱団でアコーディオンをいじっていたころだ。

 ところが、「沖縄を返せ」はいい歌だし、荒木の曲では一番歌われた歌だが、沖縄の人は歌わないだろうな、と当時から思っていた。念のため歌詞を書く。作詞は全司法福岡支部だ。
  かたき土を破りて 民族のいかりにもゆる島 沖縄よ
  我らと我らの祖先が 血と汗をもって 守りそだてた沖縄よ
  我らは叫ぶ 沖縄よ 我らのものだ 沖縄は
  沖縄を返せ 沖縄を返せ

 「民族の」というところを川口さんは「県民の」と歌い変えていた。これは分からないでもない。原詩は「(日本)民族の」である。沖縄の人の中には「日本民族」といいたい人と「琉球民族の」と言いたいがいるだろう。アメリカに対しては今はその論議はしないで「県民の」といったほうが当たり障りがない。「われらの祖先が守り育てた沖縄」はやはり非常に口にしにくい言葉だ。さつま藩の血と汗かというと、それはもちろんそうではなくて沖縄人の血と汗だろう。他のどこの人たちが沖縄のために「血と汗」を流したろう。それも含めて「日本民族の沖縄よ」と呼びかけている。「沖縄を返せ」が沖縄人も含めた日本人の願いだということはわかるが、沖縄を返せ、というと日本国が米国に要求しているというニュアンスしか残らない。これをひっくり返してみせたのが大工で「沖縄に返せ」とすることで、「われらの祖先」も「血と汗」も沖縄に取り戻した。
 川口さんは一度目を「沖縄を返せ」と歌い二度目を「沖縄に返せ」と歌った。大工さんは二度とも「沖縄に返せ」と歌っている。私はもっとはっきり、沖縄の立場に立った詩に作り替えてしまって歌い継がれて行けばいいと思っている。
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2016年8月93年の「気功的生活にまつわる話」

2016年8月23日 23:26

写真


夜の中の夜、昼の中の昼

93年の「気功的生活にまつわる話」を断続的に掲載しています。あと二つくらいで終わりです。

夜の中の夜、昼の中の昼

 とても暑い日がつづいているので、寒い寒い夜のことを思い出したくなってしまいました。フィンランドの北極圏を越えた、ラップランドの田舎でのことです。朝の10時頃にほんのり朝焼けになって昼過ぎにはもう夕焼けになってしまい、あとは真っ暗というのが白夜の反対の冬の一日なので、時間感覚がよく分からないのですが、夕食を食べてしばらく本を読んでから、今日はオーロラが出そうだという噂が食堂で飛び交っていたのを思い出し、分厚く着込んで外に出ました。家族を誘いましたが、寒いのは嫌だとふられてしまい、一人で出かけたのです。窓の外の寒暖計はマイナス25度を指していました.振るような星空といいますが、宝石箱をぶちまけて凍らせたようなこんな星空は初めてのことでした。

 北極星がほとんど頭上になるのが異様で、ああもう現実界を離れて昇天しつつあるのだと思うほど近くにありました。
 コテージのすぐ前でも誰も来はしないのですが、窓の明かりが小さくなるほど離れました。なかなかオーロラは出て来ないので、首を上に向けているのが疲れ、ふかふかの雪にずぼっと寝て仰向けになりました。星がいっそう近くなったようでした。極寒用のコートとブーツを通しても冷気はしみ込んできて、だんだん全身がまひしてきました。すごく熱い風呂に入るとからだがじんじんと痺れてくるように感じますが、あの時とよく似た感覚です。どれだけ長くそうしていたのか、だんだん気持ちよくなって、ああからだが動かなくなって行くなあと思っていたあいだは本当に死に近づいていたのかも知れません。その時、空全体がぐらっとゆれたように見え、宇宙空間が折り畳まれたような感じに光が走りました。白い影が踊りました。想像していたような、空の一部に出現するものではなくて、空全体をいっぺんに使って映写される光の映像でした。そんなにきれいな色とりどりのものではなかったのですが、その壮大さだけで十分でした。その刺激のおかげで死にもせずにこうして思い出していることができるわけですが。
 子供がサンタを信じられる年齢のうちにサンタのふるさとに連れて行きたいね、と夫婦で言っていたらフィンランドの友人が誘ってくれたので、思い切ってきたのです。大きなツリーをスノーモービルでみんなで切りに行くことから始まったイベントは、トナカイのシチューとあれこれのクリスマス料理のあとでトナカイに乗ってサンタがやってくると最高潮になります。素朴な美しい歌をみんなで歌い続けます。サンタが息子の名前を呼んでプレゼントを渡した時に彼は眼を丸くして

「どうしてぼくの名前を知っているの」
と叫びました。
 でも本当によかったなとあとから振り返ったのは、一日のうち20時間近くも真っ暗になってしまう中で、たっぷり眠り、蝋燭の光で話をし、日本から持ってきたミステリやフィンランドの絵本を読み、サウナを根気よく湧かして熱くなったからだで雪の上をころげ、時にとぼとぼとクロスカントリーのルートを熊のようにたどったりして過ごしたゆったりとした日々でした。何をしてもすべて瞑想のようでした。それはずっと続く夜、夜の中の深い夜でした。ずっと夜の国があると日本の神話にも書いてありますが、そこはこんな深い安らぎの国としてイメージされていたでしょうか。
 ゆったり時間が過ぎて行くのは、きらめく夏のフィンランドも同じです。長い長い夜へのエネルギーを蓄えるように、ほとんど一日じゅう太陽とつきあうのです。家族はもとより、ともだちどうしでさえ少しなれてくれば水着をつけているのがばからしくなって、全裸でサウナと湖を往復するようになり、それを「フィンランディアする」といっていました。水着一枚ないだけでなんとやさしく水が自分を受入れてくれることか、と妻は言っていました。「裸で船着き場に横たわっていると、太陽を見れば自分が太陽の一部だと思え、木々の葉を見れば自分が葉だと思え、水に触れれば自分が水の一部だと思える」と。

 豊かな自然の中で自分のヨロイを脱いでしまえる時間を持つ時、誰でも禅が求めた悟りの境地にも似た宇宙との一体感をからだで味わうことができます。
 次にこれをして、その次にあれをしなくちゃ、と段取りするたびではなく、何もしないための旅ができた時、やっと日常とは異質な旅がてきるのではありませんか。「気功的生活」という言葉はここから出てきました。気功をしなくても、ただじっくり味わえば暮らしがそのまま気功であるような時間の過ごし方のことです。でも、いまのあなたの暮らしの中でも多少は「フィンランディア」できるのではありませんか。
 夏はあくまで涼しくように、冬はあくまで温かきように、というのは千利休がもてなしの心を説いた言葉ですが、夏は夏の中にひたり、冬は冬の中の冬、夜の中の夜に沈み込むというのは、また一つのありようのような気がします。
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2016年8月声を出す気功について  その(一)

2016年8月25日 1:10



ある日の講義から

声を出す気功について  その一
ある日の講義から

 声を出す気功には基本的に四種類あります。基本的には呼吸法の一部です。呼吸法の中に声を出すものと出さないものがあるといってもいいです。しかし武術気功や站椿で使う「ふん」や「はっ」は別物とします。ここで取り上げる四種類は医療気功の範囲と言ってもいいかもしれません。
 第一は「そーん」というやつです。松と書きますが、これは鬆の略字ですね。鬆は日本語では「骨粗鬆症」の時にしか使われず「骨がぼろぼろ」とあまりいいイメージはありませんが、中国語では「穴がたくさん空いてスープが通りやすくなった状態」で料理用語として日常に使われます。だから日本語でこの字を思い浮かべながら「しょうー」とか唱えたら絶対にいいイメージにはなりませんが、中国語で「そーん」と唱えると、「気や血液が通りやすくなった、筋肉が固まっていない状態」を意味します。それでリラックスしたい時には、「あー」とかハミングで「うーむ」とか唱えることもありますが、一番使われるのが「そーん」なのです。
 そーんはsongで、ngの音に特徴があります。「ーん」というのが鼻から頭に抜けて行きます。この音をだしておいて口を閉じても何の影響もありませんが、鼻を閉じられたらぴたっととまってしまいます。これはチベット密教で使う「おーん」の音と同じで、sがついているかどうかの違いだけです。一人でする時は、坐って姿勢を整えて、あごをやや引き、百会はまっすぐ天に向けて「そーん」と出して行きます。音の高さは割合高く設定する場合もありますが、私としては自分の出せる一番低い音に近づけて、あまり大きな声でなしに、つまりは内省的に出して行くのがリラックスには役に立つと考えています。
 皆でやる時は、声を高さも息継ぎもそろえずに、一人が息継ぎをしている間誰か他の人が出しているというふうに、河の流れのように続いて行くようにします。音の高さを揃えるのもいいですが、やっているうちに揃ってくるというのが理想的です。声がそろうと天上の隅から高い倍音が響いてくることがあります。だれかリードする人が「はい、終わります」と声かけしておわります。
 この音の響きを内臓全般に響かせて行くか、特定の筋肉群や内臓に響かせて行くか、さまざまな方法があります。
 これの変形として、ドレミソラドの音階を体内のツボやチャクラ(この場合チベット医学ですね)に当てて行くという方法があります。「あー」でやる場合と音を変えて行く場合があります。
 第二は特定の内臓を活発にしたり、活動しすぎているのを声で抑えて行く方法です。これは郭林さんのものですね。郭林さんは五つの特徴を挙げています。第一、習うのはけっこう難しい、第二、声を出す時の意念とツボ刺激などを結びつけて行かないとならない、第三、五行学説にもとづいてやらないといけない、第四、補と瀉の区別がとても大事、第五、効果はとても大きく、速い。これはまとまった功法なので簡単に紹介できませんが、誰がやってもある程度効果があるのは「哈ha」の音です。立っても坐ってもいいですが、「はー」と声を出しながら体を右から後ろ、後ろから左と回して行きます。中ぐらいの声で出す時と、低い音で出す時と、高い音で出す時があります。中くらいというのは効果も中立的ですが、高い音でやりますと、瀉の効果があり、低い音でやや弱くして行くと補の効果があります。補と瀉というのは気が多くで病気になっている時は瀉で気を捨てる、気が足りなくて病気になっている時は補で気を補充するという意味です。これ以外にも、高い音から出して言ってだんだん下げて行きますと瀉になり、だんだん挙げて行くと補になります。高血圧の人はだんだん下げて来たほうがいいし、逆に低血圧の人は上げて行きます。
 ガンが比較的大きいか手術後もなかなか安定しないという人は高音のハーで次第に下げて行くのをやります。腫瘍がすでに消失して病状もやや安定した人の場合はまず高い音でハーを出し,その後に高いアー音を出します。ガンが縮小して病状が安定した人は基本は高いハーでよいが、二回を高く、一回を低く、あるいは三回を高く一回を高くという風にします。手術後一年か二年して調子がいい人は、高い音と音を交互に出す。末期がん患者でとくに体質虚弱でハーの音を出せない豁人は、huo(豁)かwo(哦)を使うというふうなことです。
 また内臓に関係があると
◇心臓小腸の時は高い音(瀉)はzheng(一声。征)低い音(補)はzheng(三声。整)で、南を向いてやり、7か7の倍数声を出す。
◇肺大腸の時は高い音はshang(一声。商)低い音はshang(三声。?)で、西方を向いてやり、9か9の倍数の声を出す。
 と全部は紹介しませんが、どこの部位が問題か、病状がさかんかそうでないかなどに応じて違う声を出して行くのです。そのほか脳の腫瘍の場合はwo(三声。哦)かou(一声。欧)をつかうなど細かい規則があります。(つづく)
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2016年8月声を出す気功について  その(二)

2016年8月25日 3:16



ある日の講義から

声を出す気功について  その二

ある日の講義から
 第三番目はご存知の六字訣です。荘子の中に「吹?呼吸」と出て来て、「吹」は腎臓の音、「?」は「嘘」と同じで肝臓の音、「呼」は脾胃の音で、吸うの字は三つ吐いて息を吸っているだけだという解釈と、吸う音で肺のsi音を出しているのだという説がありますが、三世紀頃になると五つの内臓と三焦とがそろってきます。この音をだすことでその内臓が活発になるということは、荘子から数えますともう2500年以上論議されている事で、その間に同じ音が違う内臓をさしているという説もありましたが、おおむね確定されてきました。
 現代では

◆嘘 xu  肝
◆呵 he  心
◆呼 hu  脾
◆四 si   肺
◆吹 chui 腎
◆喜 xi   三焦 という対応関係です。これは、ある音が特定の内臓と結びついていて、その内臓と関連する経絡を活発にしたり、抑制したりすることができるという考えです。いまはその仕組みについてはいいません。これだけで一回分の講義になってしまうからです。それにこれについては健身気功六字訣などは詳しい解説の本が出ていますから、初歩的な知識はそこから得ることができるでしょう。
 それで今日は四番目の「真言・念仏」のことを集中的に紹介したいのです。


 私たちが通常使っている「気功に取り入れた真言・念仏」は三種類あります。
 第一は神道のものですから、一種の祝詞といったほうがいいのでしょう。
 第二は広い意味の念仏で、インドから来たマイトレーヤとかサラスバティのようなものに呼びかける場合もあれば、空海とか役行者に呼びかける場合もあります。
 第三はチベット密教の真言です。チベット密教が中国気功の中に入って変形したものを私たちは習いました。
 まず「とほかみえひため」をとりあげてみましょう。意味は何ですか、と聞きたくなると思いますが、私は知っていても「わかりません」と答えます。意味のある言葉を唱えるよりも、謎そのものである言葉を唱える方が、脳に取っては新鮮です。「とほかみ」について10種類も解釈を挙げていた人がいましたが、要するに「わからない」ことです。わからないことを唱え続けるというのはびっくりするほど哲学的な事です。「南無阿弥陀仏」とか「南無妙法蓮華経」というのは一応漢字の意味はわかっていて、浄土宗はこう、日蓮宗はこう、となっているのですが、気功の立場からは、何宗かとかいうのはどうでもいいことで、ただ頭をからっぽにするために、それらの言葉を借りているのです。だから、いま南無阿弥陀を唱えたかと思うと次にはチベット密教に転向して「Ong A Hum」等と唱えているという風でいいのです。気功の立場からは、頭をからっぽにする方法を借りて来た」というだけのことです。ただそこから発展して、仏教についてもっと詳しく知りたいとか、神道って面白そう、となるのはいっこうに構いません。気功の立場からは「どの宗教も尊敬するが、どの立場も取らない」なのです。もっというと、「あらゆる宗教は気功のなりそこない」なので、宗派主義さえ取り去ってしまえば、何でも使えるのです。まあこういうといろんな宗教に喧嘩を売る事になりますので、ありがたく使わせていただきます、ということにします。
 「とほかみえひため」は古い神道のことばですが、まあ意味はわかりません。ただこれを唱えますと、不思議なほど元気になってきます。普通の神社庁系統の神社では「とほかみえみため」と唱えるのですが、私は「えひため」を唱えています。まあ、これはイザナギの八人の子供の神を指すという話があり,そうすると「み」が重なってしまう事もあり、「えひため」で唱えているのです。幕末の学者が「とー、ほー、かー、みー」と一音ずつ伸ばして唱え,次に「とほー、かみー」と二字ずつ唱え、さらに「とよかみー、えひためー」と四文字ずつ唱え、最後に「とほかみえひためー」と一気にいうという提案をしていますが、まあそれは好みというべきことで、私はいきなり「とほかみえひためー」とゆっくり一気読みをしています。
 「ひふみよいむな」は数字ですね。一から七まで、さらに十まで。これは平田篤胤が作ったという説もありますが、このあともずっと歌になっていまして、いろはが一音も重複なしに全部の音を一回ずつ使って歌になっているのと同じように「ひふみ」も続いて行くのですが、ここでは十までの数字として扱っています。気功でやるときには「ひふみよいむな」を八回唱えてから九回目で「やーこーとー」とつけ加えます。
 もうひとつ「祓い給へ 清め給へ 守り給へ 幸(さきは)え給へ」を唱えます。これは神社でよく耳にされるでしょう。
 さて二番目に仏教の関連ですが、これは空海とか役行者とか実在の人物を神格化して呼ぶものと、弥勒菩薩や薬師如来のように架空の存在であるものとに分けられます。
 空海は「南無大師遍照金剛」と唱え、役行者は「南無神変大菩薩」と唱えます。これは行者の死後に光格天皇がこの名前を送っています。人間に対しては最高の褒め言葉ですね。
 仏さんの名前に生きますが、弥勒菩薩は「おんまいたれーやそわか」、弁財天は「おんそらそばていえいそわか」、薬師如来は「おんころころせんだりまとうぎそわか」、観自在菩薩が「おん あろりきやそわか」、大日如来が「おん あびらうんけん ばさら さとばん」というような具合です。不動明王の真言はちょっと長いですが、「のうまくさんまんだばざらだん せんだまかろしゃだ そわたやうんたらたかんまん」という風にいいます。まあだんだんに覚えていただければいいです。とにかくすごいたくさんありますから、まあ、気功に使える範囲でだんだん慣れて行かれたらいいかと思います。
 もうひとつがチベット密教系で、チベット密教そのものから習ってもいいのですが、私たちは中国の気功経由で主として習ってきました。南無観世音菩薩と繰り返しとなえる一種のご詠歌があるのですが、これを「おんまにぺめほんさ」と歌詞を変えて中国では実にたくさんの人が知っています。それで気功修行のために一番大事なのは、「Ong A Hum」という三字真言と「Ong Ma Ni Pei Mei Hum」という六字真言です。探検家などがこのOng Ma Niをサンスクリットで背中に書いておけばどんな辺境のチベット地区に入り込んでも安全と信じて使っています。「Ong A Hum」は三十万回となえて卒業なのですが、毎朝一時間となえて一年間といわれています。
 まあこれらの三種類の祝詞・真言・念仏」はもっと難しいのも含めて、非常にたくさんあります。私たちはそれを気功として借りて、頭を空っぽにするために使っているのです。気功では入静とか静寂とか言いますが、何かを唱える以上の早道はありません。もし毎朝一時間、南無妙法蓮華経やOng A Humを唱え続けたら、その効果は非常に大きなものがあります。
 ぜひ応用してみてください。これからはたえず機会を見つけて、頭を本当に空っぽにする練習をして行きましょう。
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2016年8月水物語 1 / 2

2016年8月25日 22:46

写真


01 命をつなぐメディア / 02 おいしい水を作る

水物語りは1993年のフェリシモのパンフレット気功的生活に連載されたコラムです。一日二つずつ掲載します。すばらしい「ひすいの水」を商品化する事は実現しませんでした。

水物語

01  命をつなぐメディア
 外国に行ったら水道の水を飲むなと特別のヒミツでもあるように注意された時代がありました。それくらい日本の水道水は昔はおいしくて安全だったのです。びんに入ったミネラルウォーターを見て、わざわざあんなぜいたくをする人もいるんだ、水にお金を出すなんて、と思っていた頃もありました。ほんのここ数年の間に、飲む水はミネラルウォターを買っています、という家庭が大部分になってしまいました。さもなければ、数分間煮沸したりいったん凍らせて溶かしたりという信じられない手間とエネルギーを費やさないとおいしく飲めなくなってしまったのです。
 塩素のまずさは浄水器で取れないことはありませんが、発がん物質というトリハロメタンなどは除去できないという恐ろしいことも伝わってきました。水道水の鉄錆くらいならまだまずいだけですが、一部では鉛やアスベストのような毒性物質をつかっていたこともわかりました。
 水は地球上のあらゆる命をつないでいるメディアです。その水が汚染されて行く時、生命系の全体が衰弱してしまいます。本当に活きた水に出会うと、私たちの細胞そのものが喜んで沸き立つのがわかります。人体の70%は水でできているのです。どんな水をのんだらいいでしょうか。水の汚染を食い止める方法はあるのでしょうか。みんなで立ち止まって考えてみるべき時だと思います。

02  おいしい水を作る

 なるべく安全な、生きた水を手に入れることが大切なのですが、どんな水であれ、「ハイどうぞ」と出された時より少しおいしくして飲む方法が、とりあえず二つあります。
 ひとつは回転を与えることです。コップを持って小さく水平方向に回して回転させます。しばらくそのようにして振った水は確かにおいしくなります。これは酒でも同じです。
 酒がおいしくなるとわざわざ振動させる家電製品まで出たように、ゆらした酒はうまいのですが、ただ振るよりも回転させた水は活気づきます。どちら回りがおいしいか、自分の舌で試してください。
 もうひとつは「手から気を出す」方法です。痛いところに手を当てるように、コップに手当てをしてやります。ほんの二三分でいいです。気を当てなかった方と比べると味がやわらかくなっているはずです。私の愛情で水が生き返る、と念じているともっと効果的です。嘘のような話ですが、誰でも確かめられます。なぜか、ということが先端科学でつい最近解明され始めました。分子レベルの、化学的な成分は変わらないのに、原子レベルでは大きく違っていることがわかってきたのです。


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2016年8月信州は飯田の近くのようだが

2016年8月25日 23:16

スズキ屋


スズキヤという肉屋さんがある

信州は飯田の近くのようだが、遠山郷というところにスズキヤという肉屋さんがある。普通の豚や鶏肉も売っているが、一番人気は羊肉だ。「綿羊飼育が盛んだったことから焼肉の本場朝鮮から伝わったタレに漬け込んで焼いたのがそのはじまり。
北海道のジンギスカンはリンゴ果汁などを使う甘いたれが基本で、 お肉にたれを揉み込んでいなくて漬けてあるだけなのですが、
遠山流のジンギスカンは、お肉にたっぷりのたれを揉み込んでいます。味付けはすっきりしていて重くなく、ニンニクの風味がきいている焼肉の本場《韓国》の流れをくむ味付けです」とあって、最高級の物は200g800円である。「羊肉は日本では特殊肉ですが、最もグローバルスタンダードな食肉です。そして、強精効果が高くて、コレステロールの心配もないのです」というのは欧米でもイスラムでも最も普通に食べられている肉なのに日本では「特殊肉」にされているといっている。
羊だけではない。馬、鹿、熊、ウサギ、キジなどと、日本では羊以上に特殊視される馬以外は狩猟で取って来た肉も常時置かれている。私はとりあえずこのラムの800円のと、馬刺のカタマリ150g1250円と、鹿ロースブロック(狩猟)300g1600円を取り寄せた。実は月曜に山水人帰りのキコリさんや写真家の渡辺ひとみさんがうちにくるので、そこでご披露しようかということで注文した。明日朝冷凍便で着く。九月の檜原村にもまた頼んで、馬・鹿三昧で行こうかと思っている。
十二支セットというのがすごい。「肉のスズキヤだから揃う!十二種類のお肉セット!とり・ぶた・羊・鹿・猪・熊・うずら・キジ・ヤギ・うさぎ・馬・牛の十二種類。題して!遠山郷十二支セット」まだ体験した事のない楽しみが残されているのが嬉しい。
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2016年8月宅配便で馬だの鹿だのが届いた

2016年8月26日 21:37

赤石山脈


おためし感覚で少量ずつである


宅配便で馬だの鹿だのが届いた。おためし感覚で少量ずつである。「信州の南端、赤石山脈の僻遠の谷"遠山郷"では昔から猪、鹿、熊の狩猟の肉をはじめ、ヤギ、羊、うさぎ等、さまざまなお肉が食べられてきました。そして林業など過酷な山仕事を終えた男たちが、一日の疲れを癒し、明日への活力につながるように好んで食したのが、これらの肉を使ったスタミナ焼き「遠山ジンギス」です。スズキヤは遠山郷の生活を支えて来た食文化で、山と食卓をつなぎます」とある。
最初に羊、鶏、豚などが並んでいて、羊の金印が220g800円とか、ジンギスお徳用パックが1kg1950円とか、ハイグレード260gが32パックで18500円とかならんでいる。鶏とか豚とかの定番タイプとか酷さかタイプとかはよくわからないが、ホームページを探せば出てくるのだろう。
私が一番興味があるのが、国産マトン250g1100円、ラム特上に区豪州産100g380円、ラムチョップ4本500円などと、馬サシ背肉赤身1oog当たり980円、馬コウネ生食用紅白盛り100g750円、馬サシ背肉霜降りカナダ産100g800円、馬サガリ180g1200円などだ。追々そろえてみようと思う。そのほかうさぎ肉、キジ肉、ウズラ肉もあり、狩猟肉としては山猪、山鹿。山熊が並んでいるが、これはあるときとないときがあるらしい。 見ているだけで夢が広がってくる。また四季折々にお世話になって見たい。
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2016年8月水物語 03 / 04

2016年8月26日 21:54

ひとつの泉


03 ひすいの水 / 04 水は記憶する


水物語 03,04/12

03  ひすいの水

 中国四川省の2000メートルを超す奥地に、人に知られぬひとつの泉がありました。少し離れたところのチベット密教寺院で悩む信者たちに僧侶が「神水」として与え、すばらしい治療効果を上げているのが実はこの水でした。1985年に中国政府がこの築の環境調査をして、その結果、免疫力を高める、腎臓を強くする、血中脂肪を除く、老化を遅らせるなどのすべての面で著しい特効があることがわかりました。同位元素で調べると、何と7000年かかって地中を通り湧いている水であることがわかりました。周囲の5000メートル級の山々に漉された水なのです。
 政府はすぐにその周囲20キロを立ち入り禁止にして水源を保護するとともに、若者たちの小さな会社に50年間その水の権利を売り、自然を守りながら普及するように指導しました。そのけっかできたのが翡翠鉱泉水でした。泉が翡翠のような澄んだ緑であるところからの名前です。しかし炭酸を含むヴィシー水やペリエのようなタイプの味で、中国人の好みに合わず、あまり売れていません。好きな人にはワイン代わりにもなる美味ですが、合わない人でも健康のことを考えればおいしい薬です。そして何よりも、この水は活きた水こそが最上の薬だという証明になるような存在であり、環境破壊の進む中国でこんな水がなくならないようにと、祈るばかりです。翡翠の水は日本でも近くお目見えの予定です。この水を飲みながら、中国の環境問題に思いをはせてみてください。
[ひすいの水は結局発売されなかった。サントリー、アサヒ、フェリシモが発売を検討してくれ、最後にはフェリシモで売るしかないかとかんがえているうちに現地の翡翠鉱泉水公司が解散して消えてしまった。サントリーが乗り出せば現地工場から作っただろうが、専務が計画していた「まだ働ける退職者の仕事としてやれるか検討する」のは不発に終わった]

04  水は記憶する

 水は不思議な性質を色々持っていますが、最近明らかになり始めた「情報を記憶する」という性質は本当に驚くべきものです。例えばトタン屋根に雨がぽつんと振ったとすると、この雨は亜鉛の成分を溶かすようなことはないけれども、亜鉛の波動はしっかり記憶して、人体に入った時に人体の水にその波動を転写することもあるというです。水の性質というとまず化学的成分を見るのが普通ですが、それは分子レベルのことで、成分が何もないのにもっと深い素粒子かそれより微細なレベルで情報がしっかり記憶されていくということがわかってきました。
 この波動ということから水をみると、前回に紹介したひすいの水であれば7000年の間、自然の波動を記憶した水だということであり、汚染物質の中を通ってきた水は浄水器を通して汚染成分がなくなっても、その波動は残っているということがいえます。
 最近こうした波動がきちんと測定できる装置が作られ始めて、こりまで経験的に言われてきた「手をかざして気を入れると水がおいしくなる」ということが、科学的に実証されるようになってきました。手からはオゾンが出ていて、それが水の悪い記憶を消すという仕組みも、ついこの冬に解明され始めました。いい情報を持った水をからだに入れたいと切実に思います。
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2016年8月水物語 05 / 06

2016年8月27日 21:57



05 ヒトは水の袋 / 06 白樺樹液


05  ヒトは水の袋

 私の70%が水であるとしたら、「あなたは誰ですか」と聞かれて「水です」と答えてもそんなに間違いとはいえません。会社の名前を答えるよりはずっと本質的な、存在に関わる答えではありませんか。
 野口体操で知られる野口三千三(みちぞう)さんが肩がこったり腰が曲がらないと言っている人に向かって「からだは水のつまった袋」だから、そんなにこわばるのはおかしいと言います。全身を上下にゆすったり、寝転がって腰を左右にゆすってみると、「水のつまった袋」の実感が出てきます。そういう実感があると、ほぐれやすいのです。
 水と言っても血液とリンパ液、脊髄液、脳漿みたいなものになりますが、その大部分を占めるリンパ液が生命誕生の頃の、35億年前の海の成分とほとんど同じだというのは不思議なことです。人間は地球史の博物館でもあるのです。35億年の情報を記憶した水が私です、ということになります。そこに日々どんな水を入れて行くかが明日の「私」を決めて行くのは当然のことで、水タンクでもあり、水の流れでもある私を自覚するところから水とのつきあいも変わってくるかも知れません。
[これを書いたのはもう30年も前のことですが、30年後の今私が日々飲んでいるのは

1.金を電気分解したコロイダルゴールドの溶液、2.自分のその朝の最初のおしっこの一億培溶液、3.天満宮の水を冷蔵庫で冷やしたもの、4.近所の薬屋で買ってくる富士山の水に手当てをして、これも冷蔵庫の空きがあれば冷やしておくもの、の四種です。時間のある時は天満宮でなく、蓬?山のわき水を汲みにいきます]

06  白樺樹液
 四月の中旬のほんのわずかのあいだだけ絶妙の淡い甘さを味合わせてくれる北海道の白樺に会いにいきました。旭川からまた北に三時間ほど行った美深町で白樺樹液を取り、「森の雫」という飲料にしているのです。まだ50センチほども雪が残っている芋畑を半キロほど歩くと白樺の群生があり、そこで白樺に小さな穴を開けてパイプを入れ、樹液を採っているのです。樹液というとゴムとか松脂のようなものを連想する人がいるかも知れませんが、白樺の場合はさらりとした、水そのものです。北海道ではステンレスの大きな缶を湯沸かしとしてストーブに置くのですが、その間に一杯、一日に出します。二つ穴を開ければその1.7倍ほどの液が出ますが、かわいそうな気がして一つにしているそうです。
 テレビのグルメ番組などであれこれ食べて「わあ、おいしい」とか言うのをほかに言いようはないのものかとケーベツしてきたのですが、雪の中で白樺から直接飲んだ樹液はとにかくおいしくて、言葉になりませんでした。イプクロではなく直接細胞に入ってくるというか、むしろ直接魂にしみ込んでくるような、透明でさわやかな味でした。大地に水を自分のからだを通して、さまざまなミネラルや蛋白質を加えて私たちに提供してくれるのです。
 白樺は「母の木」とよくいわれますが、とすればこれはお母さんのおっぱいということになります。「森の雫」を飲むことから始まった「気功的生活カタログ」論議なので[津村喬の感性クッキング第一回にこの白樺ジュースのことを書いています]ぜひみんなにも飲んでほしいと思っています。
 春には木々は地下からどんどん水を吸い上げます。聴診器を使えばどの木も中で「どっくん、どっくん」としているのがわかります。耳を当てても、静かな場所であれば「ジュクとか「ピキとかいって、水が動いているのがわかります。たくさんある木々の中でも昔からカエデと白樺は、樹液が好んで飲まれてきました。カエデの方は甘くて煮ればメープルシロップになりますが、ほとんど水でしかない白樺樹液が北欧やカナダ、ロシアなど北の国々で愛されてきたのはなぜだったのでしょう。
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2016年8月水物語 07 / 08

2016年8月28日 7:03

富士山


07 水は山から / 08 中国の水



水物語 07 / 08

07  水は山から

 山は水タンクなんだと気がついたのは、富士山を半日見てすごす機会があった時のことでした。そのとき見た富士山の雲はジェック気流で流れてくる雲ではなくて、富士山自身が「一服タバコでも吸うかというようにして「ほっ」と吐き出した雲なのです。山の招待は水で、だからこそ雲を呼吸しているのだと分かりました。富士山に向合った時の圧倒的な感動は水があれだけの高さに立ち上がっていることに、私の中の水分が感応しているためだと気がついたのです。
 水墨画の世界そのままの中国・黄山に行って、山や谷が雲や霧を吸ったり吐いたりしながら実に楽しげに複雑な対話をしているののを見せてもらいました。水も肥料もありそうにない岩だけの肌に立派な松が無数にそびえていらるのは、この霧のせいに違いありません。彼らは「霞を食って」活きているのです。水は地球の万物共通語だと改めて思いました。
 古代人にとって、山は豊穣をもたらす水タンクでした。春に山の神を連れ下ろして田の神として祀り、秋の収穫とともに田の神を山に帰したのは、水の流れ下ってはまた蒸発して雲になり山に帰ることの象徴でした。
 雨がどしゃ振りの時に山を歩くのが、実は好きです。しっかりとくるんだ着替えだけバッグに入れて、雨具もなしに歩きます。雨に叩かれて意識が少し遠のいていることもありますが、全身を包む水を通して、まわりの緑と土といつになく融け合っていったいになっているいるのが感じられます。雨のほうがずっと植物はいきいきとしていることもわかります。少し体力がいりますが、近所を歩いても、別の国に言ってきたような気がします。

08  中国の水


 「中国に行ったらナマ水を飲まないように」と誰でも旅行社から注意を受けます。これは多くの地域で水質がもともと硬く、飲用に適さないのと、水道の体系がもうひとつ信頼できなくて、細菌が繁殖する可能性もあるためです。普通の人は皆ぐらぐらに沸かしてから使います。だからこそ魔法瓶がどんな家庭でも必需品なのです。ところが細菌の上海の水のひどさはこれまでの常識ではすまなくなったようで、水による病気の例がたくさん報告されるようになったようです。ある統計では、重慶が世界一空気が悪い、上海が世界一水が悪い、ということになってしまいました。その背後には揚子江の汚染があります。源流や支流の上流地帯では目を奪うほど美しく清らかな水が、重慶の辺りからはヘドロの海です。「百年河清を待つ」と馬鹿にされるか知れませんが、先年か刈る覚悟の揚子江浄化計画を今からでも始めたくなります。
 その中国でも山地に行けばおいしいナマ水の湧く泉が無数にあります。前に紹介した「ひすいの水はまた別格ですが、ほかにも四川省の薬王泉水、黒龍江の五大連地鉱泉水、山東省の?山鉱泉水などが全国的に知られています。?山は道教聖地ですが、その水は炭酸が含まれていて欧米で評価が高く、青島ビールもこれからできています。
 ほかの聖山も峨眉山鉱泉水、五台山鉱泉水、泰山鉱泉水など競って売り出しましたが、まだ現地だけで土産物として流通している程度です。
 日本にせよ中国にせよ、水道でおいしい水を安心して飲めるようにするのが本筋であることは言うまでもありません。しかし、立山の水を飲んだり屋久島の縄文水を飲んだりすると、この味を生み出す立山や屋久島の環境が守られてほしいと切実に思います.中国各地の水を知って、隣国の環境をわが事のように感ずる機会を持つのも悪いことではないように思います。
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2016年8月水物語 09 / 10/

2016年8月30日 1:28

六甲山


09 六甲のおいしい水 / 10 揚子江漂流隊

水物語  091/0


09  六甲のおいしい水

 「六甲のおいしい水」と言って売られているものが、いったいどこから採られているのか、一度聞いてみたいものだと思っています。私は六甲の隅から隅まで歩いていますが、そんな水の出るところを知らないからです。
 再度山に向かう大師道の途中にある毎日登山のメッカ灯篭茶屋はちょっと客を連れて行くのに程々の散歩道なので、よく行くのですが、少し前までは皆そこのおいしい谷水をもらって帰るために容器を持って行くのが楽しみだったのに、いつしか同じ蛇口に「水道の水です」という札が下がるようになりました。そこに通っているヒヨコ登山会の方から「新幹線が六甲の下を通ることで消滅した湧き水一覧」の地図をもらって愕然としたことがあります。
 芦屋から有馬への「六甲銀座」の途中、雨ヶ峠のゴルフ場にかかる道が清流とクロスするところに、兵庫山岳会の出した「この水は汚染されて飲めません」という札がかかっています。それだけの文面ですが、こうして必死に登ってきてこれが飲めたら、という身体感覚を通じて、雄弁にゴルフ場のあり方を告発しています。
 芦屋の城山の降り口の水、荒地山の奥の水、紅葉谷の有馬方向に下りかけた場所の水、摩耶山の旧天上寺近くの水、杣谷の出口の水とまだ水の出る数十カ所を数えて行くことができますが、どこもここ数年の間にほとんど枯れてちょろちょろになってしまうか、ざらついた味に変わってしまいました。だから「おいしい水」なんてどこにあるんだろうと思ってしまうのです。
 かつて神戸ウォーターは赤道にまでもって行っても腐らないといわれて、どの船も遠洋に出る前は水のために神戸埠頭に寄ったものです。いま神戸の水道の蛇口から出てくる水は琵琶湖の水。京都、大阪、神戸と距離が長くなるに連れてひどい品質になっていきます。どこのスーパーでも水が飛ぶように売れて行るのは悲しい状況です。どうしたらおいしい水道水は蘇るのか、皆で考えてみたいものです。
[1983年から2010年まではハウス食品が、2010年から2012年まではアサヒ飲料が「六甲のおいしい水」を売っていた。12年以降は「おいしい水六甲」に名前を改め、東日本の「富士のパナジウム天然水」と市場を分け合って西日本のみで売られるようになった。もともと灘区の六甲牧場を名乗る工場の跡地の水を奈良でボトリングしたもので、六甲とはほとんど関係がなかった。のちに西区井吹台に新工場を作ったが六甲水系とはほとんど関係ない。公正取引委員会は2008年6月17日、景品表示法違反(優良誤認)でハウス食品に排除命令を出し、メーカーも受入れた。優良誤認とは「事実に相違して競争関係にある事業者に係るものよりも著しく優良であると示すもの であって,不当に顧客を誘引し,一般消費者による自主的かつ合理的な選択を阻害するおそれがあると認められる表示」出あるが「六甲のおいしい水」を「おいしい水六甲」にするという茶番だけですませている。神戸ウォーターがまだあるのか、水質がどうかということはわからない。昔、外国航路の船乗り達が神戸港で積んだ”布引の水”は、『船が赤道を越えても腐らず、美味しさが変わらないので、コウベ・ウォーターは世界一の名水と喜んだ』ことを宣伝文句にしている水があるが、イメージだけを借りているようである]

10  揚子江漂流隊

 カヌーで至って気楽に川を下りながら、身体感覚を通してみた日本の河川の衰弱、品詞の状態を警告し続fyiaけてきた野田知佑さんの文章が好きで、いつか黒龍江(アムール川)とか揚子江とかカヌーなりボートなりで下ってみたいものだなどと夢想してきました。中国人たちはそんな役にも立たないことを誰もやらないだろうなと思っていました。ところが四川省に揚子江漂流隊というのがあったのです。17人のチームで、実際に下るのは7人ほど、夏に三ヶ月(ひと月は訓練、ふた月川下り)かけて揚子江を源流から河口までたどるための費用を残りの九ヶ月を働くという人たちなのです。

 源流と言っても5000メートル級の青藏高原であり、難所、激流も多く、並大抵のことではありません。川そのものに入れないところは車で、車も無理なら馬でという部分もあります。
 もともとただの望見やろうたちだったのが、6年続けてきて、ずっとビデオや写真を撮り続けているうちに、揚子江の加速度的な汚染の何よりの記録者になってしまい、環境問題の専門家扱いされるようになりました。揚子江は中国人の心の故郷でもあり、流域には五億人が生活していますが、中流の重慶は今や世界で最も大気汚染のひどい街であり、肺がん患者が激増していると中国政府の環境白書にも発表されていますし、下流の上海は世界で一番水汚染が進んでいるとされています。そういう悲しい状況の伸展を体感してきたのがこの漂流隊の人たちです。
 すぐわくわくするたちなので、日本人も加わっていいんだろうか、などとまじに問い合わせてしまいました。どうぞ、ということですが、果たして三ヶ月の時間をつくれるかどうか。
 成都の友だちはなくなった有名な画家趙大千の揚子江の源流から河口までを12メートルの巻物にした墨絵を見せてくれました。これも実際に全部歩いてみてスケッチしたものだそうです。この絵と、漂流野郎たちの写真とで展覧会をしてみたいねと言い合っています
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2016年8月八時間余りにおよぶ宴会

2016年8月30日 8:16

津村隆


80年代半ばからのつきあいです

きこりと佐藤秀明さんと高橋ペコが山水人の帰りに寄ってくれ、夕方から八時間余りにおよぶ宴会をしました。考えてみれば、きこりとペコは80年代半ばからのつきあいです。一応「山水人のあとのまつり」としてメニューを作りました。

29日の料理
山水人あとのまつり

久米島の久米仙・玉の光・嘉平

刺身
 しらすかいわれ和え
 鯖寿司 かつお叩き
伏見唐辛子きんぴら
おからのたいたん    にんじん、なす、椎茸、絹さや
山伏茸と舞茸のバタ炒め
油なす四川風
鶏レバのマスカルポーネ仕立て
揚げ鶏皮と玉ねぎ,絹さや
トマトと鶉卵のサラダ
ゴーヤとえごまの葉のキムチの卵とじ

鹿刺し、馬刺し

サーモンのルイベ
フィンランドサーモン片身焼
  サワークリーム

薩摩汁
  とり・大根・にんじん・さといも・ごぼう・油揚げ
  ねぎ・出し・みそ

あずきゼリー寄せ

八時間余りにわたって、みんなよく食べてくれました。朝は中華式のお粥を作りましたが、みんなまだ起きてきません。

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2016年8月朝ご飯はお粥だけ

2016年8月31日 1:30

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昨日の残り物と腐乳だけ

朝ご飯はお粥だけ炊いて、昨日の残り物と腐乳だけつけ加えて食べた。お粥はあまり食欲がなくても、また食べて割合速くおなかがすく便利な物で、京阪一帯で食べられて来た。いつも作るのは京阪神の物よりさらにだいぶ薄い十六倍の粥である。三時間も経つとちゃんとお腹がすいてくる。お昼を出す用意までなかったので、近くのうどん屋を紹介する。けっこうすばらしくおいしい。ただのうどん屋ではない。そこに行って、玄武神社もおすすめだよと帰り道によるように言った。亀と蛇がからみあった絵馬がとてもいい。武当山にそのその原図があるのだが、ここ玄武神社は平安京の始まりの場所である。 きこりは12月に私に長時間インタビューをする講座を持つ予定で、その材料となる写真や書類を見に来るという目的もあった。彼がぼくの説明を入れてビデオで撮って行き、佐藤さんがスライドなどで使えるようにきっちり写真に撮った。だんだんたくさんの写真が見つかって来て収拾がつかなくなってきそうなので、厳選して少なくした。余り話ができなかったのは、三時から独峰さんが来る事になっていたからだ。独峰はドイツ人で、ミュンヘンで活動している。私とは80年代半ばに会って、友だちになった。いい機会だから昨夜からいる三人を独峰に紹介しようと言う事もあった。独峰は僧侶でミュンヘンに寺を持っている。滋賀の永源寺で修行して永源寺の800年の歴史の中で外国人初の僧侶になった。その後気功をやり、中医学も学んだ。今回も修行の一環として来日していて、来たいという日がきこりたちのいる時期と重なったので、きょう30日に来てもらった。 最初に約束通り三時から五時半まで授業をした。まだ彼には易筋洗髄経を教えていない。いろいろ細かい説明をしてから、一時間かけて表演した。外経もやるつもりだったが、彼は遠慮して、とりあえずこれだけで結構ですと言った。抗ガン気功のDVDと易筋関連のDVDを買ってもらった。そのあと食事になった。 独峰は三人と気があって、それこそ六時間の間、話は存分に発展した。その内容はいちいち書き留めていられない。ピンクシャンパンで始めて、チリの安ワインを開けたが、これも結構おいしかった。独峰が気をきかせて、近所に酒屋ありますかと買いにいつてくれた。彼はスペインの普段私が買わないようなワイン二種類四本を買って来たのだが、それはなんと彼の親戚がスペインのレストランでハウスワインにしていたものだった。なんという偶然。私の買うような300円400円の酒と違って、分厚いボディがあった。久々にうまい酒を飲んだ。せめて記録しておこうか。Herederos del Marques de Riscalの2009年とLaboure-Roi,Bourgogne Grand Ordinare,どちらも赤である。メニューは次の項に。

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2016年8月今日の朝ご飯

2016年8月31日 10:03



粟の粥

今日の朝ご飯は粟の粥である。粟は大同でもらってきたもので、雑穀食文化がここでは生きている。中国語で小米(シャオミー)という。前日の米の粥が少しだけ残っていたのでこれに足して炊き上げたらほとんど米は見えなくなってしまった。 きのうドイツではザワークラウトを食べる人がいなくなって消えつつあるという話が出ていたので、簡単に即席漬けを作った。キャベツと赤ピーマンを入れている。人参を繊切りにしてマヨネーズと松の実で和える。きのうの酸辣湯をリメイクして、濃い味にする。目玉焼きを作る。両面焼。サーモン薫製の残り。そして腐乳。うちでお粥を食べた人はみな腐乳のとりこになる。
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