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津村 喬 中医学 太極気功研究 枕書茶楼 老驥居 zen cooking 気功辞書

2017年1月

酉

 



2017年01月気功の仲間たちへ 

2017年1月1日 7:14


あけましておめでとうございます


気功の仲間たちへ
あけましておめでとうございます。
年賀状誰にも出す余裕がなかったので、facebookとjugemで出しておきます。
中国では健身気功は着実に影響を広げ、またもともとの健身気功の範囲を越えて伝統気功の精髄を復権して行こうと言う意欲が見えてきたのは、とてもいいことです。
その他の各地の伝統気功については、かつてのような勢いがなく、医療気功も一部の現場で成熟している以外は停滞しているようです。しかし80年代以降気功が大きな文化として育って行ったプロセスは無駄な物ではなく、今後将来にわたる新しい中国文化を育てて行けるものと思っています。
私自身は導引、吐納、静定、存思、内丹の気功の五大部門の中で、とくにこれまで日本で伝統が全くなかった内丹気功を大いに訴え、愛好者を増やし、レベルアップをして、新しい潮流を作っていきたいと願っています。雑誌丹学研究を発刊し、丹学研究会を発足させ、研究会を積み重ねて行きます。中国の陳攖寧、胡耀貞の流れと結びついて、日中にまたがる研究体制を作って行きます。また日本で過去に深く丹学研究をしてきた幸田露伴の気功の立場からの研究を盛んにして行きます。もちろん気功のその他の四つの部門も離れる気はなく、郭林抗ガン気功と周稔豊の易筋の流れは引き続いて発展させて行きます。フィンランドやエストニアの仲間たちとは、今年も一月、六月に訪問して、これらのスタッフを育てる作業を進めて行きます。
気功文化、丹学研究そして露伴を読む会を一緒に支えてください。


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2017年01月Tsumura-sensein qigong-ilta

2016年1月1日 17:43


Lahdessa ke 18.1. klo 17-20.30


Tsumura-sensein qigong-ilta Lahdessa ke 18.1. klo 17-20.30
Osallistumismaksu 20€.
Tarkemmat koordinaatit löytyy täältä: www.lahtiyukoaikikai.net/qigong/

Lämpimästi tervetuloa kaikki tasoon, ikään, fyysiseen kuntoon, sukupuoleen, ihonväriin ym. katsomatta!

Tsumuran muut alkuvuoden Suomen vierailun aikataulut löytyy täältä: http://www.suomenqigong.fi/


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2017年01月近所の神社にでも行こうかと

2016年1月2日 21:56



明日がフィンランドに出発だと言うのに


 近所の神社にでも行こうかと思ったが、明日がフィンランドに出発だと言うのに、足が痛くて、動く気にならなかった。傷口はふさがっているのだが、神経の痛みのようだ。歩くのも遅く、心臓が苦しく、自転車がなければ動きが取れない状態だ。一日の夜も、二日の午後も「相棒」を見てしまった。一日は特番で二時間十五分、二日は二本でやはりそれくらいしていた。
頼まれたカイロやおみやげのTシャツや持って行く食糧をすべて詰めてもトランクの片側にしかならない。服を入れて、コンピュータもプリンタも残りの片側に入れるか。今日一日いろいろいじっていたのだが、macの携帯でフェイスブックがどうしても立ち上がらない。前にいつも使っているフェイスブックに入れなかった時に、間違えて別のアカウントを高野威で立ち上げてしまった。去年の冬のことなのだが、使わない方がいいだろうとひと月余りフェイスブックを休んだ。今回はそれを削除すればいつも使っているほうが立ち上がってくるだろうと試してみたが、何度でも削除したほうが立ち上がってくる。いいかげんに嫌になって、古いacerでやってみると、ちょっとひっかかっただけでなんとかフェイスブックが立ち上がった。ではこちらを持って行くか。だが文章を書くにはmacのほうが何倍も使いやすいし、使い慣れている。今回は荷物が少ないのをいいことに両方持って行くことにした。最近の文章や最近手直ししたものなど30編ほどをメールで自分自身に送って、取り出せるようにした。 本はあれもこれも持って行きたくなるが、少し我慢して、小説はマーティン・クルーズ・スミスの「ハバナ・ベイ」と露伴全集の月報と18巻だけにし、あとは易筋洗髄経と郭林気功、そして何冊かの内丹の教本のいずれも中国語のを持って行くことにした。それと、指圧と整体の特別授業を二回するので、高橋指圧と玉井正体術の本を持って行く。
本当は中国語と英語の辞書を持って行きたいが現場ではなかなか引いていられない。ふだんは日本語で授業をし、フィンランドではカウコがフィンランド語にし、エストニアではカウコがフィンランド語か英語にしたものをエストニアの仲間がエストニア語にする。カウコがいない時だけ片言の英語でやる。長年フィンランドに通っているが、優秀な通訳がいるせいでいっこうにフィンランド語が上達しない。英語でもつい無口になって功法中心になってしまう。
11時頃の飛行機だが少し余裕をもって着きたい。六時半頃に着きたいと言っていたら、MKの乗り合いバスのことなのだが、なんと四時半に迎えにくるという。どうせ八時までカウンターは開かないのだが。もう寝る閑はない。二十日余り風呂に入れないでシャワーだけだから、最後の風呂に入って、荷物を揃えて、ネットを見ながら待つしかないかな。


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2017年01月「試して下さい!」

2017年1月3日 20:56



津村先生の指導による


Uuden Vuoden QIGONG Turussa Tsumura Sensein johdolla. Tule valmistelemaan Kukon vuoden alkua onnellisissa merkeissä
17.1 klo 17-20, Konsan Kartano, Virusmäentie 9. Hinta 40 e.
Kaikki mukaan!!!
Yi Jin Xi Sui Jing on traditionaalinen kiinalainen kokonaisvaltainen terveysmenetelmä kehon, mielen ja hengen vahvistamiseksi ja tasapainottamiseksi. Harjoitus sopii kaikille, eikä vaadi aikaisempaa Qigong kokemusta.
Ilmoittautuminen Thea 050-4138XXX/ thea.mantsiXXX@gmail.com

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「試して下さい!」

津村先生の指導によるトゥルク新年気功。
来年の酉年の幸せな精神の始まりを用意するためにぜひ来てください。

日時 1月17日 PM17:00-20:00
場所 ウイルスヒル通り マンション9. E.

易筋の伝統的な中国の健康法, 心と精神のバランスを強めるために。
練功はあらゆる人に適していて, 気功が初ての方も歓迎します。.

Thea
050-4138XXX/ thea.mantXXX@gmail.com

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2017年01月11時40分に発って

2017年1月4日 10:28


ヘルシンキに3時半


11時40分に発ってヘルシンキに3時半。というと早すぎるようだが、時差が七時間あるから10時間後に着く。調子が悪く、足が痛んでなかなか眠れない。飯は上に載っている海老カツのようなものだけ食べてご飯を100%残す。あとはパンとチーズとちぐはぐ。三十余年も乗っていると、いろいろ変遷する。昔はナイフとフォークもプラスチックではなく、ずっしりとした本物だった。ナプキンに小さい青い洗濯ばさみがついていて、これだけはコレクションした。料理ももっとずっと本格的だった。なにより、焼きたてのパンがぜいたくだった。といっても本当に焼いているのではなく温め直しているだけだろうが。今の冷えた堅いパンを食べるたびに昔のことを思い出す。

飲み物はいつも通りトマトジュースと赤ワインにする。ウォトカをいれたらブラッディ・ブランデーは何ユーロか取って売っているのだが、食事中の酒は無料でサービスしていた。スパークリングワインも何年かサービスしていなかったものだ。でもそうなるとチーズとオリーブとか追加注文したくなるので、やめておく。
持ってきた後藤真『老化は治せる』(集英社新書)を読む。びっしり線が引いてあって二回目なのだが、忘れているところもいろいろある。肝心の老化があまり切実でない頃に読んだから、読むポイントも違う。変なタイトルだが、老化をなくせるわけはない。ただ著者はヒトの寿命は120歳前後と思っていて、自然に年を重ねればそれくらいで死んで当然と考える。何が邪魔しているのかというと、さまざまな炎症が寿命を邪魔しているという。とくに自分でも気づかない無自覚な慢性炎症が問題なのだという。私の足の痛みも医師が首をひねるばかりの原因不明の慢性炎症である。「少量の」アスピリンがそういうのに劇的に効くと書いてある。アスピリンは痛みと熱の薬だが、私の症状に向いているなどと考えたことがない。やってみるか、と思ってしまう。

空港にはバイエルアスピリンというのしかなく、これを二つ買う。本当はこれではなく「バイアスピリン」というのを欲しい。バイエルは一錠500ミリグラムだが、老化や心臓病を防ぐには100ミリグラムのを飲んでいくらしい。
カウコに聞いたら、フィンランドではまさしく100ミリグラムのアスピリンを誰でも飲むよと言っていた。ためしてみなければ。

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2017年01月ヘルシンキ空港は

2017年1月4日 15:23


一面の雪だった


 ヘルシンキ空港は一面の雪だった。いつも飛行機から出口まで最低45分はかかってしまうので、カウコを待たせても悪いから車椅子を頼むことにする。
空港からエレナの治療室へ。関西空港で売っていたお辞儀する武者人形と忍者人形、それに稲荷ずしを渡す。すでに芸者、相撲などはエレナのショウウィンドウで通りかかる子供たちの人気をはくしているので、今回は追加である。すこしやせなくちゃとおもっているので、エレナのやせる食材をいろいろもらう。一日一回でいいので、この一回で栄養バランスのいいスープなどを食べるとあと二回は普通に食べていてもやせるという。ま、やってみよう。エレナが学んできてケンブリッジ・システムは摂取カロリーを減らせば人は痩せるという機械的な考えでなく、むしろ少量でその人に必要な完璧な栄養を充足させて瘠せるという考え方だ。
エストニアに向かう船にタクシーで向かう。一分で行きますといったのに五分くらいかったからカウコははじめ激怒していたが、話すうちに運転手がセネガルから音楽をやりにきているギタリストだと知って俄然尊敬し、彼も彼もセネガルだとか誰の音がどうのと話し始めた。見かけはソマリアからの難民と変わりないがセネガルからは優秀な音楽家が来ていることを知っている。運転しながら次々にいろいろなミュージシャンの紹介を携帯でしているから危なくてしょうがない。
船に乗り込むのに長い長いスロープを行かなければならないので、カウコはまた車椅子をたのんでくれた。だが今回は拍子抜けするほど入り口が近かった。乗ったことのない大きな船らしい。予約した船より小一時間後で、その分の差額がもどってきたので、それで船室をとった。すぐに船のコードを入れて入れてコンピュータをつなげるが、カウコがもってきてくれたサーモンサンドと白ワインを食べるうちに寝てしまった。飛行機ではほとんどうとうとしただけなので、二時間くらい坐ったまま熟睡してしまった。
マルトが迎えに来てくれて、中心街のレンタルアパートに行った。一泊30ユーロと安いが、近代的な気持ちのいい場所で便利もすごくいい。今日と明日は何もない。あさって木曜日の夕方から始まる。ゆっくり本を読み、準備ができる。何か食べに行くかと聞かれたが、だんだんダイエットムードだからやめておこうになった。カウコは箱の白ワインを持ち歩いていて、おみやげのわさび柿の種で飲んでいる。五袋も食べたから明日あとひとつしかなくて悲しむだろうか。たくさんもってきて少しずつあげないと。朝三暮四って、猿か。私のほうはエレナのくれたチョコレートバーもどきを少し食べた。相変わらず寝られない。

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2017年01月腹が減ったが

2017年1月4日 16:09


手の届くところには浅田飴クールしか


 腹が減ったが、手の届くところには浅田飴クールしか置いてないので、それを舐める。永六輔に敬意を表して、せき、声、のどに問題はないのだが、一缶買ってみたのである。もう朝は八時なのだが、窓の外は午前三時くらいにしか見えない。タリンも雪が降ったが昨日のうちに止んでいる。カウコの寝息がずっと聞こえる。包帯をはずして洗濯し、パンツも洗い、髭をそって、シャワーを浴びる。足に薬を塗り、包帯を巻く。ここまでの作業でちょうど一時間かかる。

今回の予定を書いておこう。
エストニアには三日から九日までいる。
◆五日六日の
  17:00から20:00が易筋外経と易筋洗髄経、
◆七日八日の
  9:30から12:30が禅密功と内丹。陳攖寧と胡耀貞。七日八日の13:30から18:30が郭林気功。第一ステップと第二ステップ。
◆九日にヘルシンキへ。
◆十一日には
  ヤルヴェンパ―で19:00から21:00。これはスワイショウとか背骨ゆらし、五行站椿。
◆十二日は
  エレナとバレエへ。
◆十三日は
  プロのための手当てと操体の講座。10:00から16:00。
◆十三日夜から十五日
  「新年気功」。夜は静功の理論と実際。
◆十四日の
  15:00から18:00。易筋洗髄と易筋外経。
十五日の
  同じ時間禅密功と内丹。
◆この十四、十五の
  9:00から14:00にヘルシンキの郭林気功第一ステップと第二ステップ。
  昼間トンミの本の出版記念会。
◆十七日トゥルク。
 17:00から20:00易筋外経と易筋洗髄経。
◆十八日ラハティ。
 武術のコースの人たちにやさしい気功。
◆二十日
 「手当て」講座の二回目。集まった人を見て内容を決める。
二十一日。
 カウコの半年の指圧講座がはじまるその冒頭講義として「日本の有名なヒーラーたち」の話。
しっかりつまっていて、空いているのは十日、十六日、十九日。なかなかの充実ぶりである。

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2017年01月あさごはんは

2017年1月5日 9:06


エレナのダイエット・メニューから


 あさごはんはエレナのダイエット・メニューからPasta Spagetti Bologneseを食べた。高音のお湯ですると変質してしまうというので、40度くらいのお湯でもどせという。要するにスパゲティ・ミートソースであるから、ミートソースはいいとして、スパゲティは細く、短くなっているがなかなか煮えない。 スパゲティをポリポリと食べるのは初めての食感だった。
 朝から仙学にとりくんでいるが、どうもうまくまとまらない。昼から買い物に出かけた。カウコはちょっと郵便局に寄りたいから先に行くと、見るまにいなくなってしまう。こちらは休みながらゆっくりゆっくり歩く。五百メーターと言っていたが、うそではないのだろうが、何キロかある感じだった。ヴィルホテルにたどりついて、向かいがRIMIというスーパーと洋服のH&Mのビルになっていた。まだ雪が降っていて、時折突風にあおられる。RIMIの前のベンチで休んだ。よれよれになっていて、難民感覚である。今晩の買い物と、何日か後に正月料理ということで何人か来てもらう材料を集めるが、どうもあまり気が載らない。何を買っていいかわからない感じ。メニューがまとまらない。疲れているなあ。なんとか最小限揃えて、買う。カウコが見かねて、二階の喫茶店で少し坐ろうといってくれる。

エストニアに来たらまずセルヤンカを食べたい。肉とトマトと野菜あれこれの濃厚なスープで、店によっていろいろな味があるが、どこでも大好きである。この喫茶店にはなかった。本日のスープというのがあって、人参じゃがいもの入ったチキンスープである。ラーメン鉢チキンスープである。ラーメン鉢のような大きなスープに黒パンがついて3ユーロ。450円というと高いようだが、こちらの物価感覚では300円である。カウコはコーヒーとスーパーで買った甘い物を食べている。さっきあえぎながら道を歩いているときにセルヤンカ3ユーロと出ていて、入りたかった。しかしチキンスープも悪くない。こちらではセルヤンカと、濃厚なクリーミーのマッシュルームスープがどこでもおいしい。
階段を見下ろすような席にいたので、カウコは友達を見つけてしまう。大柄な女性だ。80年代から気功のクラスにも出ていて、わたしのにも出たことがあるというがこちらは記憶にない。今はフィンランドに住んでいて、里帰りのついでに歯医者に行ったり、こちらのほうが安いものはこちらでするのだという。しばらく話し込んで別れた。

タクシーを見つけて、乗った。カウコも大きな荷物を四つ下げている。近いが、しかたがない。
帰って料理をした。今日は簡単なものばかり。マルトのワインを美味しく飲むためだ。白いいんげん豆の缶詰を細かく切った玉ねぎとツナで和える。サラダ菜と玉ねぎ、ゆで卵でサラダを。黒パンを六つに切ってオリーブ油で揚げ、ディルをたくさん散らして生のサーモンをのせたのに、関空のそじ坊の生わさびを薄くスライスして乗せる。卵三個ゆでて細かく切りマヨネーズで和えてディルとサラダ菜を散らし、これも黒パンに乗せる。あとは野菜餃子を買って来たので、直前に焼き餃子にする。

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2017年01月もう今月の末なのだが

2017年1月5日 18:04


桧原村の企画をやっと送った


もう今月の末なのだが、桧原村の企画をやっと送った。昨日マルトと話していて、決めた。マルトは易筋洗髄経も郭林気功もいいけど、どちらかといえば自分の教養を広げるためとか、必要とする人に伝えたいということで、自分のために日々やりたい気功は結局のところスワイショウと背骨ゆらしだといった。夏に自分が心身の調子をくずして何をする気もしないというときに、やっぱり自然にしているのはスワイショウだという。スワイショウと背骨ゆらしだけはもう身についてしまっている。
さまざまな太極拳を伝え、健身気功も九つきっちり教えているマルトがそう言ってくれるのは嬉しかった。スワイショウというのは腰から手を動かして手を前後に、あるいは左右にひねっていくもので、誰でも習えばすぐできるものだが、こつこつと続けていくのは難しい。その起源は数百年前の武術の練習方法として提唱されたものだが、原型は古代にまで遠く遡る。背骨ゆらしももともと臨在の七支坐からでてきたもので、今の形に整理されてからでも1300年たつのだが、これも古代の蛇の模倣から来ている。
整った気功を順番にやっていくのは気功の楽しみの一つだが、本当にからだを変えたいときはスワイショウや背骨ゆらしのような単純な繰り返し運動がいい。わたしが50年気功をやってきた結論のひとつである。それとさまざまな静功を結び付ければ十分である。
というようなことを桧原村で改めて確認しておこうと思った。内容なしに募集だけしていた企画をその晩のうちに送った。

いつも11時はじまりだが、今回は前夜祭はなしで朝京都から移動するから、二時のはじまりになった。

午後  ふたつの基本動作とその変化

「スワイショウ」と「背骨ゆらし」
どうやって気功の基本運動になったか
単純な繰り返し運動の意味

スワイショウ基本の二種類

スワイショウ基本の八種類

スワイショウのヴァリエーション

臨在の七支坐

日本での背骨ゆらしの発展

「スワイショウ基本の二種類」とは前後に手をうごかすのと、腰をひねっていくのとの二種類である。
これもヴァリエーションはたくさんある。私は75種のDVDを出している。だが、シンプルに二種類でもいいし、せめて八種類覚えてくれれば十分だ。背骨ゆらしももともと四パターンだけなのだが、手を上に伸ばしたりマッサージしながらとか、これは日本で作ったものだ。


ご飯

  スモークあれこれと自家製ソーセージ
シンプルな生野菜
その時手に入ったものをスモークします。
とりささみ、豚三枚肉、帆立、いわし、チーズ、などなど。
今回は細いソーセージ。チョリソ風とか中華風とか。
手に入る新鮮野菜を。

いつも終わってから食事を出しているが、今回は二つの講義の間だから、ややシンプルに。いつも前夜に作るのだが、京都で作って持っていけるものをと考え、スモークあれこれと自家製ソーセージにした。

【夜】

➀ 津村の経歴をあらためて紹介します
➁ 気功は何の役に立つのか、のお話
➂ みんなで討論

「わたし自身、そして私を作った人々」というパンフレットを作った。それをネタにもう一度自己紹介する。そしてあらためて気功は何の役に立つのかを検討してみる。気功の世界で語られていることもあれば、私が勝手に考えていることもある。そのあたりを参加した皆さんとも分かち合いたい。
夜いられる人はもう一回飲み会になる、かな

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2017年01月調子が悪いので

1月5日 20:36


嫌でもしてしまうマッサージなので


私自身のためのマッサージ

調子が悪いので嫌でもしてしまうマッサージなので、人に勧めるわけではない。まあ同じように疲れている人には、自分流の改良を加えてくれれば効果があるかも知れない。いや、そんなにまじめに働いているわけでもないのに、疲れるのだ。前に『疲労回復の本』を書いたときには、自分が日々疲労するという実感がなかった。もう一度書けばすこしは切実なものが書けるかもしれない。
私の今のマッサージはひとつは首の疲れをとる。これはいつもしている。一時間コンピュータに向かったら10分くらいはしている。やろうと思わなくても自然に首を回し始める。

➀ 首をゆっくりさゆうに向ける。一回向けるのに三四十秒かける場合もあれば三秒くらいで戻って反対側をやる場合もある。

➁ 首を左右に倒していく。これも上に同じ。昔はよく倒れたが今は情けないほどだ。

➂ 首を前後に倒していく。

④ 首を左に倒してから下を向く。これは反対側の斜角筋が延ばされる。そのときに右肩を後ろに引いてやることもある。反対もする。

➄ 首をゆっくり前から右に三回とか九回とかまわす。反対も。

⑥ 首を前に垂らしてはずませる。これはとくに好きだ。

⑦ 肩をゆっくり前後にまわす。
これくらいが最低限のワンセットだ。あとは足のほうに行く。むろん足だけをすることもある。

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➀ 両手でみぞおちから正中線をなでおろし、おなかの両側からあがってきて、
   繰り返しふたつのたての円を描いていく。反対回しは普通しない。これは50回するとはっきり変化してくる。

➁ 大腸に沿って盲腸、上行結腸、とまわしていく。これは九回でもいいし百回やることもある。

➂ そけいぶをなでおろす。百回。

④ 腿の外側(胃経)をなでおろす。外側だけ百回。外を降ろして内を撫で上げるのを百回。

➄ 膝を外回し百回、内回し百回。

⑥ 膝の下の足三里の周辺だけ下に向けて二百回から三百回。

⑦ 足の外側を降ろして内側をあげてくる。百回かもう少し。

⑧ 右足から。足裏をさする。百回。

⑨ 足裏の指の付け根をさする。百回。つまむように足指の付け根の表と裏をこする。百回。

⑩ 涌泉を押す。数十回

⑪ 足の甲の骨の間を四カ所こする。それぞれ百回。

⑫ 足の甲を指から足首までこする。百回。

⑬ 足首をつまむ。百回。

⑭ 足の指を一本ずつ右回し百回左回し百回。

⑮ 痛いところをていねいにさわる。

⑯ 左足で同じようにする。

⑰ 短い瞑想をする。間にもさしはさんでいい。瞑想をしょっちゅう入れるほど効果はいい。


 というようなことで、全身が温かく、お風呂に入ったみたいになります。そんなにしないと現状を維持できないのかといわれそうですが、やらなかったらとっくに足腰が立たなくなっているだろう。

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2017年01月会場はいつもの学校の四階である

2017年1月6日 13:05



普通は四階からエレベーターがつきそうだが


2017年1月6日 13:05


 会場はいつもの学校の四階である。普通は四階からエレベーターがつきそうだが、ソ連時代からの建物で、階段しかない。プリートはカウコの武術の弟子で、ここの先生なので、もう何年もタリンでする時はこの学校を使っている。カウコがこちらの鞄も持ってさっさと上がって行ってしまうので、足と心臓に問題のあるこちらとしては、あえぎあえぎゆっくり上がっていくことになる。その途中で下から上がってきたヒカリちゃんが追い付いてきた。あと一階分、一緒にゆっくりあがってくれるので、ありがたいが照れくさい。
そう、ヒカリちゃんの話をすこしだけ。彼女は桧原村の気功講座がまだ町田でしていたころから、ずっと中心的に参加していた。そしてこの夏からデンマークの手工芸の学校を見つけてきて、行くことにした。行く途中でもいろんな国に寄って、いろんな体験をした。半年のコースが終わってからも暮正月とあちこちまわって、なかでもエストニアが気に入ってしばらくここに滞在することにした。それで私の講座にも出ることにしたのだ。
きのうすでに私とカウコのアパートに来ていた。昼間森で遊んでいた時にはまだ雪がひどくなかったが、夕方になって一メートル先の見えないような吹雪になった。遅れてたどり着いたときには遭難者の雰囲気だった。きのうはマルトとプリートが来てミニ・パーティをやっていた。マルトに今年の干支のニワトリの鈴の入った人形をあげたりした。マルトは「容れ物だけ買ったのだ。ケーキは自分で焼いた」などと信じそうになるジョークを吐いて25センチほどのケーキを持ってきた。ヒカリちゃんは残り物を食べ、三人がエストニア語とフィンランド語で話す間、私といろいろ情報交換をした。ついでに説明すれば、マルトはエストニア語とロシア語を話す。カウコはフィンランド語と日本語を普通に話し、マルトとも簡単なエストニア語は通じるが、複雑な話になるとエストニア語とフィンランド語のできるプリートが通訳する。エレナがいればマルトとはずっとロシア語で会話する。エレナはエストニア出身のロシア人だ。マルトはエストニア人だがずっとロシア語で教育を受けた。エレナはエストニア在住のロシア人の村で育ってほとんどエストニア語はできない。ロシア語とフィンランド語である。ひとりひとりが違う組み合わせだから大変だともいえるし、便利だともいえる。ヒカリちゃんはカウコに電話してずっと英語で話していたが、途中で大阪弁が出てきてびっくりした。カウコはヒカリちゃんがどんな人かわからず、警戒気味だったが、じきに私に「いい子じゃない」とお許しが出た。
それにしても雪はひどくなるばかり。ケーキをたべてから、オールドタウンにドミトリを取っているヒカリちゃんをプリートの車で送っていくことにした。マルトも一緒だ。
今日は昨日の話の通り、背骨ゆらしとスワイショウから始めた。半分の一時間半かけた。まず四つの基本動作からして、ひさびさに背骨ゆらしの話をした。この話はエストニアの古い人には五回目である。でもみんな一生懸命ノートをとっている。「わかりきったことを」という雰囲気なのは二人くらいだ。ま、それでこそ何度でも話す甲斐があるわけだが。そのあと手を上にストレッチして、マッサージしながら、太極球を持ちながら、合掌しながらとヴァリエーションをする。スワイショウは前後とひねりと基本ポーズだけ。15分休み。
再開して易筋外経を予備勢から三勢までていねいにやる。特に足を使った呼吸の基本は徹底して叩き込んでおく必要がある。
帰りはプリートにおくってもらう。


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2017年01月安保徹さんが亡くなった

2017年1月6日 19:34


昨年12月6日のことだという



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安保徹さんが亡くなった。昨年12月6日のことだという。 安部さんが終身名誉会長をしている日本自律神経病の公式サイトにも 「訃報:安保徹先生ご逝去。  2016年12月6日安保先生がご逝去されました。  ここに生前の御厚誼を深謝いたしますとともに、謹んでお知らせ申し上げます」 と、何歳か、なんで亡くなったかとかの話が一切載っていない。 実は調べた人がいたのだが、四大紙には一週間見ても一言も載らなかった。あとから12月8日の新潟日報には載っていたことが分かったらしい。それにしても、わざわざ安保さんの死を無視したかのようなこの態度はなんだ。既成の医学界に対しては反逆の旗を掲げたが、100冊近い著書があり、低体温を避けた方がいいということや、指回し体操では、一部にブームを起こしていた人が、まったくニュース価値がないとは思えない。医師会の圧力といったことがありうるのか。 私はこのことをindeepさんのブログで知った。彼は安保さんが夢に出てきて、変だなと思って調べたら安保さんの公式ブログが閉鎖されたのを知った。子どもの時から病弱でいろいろの薬に浸されて来たindeepさんは、「すべての薬は人間によくない」という安保理論に引かれて、毎日の朝風呂と朝の散歩を始め、すべての薬をやめた。 私はというと京大病院で心臓手術の後、帯津良一先生とお会いして「薬に関しては医師に従った方がいいんでしょうか」と相談し、「手術後は従った方がいいでしょう」と言われて、いまでも従っているような、毎日は飲んでいないという生活を続けている。これは私の問題で安保さんの問題ではないが、残りの人生をどう生きていくかは常に選択を迫られている。安保さんの死因はわからない。69歳だった。私は今年の七月で69歳になる。






2017年01月ほとんど眠れない

2017年01月06日 22:05


足が痛い時も痛くない時もある


 ほとんど眠れない。足が痛い時も痛くない時もある。なんとなく横になると不快感がある。幅のない、ソファベッドでないソファなのでそのせいもあるかも知れない。足も曲げるか、伸ばしたらひじ掛けに乗せるしかない。うとうとすると、居心地が悪くなって起きたくなる。腰かけて布団にくるまっていると寝られることがある。30分くらいずつニ三度ねているのかもしれない。自宅でも似たようなものだが、もう少しは寝られる。でもそのまま起きて生活や講習には差支えはないから、まあこんなものなのだろう。
雪はちらほらというくらい。風もなさそうだ。30分ほど窓を開けて気持ちよかった。零下七度くらい。
朝七時に、残り物を食べた。きのうはほとんど食べられなかった。ピザトーストのサラダ菜とツナとオリーブとチーズをのせたのと作ったが、少し焦がしてしまった。肉の焦げたのは有毒だがパンの焦げたのは胃にとてもいいから問題はない。餃子の残りをスープに入れて、サラダ菜とディルを入れ、卵を入れて、これはおいしそうにできた。ただ作ったら急に胸がいっぱいになって、やめ、朝まで残してしまった。
木金は平日なので夜だけの講習だ。マルトが四時半に迎えに来るまでは何もない。まとまった仕事はできないので、読んだり書いたり。
昼過ぎの一時ころに、エレナのダイエットコースを食べてみる。一日の内どの一食をこれにしてもいい。今日はポテトスープだ。昨日は濃厚すぎたのでティカップ二つに分けてみる。今度はちょっと薄かったが、まあまあの味だ。さてこれからマッサージだ。

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2017年01月今日の晩にお節料理を作ることにした

2017年1月7日 13:29



カウコが一日になって


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 今日の晩にお節料理を作ることにした。カウコが一日になって言って来て、安い材料を集めた。 かまぼこだって1500円とかのが並んでいるが、100円ので済ませたい。工夫しだいだ。五時までかかって下記のようなのを作った。ひとり10ユーロで10人余り集まった。



口取
  伊達巻、抹茶伊達巻、かにかまの取り合わせ
  きゅうりと市田柿の和え物
  大根と人参のなます
  卵巻き
  煮豆とりあわせ
  刻み長芋ときゅうりの和え物
◇伊達巻は1日に準備したので売り切れていてローソンで質の悪い形ばかりの物を買った。抹茶のほうはスーパーにあった物。かにかまはエストニアでは日本以上に使われているみたい。干し柿をもらったのを持ってきて、ごく薄い半切りきゅうりで和えてみた。なますは市販品。卵巻きは玉子15個使って焼き上げた。醤油と胡麻油を混ぜ込んで風味を作っている。煮豆も市販品。黒豆と金時豆。長芋を持ってきてなんに使うか考えていなかったが、千切りの胡瓜と和えた。
せちもの
  ベビーキャロット、こんにゃく、高野豆腐
  えりんぎ、里芋、かぼちゃ、たけのこ
◇ほんらいの「おせち」は煮物のことである。里芋とかかぼちゃとかは別に煮て合わせる。醤油を少し効かせないとこちらの人は「味がない」と感ずる。
高野豆腐とナスのおらんだ煮
◇本来高野もナスも揚げてから煮るが、油が足りないので、煮る途中で胡麻油とオリーブ油と足す。これも醤油味。
ツナサラダ 胡麻油、昆布茶風味
◇と思ったらカウコが缶切りがないと開かないのを買って来た。帰り道にもう一度買うか。別に正月料理ではないが、青物がほしいと思って。
アジの南蛮漬け
◇トゥヌ・マルグスがもってきてくれたのを早速出そう。とてもおいしいし、花形ニンジンなどがきれいだ。
稲荷ずし ◇ローソンの16個100円のやつ。短粒米は手に入らず、インド米だが、24個作る。ご飯がたくさん余ったので、ツナと卵くらいで炒飯も作りたい。 雑煮丸餅
   点心
  ハッピーターンとかりんとう
  月餅
  ◇ありふれた100ショップのお菓子から。

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2017年01月四日間の講習がおわった夜中だ

2017年1月9日 11:34


まだタリンのアパートにいる


 四日間の講習がおわった夜中だ。まだタリンのアパートにいる。
残った食材をかばんに詰める。自分用のみやげで、そばの実とかクスクスとかいろいろ珍しい穀物を少量ずつ買った。使える野菜もいろいろ。カウコはおせちの残りは遠慮してとっておいてくれたが、全部捨てる。焼餅も雑煮に仕立て直しておいしかったが、ちょっと多くてかちんかちんになったのは捨てる。お気に入りのレバーペーストやバタは持っていく。
ヨーグルトが、大事に飲んでいたら酸っぱくなってしまった。日本の感覚でいると、牛乳も一日常温で放置するとヨーグルトになってしまう。完全殺菌で変化しない方がこわいのだが。
マルトからは蜂蜜をもらった。エストニアは有名な産地なのだ。冬と夏に白く濁った極上の蜂蜜をもらうから、途切れたことがない。おせち材料の分だけ軽くなっているから、本や書類も入れられる。
カウコからは飛行機代82000円と、それを上回る講習費をもらった。ホテル代船代など経費を引いて、マルトの取り分もはらったあとの計算だ。四日間でこの値段だから、あと15講座もすれば金持ちになってしまうかも。フィンランドの方は講習費も少し高く設定している。まだ生活水準が大部違うからだ。こちらの都合からも、家賃分くらい稼いで帰らないと大変になる。今回はひときわぎっしり企画を詰めてもらったのでありがたい。
四日間まじめに聞いてもらってありがたかった。郭林気功は準備したテキストをおいてきてしまったので、一夜漬けの印象があったかもしれない。いろいろ改良の余地がある。これから六回12段階の講座をしていくにはきちんとした教科書を作る必要がある。こちらにいる間にもとりかかってみよう。


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2017年01月気功の講習中で

2017年1月AA日


「なんで日本語には漢字のいろんな読み方があるのか」


1月9日 14:33

 気功の講習中で「なんで日本語には漢字のいろんな読み方があるのか」という質問から漢音と呉音唐音の話になり、そこから余計な話に展開した。仏教語は呉音が一番早く伝わり、食堂を漢音でよめば「しょくどう」だが呉音では「じきどう」になるとか、和尚も呉音では「わじょう」、漢音では「かしょう」、唐音では「おしょう」になり、寺の中では呉音がまだ伝わった例が多い。そこから中国も出来上がったものとして見ない方がいいという話になった。老子や荘子は楚の人で、漢民族ではなかった。孔子ははっきり漢民族の範囲だ。道教も蜀で成立したので、チベット族や姜族の信仰が老荘とむすびついたものだ。越は南方の大国だったが、呉に負けて南北に散った。南に行って越が作った国が越南つまりヴェトナムだった。朝鮮半島にわたった越族は馬韓という国をつくったが、その後北九州に渡って弥生式文化を作った。
本来日本列島にいたのはシベリアから早い時期にわたって来たアイヌと、南方渡来の海洋民であるポリネシア語圏があり、そこに何次にも渡ってスリランカからのタミール語を話す人々が来て、日本にドラビュダ語とその派生語であるタミール語を伝えた。タミール族はインドをアーリアンが征服する前の古い民族で、アーリアンに追われたタミール族は江南地方で蛋民として船暮らしをしていたが、その一部が日本に足を伸ばし、越族の大量移動の際にそれに加わるか、ガイドをつとためたと考えられる。古事記の大部分がタミール語で書かれていることについては国語学者大野晋の研究がある。そのあとに朝鮮半島から入って来た人たちが天皇家をつくっていく。
というような話をかいつまんでしていたら、古くからの気功仲間である音楽の教師の女性が「エストニア人もタミール族と関わっている」という驚くべき発言をしていた。それ以上展開する時間はなかったが、いずれゆっくり話を聞いてみたいものである。


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2017年01月講習が済んで

2017年1月10日 11:15


どうしようかと相談を受けた


 講習が済んで、どうしようかと相談を受けた。夕飯のことだ。
家にはインディカ米が硬く炊けたのがたくさん残っている。ツナとサラダ菜とオリーブと入れて卵で炒飯にすれば、まあおいしくはなるだろう。水をかけないとだめかもしれないが。と考えていると作りたい、というより少しうんざりしてきた。たまには食べに行こうか、になった。プリートの車で連れて行ってもらった。
オールドタウンの真っただ中のヘル・ハントという店である。オールドタウンは14世紀頃だったか、もともと城だったところでタリンの中心部に位置している。全体が小高い丘になっていて、中心部に政府の建物とか主要国の大使館とかがあり、古い教会もあり、高級ホテルも安いドミトリーもあり、たくさんのレストランがある。そのひとつがヘル・ハントだ。ソ連時代から、時代をリードする店として注目されていた。もう何十回来たか、覚えていない。この周辺は一等地だが、この数十年でどの店も代替わりする中で、ヘル・ハントはずっと安定している。
二部屋にわかれていて、手前は大きなバーカウンターがあり、何百という酒瓶が並んでいる。そこは普通のダイニングテーブルの場所である。奥はソファ席で、よりディープな雰囲気。手前の席に座る。カウコはためらわずサーモングリルとビールを頼む。こちらがメニューを熟読しているとカウコはいらいらして「先生まだ決まらないの」などといっている。自分はどこに行ってもサーモンに決まっているのだから、選んでいるわけではない。こちらはまずスープを研究する。トマトスープ、マッシュルームクリームスープ、サーモンのクリアソースなどがあるが、やはりトマトスープを行って見たい。いま円に対してユーロが安くなっているから、これが400円くらい。ラムやチキンなどのいろいろな可能性の中で、今回はダックを頼む。さつまいものピュレに乗っている。1400円くらい。エストニア名物の黒パンのガーリックトースト。これはみんなで食べられる量だがやはり400円くらい。カウコのサーモンも1400円くらいだ。付け合わせの野菜が畑からとってきたばかりのようで、すばらしいとカウコは絶賛していた。
鴨もおいしかった。さつまいもの黄色のピュレにチェリーのダークパープルのソースがかかっている。甘さを抑えたチェリーソースはよくできているが、鴨とは少し違和感があった。トマトスープもちょっと凝りすぎ。ごく濃厚なトマトスープに形のなくなりかけたミニトマトが入っている。ガーリックトーストは自宅でもよく作る。黒パンが古くなったらこうして二度のおつとめになって、おろしにんにくをなすりつけてディープフライする。
プリートと、荷物を自宅に置いてからきたマルトはハンバーグを食べている。これもおいしそうだ。
カウコはいろいろなビールを試してみている。私は珍しいことだがマルティニの白に氷とレモンを入れてもらったのを飲み、食事がすんでからポルトガルのルビーポルトを頼んだ。控えめだが、ほどほどに酔っている。エストニアの最後の晩餐だった。


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2017年01月八畳の快適な独房という感じだ

2017年1月10日 18:15


ヘルシンキの新しい宿である


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八畳の快適な独房という感じだ。ヘルシンキの新しい宿である。
これにソファでもあれば、メキシコの麻薬王の独房みたいだ。麻薬王は料理をしないだろうが、ここは壁の一面が流しと調理台、冷蔵庫、食器棚で占められている。コーヒーマシンも、電子レンジも、トースターも、湯沸しもある。色調からいえば病室かな。八畳くらいあり、ダブルサイズのベッドがあり、ベッドの頭だけ木目がはってあって、あとは部屋じゅう真っ白である。これは病室の雰囲気。誰も見舞いに来ないが、病院で入院するより「ひとり入院」のほうがいい。医者も看護婦もこないが、大きなグラタン皿に足の薬包帯セットと心臓の薬とか入れる。食卓兼書き物机があってふたつ椅子があり、ベッドサイドにも机があり、足元に靴下や下着を入れるためだろうか、小さなチェストがある。洋服ダンスは作り付けであって、アイロン台とかも入っている。風呂桶はなく、シャワーだけがある。ベッドからも椅子からも見える位置にテレビがある。
ここに12日間滞在するから、トランクもリュックも空にして棚に入れる。まず食材をキッチンサイドに詰める。ここには缶切りもあったから、缶切りなしに開かないツナや豆の缶も開けられる。胡麻油と醤油と五香粉だけは外に出しておく。ちいさいサラダ油などは買わないとならない。
衣服を棚に入れる。要洗濯のと京都から乾かずにもってきたものもあり、干すものは干す。着れるものは分類してしまう。
プリンタはせっかく持ってきたが変圧器を忘れた。こちらではめったに売っていないし高価になる。飾っておくだけかな。カウコに送ればすぐプリントしてくれるから恰好をつけることはない。
本はけっこうある。仕事にかかわる郭林の本や周稔豊の本。露伴関係。脳と老化関連。仏教関連。読もうと思って持ってきた小説。三週間は長いようで、すぐに過ぎてしまう。これを窓際に並べる。机から手を伸ばせば届くところだ。もう10時なので、外も少し明るくなってくる。八時ころまでと、四時を過ぎると真っ暗なのだ。
ここはホテルがやっているホステルなのだ。ホテルの方はもっときれいで、調理設備もない。こちらに泊まっていても15ユーロで朝食は食べられるが、私はエレナのダイエットメニューに従っているから大体朝はスープだけだ。
きょうはまったくの休み。明日の夜ヤルヴェンパーに行く。明後日はエレナとチャイコフスキーを聴きに行く。まあ当分は余裕のペースなのだ。カギはドアごとに数列を入力しないと入れないから、これだけは厳重に管理しないとならない。ホテルの筋向いにSマートがあって、まだ行っていないがそこで大部分の買い物は済む。ここは港の朝市からエスプラナージュ大通りをあがったところにごく近いという便利なところで、アカデミア書店も通りをはさんで真向いだ。一番一軒一軒の店を散策している地帯だ。早朝の朝市はとても快適なところで、雪だと出店も少ないだろうが、コーヒーショップはいつもある。今日はとりあえずSマートまで行って見るか。100円ショップの杖をもってくればよかったが、船の免税店で見たら4500円もするのである。

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2017年01月盛大に洗濯をした

2017年1月10日 19:12


このホステルにも洗濯機はある


盛大に洗濯をした。このホテルにも洗濯機はある。カウコは面倒だから家でしようという。だが、私は旅に出ると部屋で洗濯をするのが好きなのである。手洗いでする。靴下を二足、Tシャツを四枚、パンツを三つ。洗濯用の石?とかは別に用意しない。そこでのトイレの手洗い用のものを使う。泡立てて洗い、泡がなくなるまで流す。絞るのが力仕事で、だんだん大変になった。だがフィンランドは大体乾いているから、いい加減なしぼりかたをしても、翌日までにはからりと乾いてしまう。これが気持ちがいい。もちろん夏なら陽に当てる。冬はめったに出ていない。靴下はシャワーについている横棒に干す。靴下ハンカチ程度の物はここに干せる。タオルかけのタオルを取り除いてパンツなどかける。あとはTシャツは洋服ダンスにコートなどと並べて干す。三日に一回くらいこの作業すればよい。今日は日本からの生乾きのを再処理したから仕事が多くなった。これは機械ですればいいので無駄なことだろうか。私は必ずしもそう思わない。家では手洗いは時折包帯を洗うくらいでむろん洗濯機は使っている。旅先では、自分の調子を確認するのには洗濯をしてみるのがいい。下着が汚れていたり、洗うとどす黒い水が出たりしておどろくことがある。自分はこんな匂いをしているのかとびっくりする。それは日々のうんこを観察するのとおなじことである。私はどんなふうに地球を汚しているか、少しでも見つめる。裸になって着ている分も洗う。そのときふと無意識にそけいぶが痒くて、中指でこすった。中指の爪が伸びていたのか、そけいぶの皮が薄いのか、びっくりするくらいの血がでた。「あ、生理が始まった」のはまさかだが、それくらいの血が流れた。どす黒く変色した皮膚の奥にも鮮やかな血液が流れている。血を流して減量する方法とはないのだろうか。






2017年01月10日の午後

2017年1月11日 14:22


ホテルのほとんど向かいにあるというSマートに


10日の午後、ホテルのほとんど向かいにあるというSマートに行って見ようと思った。店はすぐわかったが、入り口は反対側にあって、結構遠い。民族資本のマクドナルドであるHUSバーガーと一緒になっている。まあ大手スーパーといったところだ。うんと小さなキオスクという売店は昔も今もある。そして大手のスーパーではKマートやSマートがある。以前はその中間のSIWAなどの店がけっこう存在感があったが、SIWAもKマートの傘下に入ったらしく、統合が進んでいる。
押して歩くカートがここは無料だ。2ユーロとか入れると鍵がはずれるようになっていて、戻すと小銭が帰って来るが、これは駐車場とかにカートが散乱しないための仕組みで、ここは駐車場がない。
まず野菜売り場で、キャベツを一個買う。これは半分はとろとろに煮て、残りの半分でザワークラウトにしておく。これから二週間食べるわけだ。煮たものはシチューやカレーのベースになる。180円。バナナとかミカンとかも買う。肉類、ハムベーコンの売り場が広い。ベーコンも豚ひき肉も30%引きというのを買う。レバーペーストも安いのは70円くらい。牛乳とブルーベリーのジュース。牛乳も数十種類あるが、脂肪が多く腐りにくいのを買う。こちらでは半日常温に放置するとヨーグルトもどきになってしまうのが多い。日本のような殺菌をしていない。ブルーベリージュースも六種類あり「軽」と書いてあるもの以外はすごく濃厚である。パンコーナーでは、まだエストニアで買った黒パンが残っているので、試しに豚肉のパイとクリスマス前後にだけ出回る四つの角の突き出したジャムのパイを一個ずつ買う。トルティーヤチップスとアボカドソース。惣菜やさんに行ってロールキャベツとマッシュポテトを買う。いるかもしれないで60円のチキンラーメンとトムヤムラーメン、日本米に一番近い米を一つ。これは最終日にパーティをしようかという話もあるため。ここのSマートは野菜が少ないが、ストックマンなどでいろいろ揃えて野菜料理パーティをしようかという話もある。古い友人たちはヴェジタリアンが多いのだ。
ちょっと買いすぎたかも。金額的にはそれほどではないが、両手に下げるのがつらい。まあ、鍛錬鍛錬と思って、ホテルまで一気に持ち帰り、少しホテルのロビーでぜいぜい言わせてもらって、それから奥の自炊部に行った。
ホテルの前からMAXIMのネオンが見える。そのまま降りればエスプラナージュ大通りに出る。アカデミア書店は一本左だ。大通りを降りると10分もかからずに港の朝市にでる。一番熟知している界隈だ。明日でも行って見ようか。下って行くのはいいが帰りがこわい。また沢山買い物などしてしまうと、苦労することになる。もう大したものはない。ろーそくを買ってマッチを忘れた。紅茶とサラダ油の小さいのとがいる。


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2017年01月恐る恐る街まで出てみた

2017年1月12日 0:02


「RIVOLI Jardin」しっかりメモしておく。


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恐る恐る街まで出てみた。まずホテルの名前をしっかりメモしておく。RIVOLI Jardinという。Jardinはgardenのフランス語だ。上は着込んでいるが、下はジャージ一枚だ。下を吐いて来ればよかった。零下何度になるのか知らないが、昼から相当の物である。
行きは坂を下りるだけだから、楽々とは言えないが、まあまあ普通にあるける。でも百メートルおきぐらいに、つかまって休む。ピクニックという軽食屋のトマトスープがおいしそうだ。サヴォイという大きな建物で、エスプラナージュ大通りに出る。ここは上行三車線、下降三車線の大きな通りで、上下車線の間にかなり広い散歩道がとってある。こでよく大きなコンサートをする。年越しに人が集まるのもここだが、今は舞台そのものが撤去されてしまっている。その下にいつも変わらぬカッペリがある。カッペリは喫茶レストランなのだが、古いアールデコの建物で、一席一席が円筒形の総ガラスになっていて、外の公園を歩いていてもなんとなく美男美女がいそうだし、自分もあの席に坐れば美男美女に見えるかもと思って寄りたくなってしまう。
カッペリの向かいに「北 KITA」という寿司屋ができていた。こちらの寿司屋には何年かに一度試しに入ってみるが、近寄りがたい。そこからはもうすぐ海である。夏には100以上の店が並ぶこともあり、いつもアコーディオン弾きがいたりオルゴール屋がいたりするが、今日はほとんど人出もない。ラップランドの土産物の店が二軒、金属加工のネックレスやイヤリングの屋台がひとつ、魚屋が二軒、暖かそうに灯のついた喫茶店が一軒とこれだけである。
ここから50メートルほどの東の海岸に屋根のあるマーケットプレースがある。今日はここが主目的地だった。昔はもっと肉屋とか多かったが、どんどんつぶれて喫茶店、食べ物屋さんになってしまったところも多い。サーモンを中心にした魚屋が三軒。パンや、ケーキ屋が四五軒、茶店が五六軒かな。その一番真ん中に、古い石造りの建物の中で唯一天井まで総ガラスになった場所があり、そこに坐るとウスペンスキー大聖堂も首相官邸も一望に見えるところがある。喫茶店で、コーヒーにパンを買ってくることもできるし、料理の注文は三品だけ。サーモンスープとパンというだけのを大半の人が買っているから、ちょっと逆らってトマトスープにした。これがおとといタリンのオールドタウンで食べたのにそっくりだった。何かこういうのが流行っているのがあるのだろうか。違う所はこちらのには揚げたサラダ菜がはいっていて、アクセントになっている点。ケッパーがたくさん入っていたのもちがっていたが、トマトソースの中に軟らかく煮たとまとがはいっているのは同じだ。
左手の甲に薔薇の花を刺青しているきれいなお嬢さんがハンバーグを食べていた。私より年齢が少し上かと見える三人連れのおじいさんたちがサーモンスープを取ってあれこれ話に興じていた。ほかの客を観察するというのでもない、『ハバナ・ベイ』を読みながら長時間過ごした。スープだけではどうも、と何か探してみる。別の店で、フィッシュアンドチップスの店が、イギリスとどれくらい違うかが気になる。ここはチキンアンドチップスもあれば、シーラッカなどの小魚アンドチップスもあるが、やはりタラで行って見たい。なかなかおいしかった。ここでも『ハバナ・ベイ』を読み続ける。
結局買い物したのはオリーブ、アーティチョークのオイル漬け、それから名前をわすれちゃっているがこちらのピーナツ豆腐みたいなお菓子がある。あまり甘くなくてたんぱく質が濃厚。いままで市販品しか見たことがなかったがここは手作りしていてびっくり。あとベトナム人の出している店で、大きな海老春巻き一本と小さいミニ春巻き三本を買う。
同じ道を帰る。アカデミア書店はまた今度。それどころか、ホテルの筋向いのスーパーに寄ってマッチとかとおもっていたのが、坂を上がってくるとそれどころではなかった。ほんの四時間ほどのことなのである。


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2017年01月カウコにローマ字で送って

2017年1月14日 0:02


英語・フィンランド語にしてもらおうと思ったのだが


カウコにローマ字で送って英語・フィンランド語にしてもらおうと思ったのだが、なぜか送られていなくて、その原稿も見つからない。やりなおして、いいものになった。橋本さんのちょっとした紹介があって、そのあとが
Compare the joints make a pair.で五つのExample.
ちょっと専門的な筋肉の名前でする方法。
Course1 Relax the muscles around a Lung
普通の首と肩の操法。
Course2 Relaxion of Neck and Sholder
最後にレジスタンス療法。
Course3
Relaxion of Neck and Sholder for two person
Resistant technique
考えてみると橋本先生のに基本は忠実でいて、様変わりしている。
これで一日分。もう一日は足腰がテーマだ。
ここではコース1を紹介しよう。

かうこ

Course1 Relax the muscles around a Lung

Muscle1 Levator Scapulae(Kenko kyokin Jp)
Tention=breathing in,relax=out
Beath in and Levator Scapulae move up,breath out relax down.
Muscle2 Deltoid(Sankakukin)
Elbow is even shoulder height,fists towerd front,breath in elbow up,breath out elbow down.
Muscle3 Serratus Anterior(Zenkyokin)
Eibow down side make fist a right angle,breathing in elbow up in upright,
breathing out fall down.
Muscle4 Scalenus(shakakukin)
Neck bent left down and look down in breathing in,and out face up,and neck up.
Muscle5 Pectoralis (daikyokin)
Both hand spread and raise up breathing in,go dawn out.
Muscle6 Coracob rachials(ukouwankin)
Use left hand draw to left right elbow right fist go right,breath in and out relax.
Opposite hands.
Muscle7 External intercostal and internal intercostal (rokkankin)
Left hand put left lung and right hand support,press both hands breath in,
breath out and in continue press,out relax.
Muscle8 Rhomboid major(dairyokelkin)
Elbow down pull behind breath in,relax out.
Backside of heart relax.
Muscle9 Trapezius(soboukin)
Elbow go back straight and breath in,both hands project front breath out.


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2017年01月1月11日

2017年1月14日 13:03


ヤルヴェンパーはヘルシンキから

 

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11日。ヤルヴェンパーはヘルシンキから50分ほど車で北上したところにある小さな町で、シベリウスが亡くなった家がそのまま記念館になっている町でもある。長年ヘルシンキに通ってくれているエリサ・ヴォレンマ―がこのヤルヴェンパ―で指導している。そこによばれた。内容も注文を受けている。スワイショウ、背骨ゆらし、そして站椿功。七時から九時までの間にきっちりされをやる。実技ではやりなれているので、基本的な説明をしていく。前後のスワイショウは心肺・大腸小腸への作用が強いので夏秋向け、ひねりのスワイショウは肝腎胆膀胱で冬春向けなど。背骨ゆらしも第二段階の説明まで(第四まである)。
站椿は私の作った五行站椿をする。
ここの場には全国によく知られた太極拳の指導者がいる。ヴェリマッティ・ペトロ―ラという人だ。今日集まった生徒さんは大部分彼の弟子だ。黙って私の授業を受けていただけだったが、もっと交流して見たかった。


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2017年01月12日の夜

2017年1月15日 7:26


チャイコフスキーを見に行った

 

12日の夜、チャイコフスキーを見に行った。わたしにとってはチャイコフスキーは「聴きに行く」対象で、「見に行く」感覚ではなかった。たまたまバレエを見たとしても、彼の音楽がすばらしく、演出家や踊り手に深い関心を払ったことがなかった。バレエそのものを「まあこんなものだろう」と見くびっていたのである。ところがボリス・エイフマンのチャイコフスキー演出を見て、本当にびっくりした。打ちのめされてしまった。エレナが招待してくれたのだった。「カウコはもったいないから誘わなかったわ。彼は運転手だけ」ま、ロックの人だから、チャイコが向かないのは確かだ。四階の一番上の席で、集中しやすかった。使われた曲は熟知している物ばかりだった。「白鳥の湖」「くるみ割り人形」「エフゲニー・オネーギン」「スペードの女王」など。しかしその音楽の下で信じがたい絵巻が展開しられて動き、苦悩の輪を広げていくように見える。群舞のひとつひとつの決まり動作がすばらしかった。とくに「白鳥の湖」は古典的なバレエの衣装での白鳥たちの群舞を再現する。性的な苦悩や追いつめられた心理状況を描写する作品で知られているというが、それは古典的なバレエ衣装そのもののこととも思える。去年の夏、ロシアの声がエイフマンにインタビューしているのを見つけた。「我々のレパートリーが求められる、その桁外れの感情表現のためだと思います。我々は観客に、カタルシスを味わう可能性を提供するのです。つまり、真の芸術だけが喚起できる、魂の浄化の激しい体験ですね。」
終わったときに私は思わず言った。「チャイコフスキーに見せてやりたい」


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2017年01月昨日ホテルに入るときに

2017年1月15日 14:10


突然足がつった


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昨日ホテルに入るときに、突然足がつった。足首までの新雪の中をサンダルで歩いている。体操ズボン一枚である。そうとうに冷えているのは自覚していた。ホテルの玄関で左足がねじれあがって、雪の中に手をついた。右足で支えようとしたら、今度は右の脛が引き攣れて、何が起こったかというくらい激痛になった。転倒していたことはホテル側は見ないで、後ろから来た若い男だけが見ていて、異様な崩れ方にびっくりした。肩を貸してくれて、大丈夫かとでもフィンランド語で言ってくれたのだろう、大丈夫だとホテルの大理石の壁に寄りかかり、それから四五歩這うようにして入ってすぐのソファに倒れ込んだ。まったく何も手段がない時は、手でさすって温めるしかない。目立たないよう両足をこすっているうちに、やっと落ち着いてきた。そのまままた雪の中を歩いて自炊部の棟まで行った。
この時は冷え切っている体をともかくシャワーを浴びて温めた。サンダル以外に履物はない。分厚く包帯を巻いていると、普通の靴は入らない。翌日の教室で何度かつった。ちょっと足が痛くてなどと言い訳をしてすわってやらせてもらったりした。痛いのはばれているが、まさか攣っているとは誰も思わない。三回ほど攣ったので、機嫌が悪いように思われたかもしれない。帰りに車で送ってもらっても、右足がずっと攣っていた。
そのままベッドに倒れ込んで、30分ほど寝たらしい。また来た。うつ伏せになっている両足がねじりあげられて、もうお手上げである。ベッドからずり落ちて、手で這ってともかくトイレに行く。ズボンを下げて、タオルを熱湯に浸し、軽く絞って、硬直したあちこちの筋肉に当てる。約一時間、熱湯の手当てをしてやっと人心地がついた。流しの下にヘアドライヤ―を見つけたので、それをキッチンに差し込んでもう30分ほど温めた。このドライヤーは今日は持って出ることにしよう。自宅でもデスクの下にはいつもドライヤーを置いてある。カイロがあったのでとりあえず六枚ほど貼り、上から作務衣のズボンをはいた。完全ではないが、これでなんとかなるだろうか。
冷えてくると、脇腹とかもうっかりストレッチすると攣ってくる。顔と頭以外はどこでも来ると思ったほうがいい。温めと同時に全身のていねいなストレッチが必要だ。


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2017年01月Kiitos Sensei Takeshi Tsumuralle・

2017年1月16日 3:04


ja Kaukolle viikonlopusta

Elisa Vuorenmaaさんは高野 威さん、Kauko Uusoksaさんと一緒です。

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Kiitos Sensei Takeshi Tsumuralle ja Kaukolle viikonlopusta. Oli ihan pakko laittaa tämä kuva, kun näin Kaukon ilmeen 😂.

 

ありがとうございます先生の週末のための津村です. この写真を見たときに, リモコンを見た時の写真を見ました😂.


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2017年01月今日はまったく授業のない

2017年1月17日2:06


珍しい日

 

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今日はまったく授業のない珍しい日。一日買い物して回った。ホテルのうらのドアを抜けるとなんとなく東京館に通じている感触があったので、そちらに行って見た。カウコはストックマンからあがって、と説明してくれたのだが、ストックマンに出ないで行ける気がした。歩くのが苦しいのが改善されたわけではない。杖があればよかった。だが予測はぴったりで、まさに東京館の前に出た。
もう何年も通っているから、親父さんとは顔見知りである。今日は長居はしないで帰るつもりなのでおしゃべりはやめて、日本の米や生姜漬け、出汁の元、木綿豆腐、里芋の味のついていない剥いてゆでただけのものなどを選ぶ。稲荷揚げも48個分買う。
背中のリュックにこれを詰めて、ストックマンまでの坂をゆっくりと歩く。ストックマンはフィンランド第一のデパートの名前である。上の方は高級で縁がないが、地下二階の食品売り場にはよく行く。だがここで買ってしまうと荷物が増えるから、先に向かいのフィンランド書店に行って見る。娘へのみやげをいつもアカデミア書店の方で探しているが、ここにも何かあるかも知れない。ムーミンの絵のついた色鉛筆とカラーマジックとクレヨンを選び、フィンランドの風景の入ったカレンダーも買った。あとはいつものチョコレートで十分だろう。アカデミア書店の半値以下で買えた。アカデミア書店ではカードとか料理の本とかも見るが、二階の喫茶部にお茶を飲みに行く。もう30年変わらずザッハトルテとコーヒーで決めている。年一回または二回は必ずここに来て、同じメニューを注文する。ここで『ハバナ・ベイ』を50ページほど読む。途中だがひとまずここまで。


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2017年01月アカデミア書店は地下一階で

2017年1月17日6:03


ストックマンにそのまままつながっていく

 

アカデミア書店は地下一階でストックマンにそのまままつながっていく。この前来たときまで地下は語学の本とかノート、文房具で一杯だったのだが、今はデザイナーを相手にするような紙と布の専門店にかわっている。偶然のことだが別の本屋に行っていてよかった。ストックマンは地下二階が食品売り場である。野菜のコーナーだけで普通のスーパーくらいある。思わずカリフラワーとかズッキーニに手が伸びる。ここは近所のスーパーにない物だけ買わないと。でも新鮮で買いたくなる。まだ六日もあるのに。ほうれん草を焼き込んだ緑のパンは昔ながらのもの。自分で食べるためのソーセージ、シーイカというイワシのフライ、マグロの刺身用もあって、小さいのを買ってしまう。ヨーグルトやポテトサラダもいろいろあるのを試してみる。
21日の宴会のプランを作る。ふだん講習に来ないたくさんの人もぼくには会いたい。半年に一度無事を確かめるといったところ。いつも野菜だけのおでんを作る。じゃがいもや人参、大根にレイパユーストというチーズを入れる。里芋はかぼちゃと煮る。ズッキーニや加茂ナス、カリフラワーは揚げ煮する。ほうれん草のパンは軽く焼いてツナとサラダ菜を乗せる。豆腐は三種類の和え物にする。にんじん、もやし、柿を和える。シーイカのフライはすごくおいしいので小さく切って色野菜とサラダにしよう。サーモンとまぐろの刺身。そして人気は稲荷寿司。今回は中のご飯にみじんにした生姜漬けをまぜよう。大部分は二日前に買う。
リュックに買ったものの大部分を入れて、あふれるものをビニール袋一つにまとめる。
エスプラナージュ大通りを下り始めたら、意外に早くホテルの裏通りに突き当たった。角にKマートとアルコがあった。まぐろで一杯、と思ったが、ビールもワインも強い酒もなぜか今は飲みたくない。オレンジだけ買って来た。
11時に出て5時に帰って来た。大冒険が無事に済んだ。


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2017年01月トンミの本が出て

2017年1月18日 7:59


今日は出版記念会だった


トンミの本が出て、今日は出版記念会だった。
エラノヴァという、精神世界に興味のある人だったら誰でも知っている本屋がある。そこが会場だった。ここには易や気功や風水の関連本や、関連のグッズもある。むろんキリスト教関連もある。本だけでなくCDやDVDもある。この奥に3,40人くらい入る会議室がある。ここで丁度その人数くらいの出版記念の会をした。
ヴィーサス・エラマーというのが出版社の名前で、ティク・ナット・ハンのマインドフルネスの関連本をたくさん出していたりする。『Salainen zen-harjoitus』というタイトルでこれは「秘密の禅の気功」の意味である。「背中と首の運動療法」というサブタイトルがついている。表紙絵は遠景で一人の男が出てきたばかりの朝日に向かって立っている。なかなかいい写真だ。
表紙裏を開くと、おこがましいが私の写真がある。まあ、もともとトンミに禅密功を教えたのは私だから、そして気功とは何かといった原稿も渡しているから、仕方がないのだが。表三、つまり裏表紙の裏側にはトンミの写真がある。チョッキを着てギターを持っている。彼は趣味ではミュージシャンでもある。吹き込んだCDをもらったことある。本職は医学博士でそもそもこの禅密功を博士論文にした。
この本では禅密功の築基功と陰陽合気功、慧功、花香雲、光明雲、洗心、降圧功が紹介されている。そのあとに内丹の話になり、内気運行法、易筋洗髄経が入っている。よくまとまっていると思う。フィンランドでは久々の気功の本だ。具体的な功法があり理論もある。 
集まりではトンミが20分ほど話をし、私が話と背骨ゆらし、陰陽合気法の三円功、前後の蛹動だけした。二時間くらいの、いい集まりだった。


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2017年01月出版記念会で私が話したこと

2017年1月18日 8:00


トンミの本にまずおめでとう

 

出版記念会で私が話したこと。 

トンミの本にまずおめでとうを言いたいです。
禅密功を学んでやりはじめたのは30年近く前のことでした。それを今日まで持続して発展させてきたのはすごいことでした。ある意味ではかれの30年の探求がこの本を生み出しました。このもとになった中国語のテキストを私は指導のために使っていましたが、それを見たトンミが訳させてほしい、と言って来た時に、ごく気楽に貸してコピーしてもらいました。ほとんど全訳するとは思いもしないで、中の二つ三つの功法を参考にするのだろうくらいに考えていたのです。また仏さんがくねくねと禅密功をするイラストが面白いかと思っていました。ところが彼は中国語の翻訳者に頼んで、これを全訳しました。それをもとに何年もかけて研究をしました。私もこれを全部日本語にしていませんでしたし、私がやってもいないいくつかの功法がありました。弟子が師匠を超えるというのはこのことで、トンミは私よりもずっと禅密功の専門家になってしまいました。
禅密功は唐の時代に仏教が圧迫されて道教が栄えた時に、禁止された仏教の功法の中でひっそりと伝えられて来たものを源流としています。それ以降の消息はありませんでしたが、1950年代に、中国の東北地区でひとつの僧侶の家族の中でひっそりと伝えられていたことが明らかになりました。現代にこれを伝えたのが、この本の大きな部分を書いた劉漢文という人なのですが、実際のところ、この非常に豊かな功法は混乱していて、多くの人に伝えられる物ではありませんでした。しかし政府もこれを重視して、李之楠という経験のある気功指導者を派遣して、劉漢文と一緒に禅密功を整理する仕事にとりかかりました。最終的にはこの本がまとまるまでに、20年近くかかりました。そして李之楠は気功の世界で高い権威を持っていたので、「この禅密功は気功の高級指導者が自分の実力をつけるのによい」と知らせて、全国の経験あるリーダーを集めて普及しました。禅密功と劉漢文の名前は一気に知れ渡りました。私は1988年に禅密功を知り、劉先生の何人かの高いレベルの学生たちからこれを習いました。あとになって劉先生から習う機会がありましたが、彼は直接自分で動作をしてくれずに、何人かのお弟子さんにやるようにいいました。秘密というのではなく、いろんなやり方があるのに先生自身が困惑し、ひとつの標準を作りたくないいうことだったのかもしれません。
この本には劉漢文先生の文章と別に、周稔豊先生のテキストも載っています。周先生は太極拳の達人であり、太極拳で初めて博士号を取った人ですが、同時に幅広い気功も伝えており、もっとも古い気功である5700年前の亀の呼吸でも有名です。私はトンミとこれを研究するうちに、彼の易筋洗髄経が本当に貴重なものであることを知りました。そしてまた易筋外経という彼が教えたことのなかった重要な功法を知りました。トンミとのその研究の一部はこの本にも反映されています。
いま中国では国が制定した健身気功が大々的に普及されていますが、これは結構なことですが豊かな伝統気功の流れを復刻し、伝えることがとても大事なことになっています。トンミが研究してきたのはこの伝統気功の最も優れた部分で、それがこうした本になることは中国にとってもいい刺激になるだろうと思っています。これをきっかけにフィンランドで伝統気功研究の新たな盛り上がりの見られることを期待します。


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2017年01月トゥルクで講習をして来た

2017年1月18日 18:20


フィンランドの昔の首都である

2017年1月18日 17:30     

トゥルクで講習をして来た。
トゥルクはフィンランドの昔の首都である。スゥエーデンの対岸になるから、ロシアの都合だとヘルシンキになるがスゥエーデンの都合だとトゥルクになる。トゥルクはカウコの生まれた町でもある。時間に多少の余裕があったので、カウコが小さいころを過ごした家がまだ残っているのを探しに行って、写真に撮って姉さんに送ったりしていた。
今日はシンプルに亀蛇気功を通す。そういう注文があった。ここのリーダーはケアだ。16人の内一人を除いて彼女の弟子だ。坐式の亀蛇はやっている人が多い。立ってやるのは誰もやっていない。中国最古の気功である。三時間あるので三動作ずつ伝える。解説して、やってみる。途中二つの楊式太極拳、陳式太極拳からの技が入る。これは習ってもすぐには誰もできない。テアなどくやしそうにしている。周稔豊さんもすぐにできない効果を狙って挿入したのだろう。ところが私は一回習っただけでどちらもできた。周さんがちょっと悔しそうにほめたのを覚えている。周先生の「60日間80回」の講習を私は全部吸収し、その後の血肉とした。教えたのは久しぶりである。カウコは二カ所覚えているのと違っていたといっていた。これは1986年に彼が梅田の産経学園に来た時に最初にやっていた気功なのである。
カウコの運転だと、助手席でよく寝られる。寝不足が解消してありがたかった。


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2017年01月18日 ラハティの講習

2017年1月19日 8:50



六年にわたる気功指導者講習を受けて

18日。ラハティの講習
ラハティの講習。六年にわたる気功指導者講習を受けて卒業したクストーがこのラハティで合気道と気功の教室を開いている。ここには年に二度訪れて、気功を教えている。ラハティはヘルシンキの北の郊外の都市で、100キロ余り離れている。ずっと使って来た道場が大家の都合で改築することになり、別のところを探さなければならなくなったのが最近のことだった。今度借りたところはずっと大きく、使っているところだけでこれまでの四倍の広さがある。同じような部屋がもうひとつあり、色々な目的に使える部屋がもう五つ六つある。サウナまである。ただ、これまでのところはラハティの中心部にあったが、ここは少し郊外になって、集まりにくい面がある。もうひとつ、以前は全国から人を集めるときなど道場に泊まっていたが、ここは泊まれない。ホテル・アイキドーができそうなほど大きいのに残念なことである。
いつも受講していた人でも、いない人がいる。足の便が遠くなって離れたのだろうか。そうかと思うと、全く新しい四人組の女の子が現れた。ホームページを見てきたらしい。ヨガを少しやっているという。「新しい人向けにやってください」とクストーがいう。私は何も考えてこなかったが、⑴まず首肩中心のほぐしプログラム、⑵声を出す気功、⑶易筋外経、でどうですかといった。その通りにした。声を出す気功はリラックスのための「そーん」、郭林の音程を変えるやつ二種、チベット密教のオンアーフとオンマニぺメホン。終わってこちらもいい気分の時は受講者もたいてい気持ちいい。
20キロほどのところの店に入って、牛肉団子とマッシュポテトを食べた。「フィンランドのこれ以上ないほどのありふれた食べ物」とカウコはいった。彼はまたサーモンサンドと甘いパンを食べている。コーヒー二杯飲んでいる。バルザックのようにコーヒーを飲む。私は一日一杯以上は受け付けない。


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2017年01月カウコがカレーを作ろう

2017年1月19日 23:57



というので

カウコがカレーを作ろう、というので、もう一度東京館に買い物に行った。
「先生の日本式カレーはどこでも食べられないし、おいしい。毎回カレーになっても珍しいから少しも構わない」とカレー好きのカウコは力説する。「よしルーを買って来よう。福神漬けと」定例の日本パターンである。しかし風味は同じではない。
今日は最後の休みの日。カウコはマッサージの仕事が朝から晩まであっていそがしいから、一人で行くしかない。三日前と同じ道をゆっくりゆっくりたどる。今日は東京館の親父さんは留守だった。カレールーのおおきいの二つ。こくまろはわりにおいしい。稲荷を少し追加する。稲荷の半数は甘酢漬け生姜を刻んで入れる。残りの半分には昆布カツオのふりかけを買った。高野豆腐ないのかと聞いたら見たこともないという。これは入れるように言わなくちゃ。薄揚げを出してきてこれじゃないのかという。ま、見たこともないのじゃしょうがない。
野菜で近所のSマートになくてストックマンにしかないものを買いに行く。坂の途中からFORUMというビルの中に入って、ぶらぶらしてみる。アウトドアの店を覗きたかったが、なくなっているのか、こちらの地理感覚がおかしいのか。寿司屋は以前通りある。1000円前後でいろいろなセットがあるが、いまは食指が動かない。いろいろ看板倒れの店が多い中でこの店はいいほうだ。ヘルシンキの寿司屋の評論をするにはいささか懐がさみしい。最近は中華料理屋でも海苔巻をおいていたりする一方で高級すし店が増えているようだ。
FORUMを通り抜けてSTOCKMANへ。かぼちゃが必要だった。里芋と煮るから「いとこ煮」である。豆腐で和えるもやしは結局アルファルファにした。柿は三個買って二個料理に使い、一個は試食という運命にある。
ユーストレイパというチーズがある。チーズのパンという名前だが、少しもパンらしくなく、百%チーズである。普通はジャムを添えてこのまま食べる。あまりおいしいものではない。ところがこれをカレーに入れたり、おでんに入れてほどほどに煮込んだりすると、信じがたいうまいものになるのである。カレーとか醤油味に合うというのはむろん私の発見である。カレーには高野が手に入らなかったので、このチーズが主役になる。人参、じゃがいも、カリフラワー、ズッキーニなどを煮て、モツァレラとかほかのチーズを溶け込ませて、最後にこのユーストレイパを入れる。今日は魚も買わない。じゃがいもは近所のスーパーで明日買う。金曜から土曜にかけて作る。
カウコのところはお茶を出すくらいで料理はできない。温め直しがちょっとできるというくらい。前は近くで料理してタッパーで運んだが、今回は銀紙容器のほうがいいかと思っている。大きいのが六枚で1ユーロ70とかで安い。これを私のトランクにビニールの買い物袋に包んで整然と詰めて車で運ぶ。今日はまだ仕事がなく、「試食」ばかりである。


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2017年01月今日の夕飯は余りもの処理

2017年1月20日 4:36



大体最後の宴会は

飯は余りもの処理。大体最後の宴会は残り物処理を兼ねているが、みんなに出すほどの分量はないものを一人で処理する。
まずお餅が二切れ残っていた。フライパンで油なしで焼いて、醤油をつけて海苔を巻いて食べる。久々の日本の味。
ツナが四缶あるからなんとかせねば。カウコが缶切りの要るのを買ってきてしまって、二缶余計にある。その後缶切りの要らないのを二缶買ってきてくれたがまだ使っていない。あさってはツナのオープンサンドを作って消費するが、四缶は多すぎる。ここは缶切りがあるので一缶開け、きゅうり、たまねぎ、キャベツ、オリーブとまぜてサラダにする。たまねぎとキャベツが落ち着くまで一時間ほど放置する。ツナの油と小魚が漬けてあった酢を混ぜる。一時間して残っていたインスタント麺。タイ製のトムヤムラーメン。オリーブの残りとサラミの三枚ほどと入れる。渾然たる味。
今日はビールを一本買って来た。普通ならこちらの銘柄を飲むが、ハイネッケンがなぜか安いのでそれを買った。
洋ナシをむくとわりにちゃんとしたディナーになった。


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2017年01月ストックマンで

2017年1月20日 5:23



エスプレッソ・コーヒーという

ストックマンでエスプレッソ・コーヒーというちょっと坐れる店があって、長テーブルに坐ったら、隣の人がおいていったKマートの新聞紙大12ページの広告があって、たいてい自分には縁がない物だが、面白がって読んだ。
一面にあるのはみかんが五キロ2ユーロ。ファンタの大瓶が四本で5ユーロ。一ユーロは120円前後だが、実質100円と見てよさそうだ。五キロのミカンが200円と言ったら安い感覚だ。200gのヨーグルトが0.19ユーロ。トイレットペーパーが40個入り19.9ユーロ。など。二面は化粧品、三面は洗剤、四面が毛糸とタオル、台所用品、包丁とか鍋とか70%引きになっているから、買いそうになってしまう。五面は掃除機が99ユーロ、コーヒーマシンが24.95、ミキサーが39.95、六面はヒューレット・パッカードのプリンタが29.95、コンピュータが329. :携帯電話が139.など。七面がスキー服45ユーロから、インナーが6ユーロから。ああ疲れた。そのあと冬用の靴とか下着とかあって最後の三ページがまた食品になっている。ミニトマトが.1.99ユーロ、ジャム類が1ユーロ、カール・フェザーのミルクチョコレート大型三枚が5ユーロ。タコソースが二つで4ユーロ、トルティーヤの方が二つで28ユーロと安い。ごく一部の紹介だけだ。あまり買わないものばかりだが。包丁とかは買いたくもなるが、日本で買っていった方がいい。


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2017年01月明日の授業

2017年1月20日 7:51



日本ではめったにやりませんが

明日の授業。日本ではめったにやりませんが。

背中と足の操体法
01 3アキレス腱を伸ばすのと反対を伸ばすのとどちらが気持ちいいか。気持ちのいい方をする。左右とも診る。
02 足首を左に回すのと右にまわすのとでは。
03 足首を右に回すのと左に回すのでは。
04 足を折って足裏をつけたまま右に倒すのと左に倒すのでは。
05 膝を挙げて右と左では。
06 両脚伸ばしたまま左右に倒すのでは。
07 足の第一指と第二指の間の痛みは。
08 足の第二指と第三指の間の痛みは。
09 足の第三指と第四指の間の痛みは。
10 足の第四指と第五指の間の痛みは。
11 痛いところはあまり押さずにそこを持って揺らす。

ゆすりタッチ
01 やってもらう人は上向きに寝る。やってあげる人は相手の頭から、首筋に手を入れて首を軽くゆする。
02 肩と鎖骨をゆする
03 乳の上をゆする
04 片手ずつはさんで手首、掌までゆする
05 やってあげる人は相手の右腹のところに行き、右手をへそ、左手を胸に当ててゆする。
06 へその上と下で互い違いにさする。
07 ももの胃経をさする。
08 膝をゆする
09 うつ伏せになってもらって、腰をゆする。
10 お尻をゆする
11 腿のうしろをゆする
12 膝の後ろをゆする
13 かかとをもっと揺する
14 膝を立てて揺する

たんとん叩き
01 頭
02 肩 
03 腕
04 胸の上のほう
05 俯せで腰
06 背中
07 尻
08 腿と膝
09 足裏

うつ伏せで
膝を引き上げて右を上げた時と左を上げた時ではどちらが楽か。
左右の差をしりの上がり方で見る。少ししか上がらない方が楽なはず。


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2017年01月もうあさって帰国である

2017年1月21日 19:46



この土曜日に半年の

もうあさって帰国である。この土曜日に半年の整体の講座の初回で日本の指圧・整体の歴史の話をするはずだったが、中止になった。こちらでは何度も話しをしていて、明治の黎明期の何人かを紹介し、特に田中守平の太霊道が中国気功に大きな影響を与えたまま日本では完全消失しているので、その話から始まる。そのあとは⑴岡田式静坐とそれを支えた人たち(木下尚江や石川三四郎などのアナキスト、新宿中村屋の相馬夫妻その縁で章炳麟や二十世紀気功の創設者の一人である蒋維喬など)、⑵玉井天碧から指圧の歴史、浪越や増永、⑶松本道別から野口晴哉、⑷高橋正体から橋本操体の四つの流れで理解してもらうとわかりやすい。あとエレナのしてきたレイキについても必要なら鞍馬山からハワイから話すが、日本のメインストリームではない。まあこのへんは特に資料がなくても何時間かの話はできる。ただ誰が何年から何年に生きたという数字は全部覚えていない。必要ならネットで補うけれど。日本でこの話をしたことはない。気功をやる人にも必要な知識なのだが。
今日がなくなって久々に六時間たっぷり寝た。気が付くともう正午、日本時間で七時だ。あとは明日の最後の宴会に向けて稲荷ずしとかカレーとか作るだけ。材料はそろっている。頑張って歩いたほうがいいから港まで行って見るかな。


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2017年01月自分を調えよ

2017年1月21日 22:18



インド仏教から導入された

自分を調えよ。インド仏教から導入された、気功の核心といってよい。
「まさに自分を調えよ。御者が馬を調教するように、実によく整えられた自己によって、念いを正し、苦しみの向こう岸へと至るのである。実に自己こそ自己の主であり、自己が自己のよりどころである。それ故に、自己を調えよ。御者が名馬を調教するように」〔ウダーナ・ヴァルガ〕
「よく調えられた自己は人間の光明である」〔サンユッタ・ニカーヤ〕
調えられていない自分とは、感情や煩悩、欲望に任せた状態をいう。感情や欲望も自己には違いないが、「真の自己」とは言えない。外部世界の影響をもろに受け、無批判に受け入れているからそれらは出て来て私を「支配」する。支配しているのは「心」である。「六波羅蜜経」には「心の師とはなるも、心を師とするな」と書いてある。気功ではこの意識の段階を心から意へ、意から念へ、念から神へと刻んでいる。
植木雅俊著『仏教、本当の教え』(中公新書)を五年ぶりに読んでいる。相変わらず新鮮である。


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2017年01月いまこちらは夜の八時

2017年1月21日 3:40



日本時間で三時

いまこちらは夜の八時。日本時間で三時。丑三つ時である。
ぐずぐずしていて、六時頃始めた。たいてい料理というものはぎりぎりにならないと乗ってこない。せめて必要な材料を当日までにそろえるので精一杯だ。ゆうべカウコのところから大きな鍋を運んだので、使える。大鍋一、小鍋二、フライパン一が加熱できるすべてである。こういう時カレーから始めると鍋がふさがってしまい、苦労するから、カレーは最後である。おでんで始まる。じゃがいもと人参と大根をカットしてくつくつと煮る。ユーストレイパはおでんとカレーの両方に入る。切り方が違う。おでんのほうが大きめに切る。おおきな円盤のを買ってきて、二つに分ける。貴重な薄揚げもおでんに入れることにする。これは二度目に煮るときに入れる。三度目の温め直しの時にユーストレイパを入れる。そこまでして、おいておく。カレー以外全部終わり、になって二度目を煮る。
里芋とかぼちゃを全部入る鍋は空いてないので、小鍋二つで煮て、ほぼ煮えてからフライパンに移して一緒に煮る。小鍋があいたら、ご飯の三分の一量を炊く。エストニアでもらった揚げシーイカの酢漬けの酢があるので、これをご飯にかけ、おかか昆布のふりかけを混ぜる。アルモンデスマス楽団である。
寄せ集めてみると、稲荷は84個分あった。米一キロでほぼ80個分、四五枚破れたとして72個は作れる。まず36個をめどに作る。その間に鍋を洗い、残りの米の半分を仕掛ける。この米はこちらで粥用として売っているカリフォルニア米である。ほかに東京館で買ったほんとの日本米があって、こちらはカレー用に炊く。
稲荷の半量を作って一休みし、豆腐を三箱開けて水切りしておく。奴のままでも喜んでくれるのだが、今回は量が少ないから、三種類の和え物を作る。ひとつは人参の千切りを予定していたが、うっかり人参を使ってしまったので、アボカドのデップソースと豆腐にアボカドの角切りをまぜ、わさび醤油でというのにした。もうひとつはアルファルファを豆腐で和えてツナと生クリームと醤油でソースを作ってまぜる。豆腐のもう一丁は柿を小さめの一口に切って豆腐とわずかの塩・砂糖で和える。
今進行中はこんなところ。これで六割かな


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2017年01月午後11時なので

2017年1月21日 6:59



ちょっと休んで食事する

午後十一時なので、ちょっと休んで食事する。
稲荷の破れた袋が三つある。さっき味を見るために食べたのが一つあるのと、下に落ちたのを少し迷ってから捨てたのがあり、製品になったのは79個である。さすがに少し残って、カウコのニ三日のおやつになるだろう。あとはTUCのクラッカーとレバーパイが残っている。柿も半分食べてしまわねば。ルーネベルクのお菓子が一つ残っているが、これは明日の昼かな。ルーネベルクという詩人がいてその誕生日が祭日になっていてその前後になると円筒状のカステラに洋酒をしみこませて上に砂糖のリングを作り中にジャムを入れたお菓子が売り出される。1.5ユーロから4.5ユーロまで同じ大きさで値段は様々だが、比べてみる根性はない。
豆腐3種はとてもいい味になった。柿を和えるのは最初塩で調味したがやはり醤油をひとたらししたほうがおいしいので、そうした。アルファルファは少し個性が弱いからツナ缶を半分ほど徹底してほぐしてソースにし、胡瓜のピクルスを本当に細かいみじんに切ってまぜた。スメタナという生クリームと少量のマヨネーズ、塩で落ち着いた。もうひとつ、アボガドソースを期待していたのに早々にカビが生えていたから捨てて、土産のつもりで買っておいたサーモンペーストで和えて、ヨーグルトを少し混ぜ、新鮮なアボガドを40くらいに刻んで混ぜた。これもいい味になった。スメタナはほとんど生クリームなのだが生クリームにない酸味があって、好きだ。ヨーグルトにはない生クリーム感覚がある。
大豆と赤い小倉豆を缶を開けてさてどうしようかと思ううちに、ここでの滞在2日目に買って使っていなかったアーティチョークを思い出した。酢と油で漬けてある。京都では某酒屋の三条店に行く以外に買えないのだが、こちらでは普通のスーパーで売っている。これは蕾だが根もある。玉ねぎを刻んで加えた豆にアーティチョークは踊りだしたいような味だった。今夜だけで初体験を三つも四つもしている。サラダ油をかけて、生玉ねぎにもう少し落ち着いてもらうために空気にさらす。
アメリカのさつま芋を買っていた。使う当てもなく珍しくて買った菜の花を別々に茹でて合わせることにした。薄い醤油味で煮ているが出し汁は捨てて食べる直前にすこし醤油を振る。ここで出会うのも運命というものだと言い聞かせる。そこまでやった。おでんも薄揚げを入れて煮たから冷ますだけである。ユーストレイパは直前に入れる。
あとするのは、カレーを煮て明日の昼間一度冷やす。それでおいしくなる。じゃがいも、人参、カリフラワー、なす、ズッキーニを入れて煮、やはりユーストレイパは直前に入れる。キャベツの残りも入れる。
残り物処理がまだ少しある。
シーイカの南蛮漬けはタリンでもらった。おいしいし、他の物がなければいくらも食べられるがつい残してしまう。もう三分の一になっているのでこれをはきたい。同じシーイカでもフライを買って四匹残っている。両者を適当に切って酢につけ、サラダ菜と混ぜ、ルッコラの葉っぱとかなどとサラダらしくして出す。
少量の細麺が残っている。スパゲティなのだが、ソーメンと区別がつかないほど細い。これを腐乳とコチュジャンで辛い麺にしたくなった。具はカリフラワーを少しと玉ねぎだけ。これはおいしいに違いないが気に入られるかはわからない。
あとはサーモンである。凍らせるとおいしいルイべになるのだが、ここは冷凍庫がない。半量は生で残して、半量をバタで焼いておくか。
そしてあとはカレーのご飯。福神漬け。
ハッピータンとかせんべいも少し残っていた。
アルシカにも、カウコの次に私を受け入れて友達になってくれたトゥイヤ・オステルホルムにも会えるみたいだ。楽しみなことだ。何を話すわけでもないのだ年に一度か二度とにかく一緒にいたい。


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2017年01月仏教、本当の教えから  (その1)

2017年1月21日 9:49



生まれによって卑しくなるのではなく


仏教、本当の教えから。
「生まれによって卑しくなるのではなく、生まれによってバラモンとなるのではない。行いによって卑しくなるのであり、行いによってバラモンとなるのである」(スッタニパータ)
バラモン階級でも心は汚れきっている場合がある。不可触民とされたチャンダーラでも行いによって「最高の清らかさ」がある場合もある。
植木氏は書いている。
「釈尊は出家して袈裟を着ていたが、その袈裟はチャンダーラたちが身に着けていたものである。袈裟は『薄汚れた色』あるいは『黃赤色』を意味するサンスクリット語のカシャ―ヤkasayaを音写したものである。その衣は墓地に捨てられていた死体をくるんでいたものである。死体が猛獣に食べられた後、布の破片が散らばっているのを拾い集め、洗ってつなぎ合わせて衣にしていたのだ。死体の体液の染みで汚れ、黄赤色になっていたことから、その衣はカーシャと呼ばれていた。あるいはパーンスクーラ(拾い集めたボロ布で作った衣)と言われることもあり、それは『糞掃衣(ふんぞうえ)』と音写された」
今日の僧侶が着ている絢爛豪華な紫のどこが袈裟なのだろうか。
「中村先生は『仏教では意識的に最下の階級であるチャンダーラと同じ境地に身をおいたらしい。仏教の修行僧は袈裟をまとっていたが、袈裟をまとうことは、古代インドではチャンダーラの習俗であったからである』(原始仏教の社会思想)と言っておられる」

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2017年01月仏教・本当の教えから (その3)

2017年1月22日 16:45



釈尊が故郷に帰った時

仏教・本当の教えから その3
釈尊が故郷に帰った時、たくさんの人が出家を希望したが、釈尊はその中で身分の低い理髪師のウパーリを最初に出家させた。のちに十大弟子の一人として大きな役割を果たした。
法は万人に開かれたものであり、その法を悟れば誰でも仏陀になれる。
「現に『スッタニパータ』を見てもブッダという言葉は複数形で用いられている。ブッダとは釈尊を示す固有名詞ではなかったのだ」
ただ釈尊が生きているうちと亡くなってからは十大弟子にも重要な変更があった。十大弟子とは「智慧第一のシャーリプトラ(舎利弗)多聞第一のアーナンダ(阿難)など釈尊の弟子の中で際立っていた人たち」のことだったが、もともとそこには智慧第一のケーマー尼、神通第一のウッパラヴァンナー尼、説法第一のダンナディンナー尼などの名前も挙がっていた。釈尊の死後100年ほどたって、十大弟子はすべて男性に変更され、女性の24人の高弟がすべて消されてあげられた。仏典の中国語訳では、訳者も読者も儒教倫理を前提にしていたから、その内容はますます捻じ曲げられ、日本では女性はいったん男性に生まれ変わらないと解脱できないなどという珍説が一部では現在までまかり通っている。
釈尊はバラモン教の中の迷信的な儀式が仏教の中に入り込んでくることを警戒して、批判し続けた。『ディーガ・ニカーヤ』には「ホーマの術」などが仏教ではないとひとつひとつ批判された。「ホーマの術」とは火によって穢れをなくす「護摩の術」のことで真言密教などは迷信として否定されていることになる。「火によって穢れがなくなるというなら、朝から晩まで火を燃やして仕事をしている鍛冶屋が一番穢れがなく、解脱しているはずである。それなのにカースト制度では最下層に位置づけられているのはどうしたわけであるか」と批判している。「木片を燃やすことは外面のことだ。内面に永遠の火を燃やすことが大切ではないか」
釈尊は沐浴も否定した。ガンジスで沐浴する人に語り掛ける女性出家者のことが書いてある。「水で過去生を浄化できるなら、魚や亀やワニやカエルの方がよりげだつしているのですか」と聞くのだ。釈尊はさまざまな神通力や占いをすべて否定している。それらはすべてバラモンの方法であり、それをはっきり否定してくれる釈尊の死後はまた仏教の中に密輸入されて来たものなのである


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2017年01月仏教、本当の教え (その4)

2017年1月22日 17:45



パーリ語で書かれた仏典には

仏教、本当の教え その4
パーリ語で書かれた仏典には、「夫は妻に五つのことで奉仕しなければならない」というのが出てくる。まず「尊敬しなければならない」そして「女性の自立を認めよ」とある。「宝飾品を買い与えよ」もある。これは妻の財産権ということである。
インド古代でもこれはとても珍しい。『マヌ法典』でも、子どもの時は親に従え、結婚したら夫に従え、年老いたら子供に従えとある。女性は自立に値しないとはっきり書いてある。ところがこれが中国語にされる時にまた先祖返りして「妻が夫に従うに五事あり」になってしまった。釈尊の独時の考えは否定されたばかりか、逆のことをいっているようにして大蔵経には書かれている。
般若心経には有名なぎゃてい、ぎゃていの唱え事がある。これは玄奘三蔵が訳した中でわざと訳さないで「意味は分からないけど唱える」ということにしたものだ。中村訳だと「往き往きて、彼岸に到達せる悟りよ、幸あれ」ということらしい。なぜ三蔵は訳さないでおいといたのか。彼は「五種不翻」をあげている。訳さない理由が五種類あるというのだ。
⑴秘密の故に。秘密の奥義はすぐに訳せるものではないし、経験を積んだ人がだんだんに内容を理解すればいいからだ。ま、あえて意味のわからないものにして呪術性を高めるということもある。
⑵多義を含むゆえに。一つの意味を確定するとほかの意味が抜け落ちるから、いろいろな面から考えてほしい。
⑶ここに無きがゆえに。中国にはないものに翻訳はできない。
⑷いにしえに順ずるがゆえに。あーのくたーらさんみゃくさんぼだい、のように昔から訳さないと決めている。
⑸善をしょうずるがゆえに。ぱんにゃーを普通に智慧と訳すよりも般若という新語を作った方がありがたみがある。
日本語になると「わからない方がありがたい」が極端になる。困ったものである。


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2017年01月今回のお別れ宴会の・

2017年1月23日0:45



最終メニュー

食事会2

今回のお別れ宴会の最終メニューは以下の通り。
◇おでん
じゃがいも、人参、大根、薄揚げ
ユーストレイパ(チーズ)
◇里芋とかぼちゃのいとこ煮

◇稲荷ずし

◇ほうれん草入りパンのツナサラダ

◇とうふ三趣
アボカドのとうふ和え スメタナ サーモンペースト
柿のとうふ和え
アルファルファの豆腐和え ツナとピクルスのソース

◇大豆と金時豆のアーティチョークソース たまねぎ

◇さつまいもと菜の花の煮物

◇サーモン刺身
ディル、しょうが

食事会1

◇カレー
ズッキーニ、キャベツ、ナス、カリフラワー
にんじん、じゃがいも、ユーストレイパ
ごはん 福神漬け

◇細麵
細いスパゲティを腐乳とコチュジャンで和え玉ねぎと オリーブを入れたもの

◇駸々堂のシュトーレン
◇ハッピータン、せんべい

アリが車で来てくれて今から運びます。


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2017年01月あと30分で

2017年1月23日 20:05



迎えが来る

あと30分で迎えが来る。まだ卵が三個残っていたのでオムレツに。みかんと食べる。薬関連をまだしまっていない。息子や娘や、おみやげはと思ってSマートに行ったが、また長居をしてしまった。明日の昼まではネットの機会はないだろうな。では皆さん。


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