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2018年12月16日

2018年12月16日AM更新

2017年06月アラビアータ

トマト味の簡単な

12月15日 1:30

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アラビアータ


アラビアータというのはトマト味の簡単なスパゲティ・ソースで、ベーコンの厚切りなどまぜれば簡単にできてしまう。オレガノ、タイムなどのスパイスや生クリームなど少し混ぜればおいしくなるが、「面倒なことはだめだめ」と自分に言い聞かせて、なるべくシンプルにする。ちょっと多めに作って二三回食べられるようにする。半分寝た生活で、二日間三度で食べ切った。割と質のいいスパゲティを出す店で食べられるアラビアータが食べられるが、そこで食べれば三回で3300円だから、だいぶん節約したことになる。

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料理してみる

①.オリーブオイルを弱目の火で加熱し微塵切りにしたニンニクと鷹の爪を弱い火で焦げないように加熱。二品とも優しく加熱。
②.良く馴染んだいい感じのガーリックオイルに出来上がると、その上に玉ねぎの細かく微塵貴切りにしたものを焦げないように加熱し塩を加え甘味を出す。
③.ホールトマトをジュース又はトマトピューレを加え、ヘラなどで潰しつつ煮込む。この際、好みでローリエやバジルを加え、塩で味を調整する。
このトマトソースに茹でたパスタを乗せ2品を絡め出来上がり。


トマトソースの材料(約1カップと少し分位)
・トマト:中玉2個又はトマトピューレ300g位
・ニンニク:1/2片
・タマネギ:1/4個
・オリーブオイル:大さじ1.5
・塩:小さじ1/4
・コショウ:少々
・ローレル、オレガノなどのハーブ(好みで):適量


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2017年06月イランには

2018年12月13日PM

行ったことがない

12月13日 15:15

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アッシュ

イランには行ったことがない。文化の格からいえば中華料理と同じくらいの壮大な体系があって良さそうなのだがアメリカとの戦争で破壊しつくされてしまった。イラクもレバノンもリビアも同じで。アメリカの戦争犯罪は果てしがない。日本もMSA小麦による再占領以降同じ文化破壊が進んだがなんとか持ち直して今や日本料理による欧米占領が進行している。
昔イラン料理の英語のバンフレットを持っていたがどこかにいってしまった。
アッシュという有名な豆のスープ
ひよこ豆、赤いんげん豆、白いんげん豆、うずら豆、緑豆などから最低三種類。いろいろな香味野菜とラム肉を300gずつ。野菜とラムを炒め米1,5カップと一時間煮る。塩、胡椒、ターメリック。

 

 

12月13日 0:30

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魯肉飯
台湾の魯肉飯(るーろーふぁん)はものすごく簡単。ご飯は別に炊いておく。冷やご飯でもいい。豚三枚肉を五六ミリに切ってフライパンで炒め、醤油で30分炊く。このときに厚揚げやゆで卵を一緒に入れ、五香粉など入れる。彩りに小松菜など入れてもいい。これをご飯に盛ればできあがり。

 




12月13日 0:15

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鶏飯
奄美の郷土料理というと、まず「けいはん」である。鶏飯とかくがちょっと見には「とりめし」で「けいはん」とは読めない。ゆでた鶏のいろいろな部位がご飯に乗っていて、スープをかけて食べてもいい。あとは豚足とかもずくとか、煮干しの入った焼きそばとか、上流階級が食べそうな物はあまりメニューにない。それも道理で、沖縄は別の王国があり、薩摩の人は奄美に来てまで食事をしなかったから、ここに並んでいるメニューは明治以後に少しずつ発達してきたものなのだ。岩手の山の中ならば野菜と車麩の煮付けしかごちそうがない。奄美もそんな感じである。有毒のソテツまでみそに漬けて食べたくらいだ。そのかわりに酒を飲みながらの歌だけはすばらしく発達した。エストニアのタルトゥには5万曲の民謡があるというが、奄美も民謡だけは溢れるようにある。奄美の酒場に一時間いればプロやセミプロの歌い手たちが四人五人と現れる。

 

 

12月12日 16:30

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ナシゴレン
もう40年くらい前になるだろうか。新宿歌舞伎町の入り口にインドネシア・ラヤというインドネシア料理のレストランがあった。新宿を遊び歩いている頃だったので、気軽に入ってみて、ナシゴレンとかサンバル・マタとか食べるようになった。バナナの天ぷらなどもその頃初めて食べた。何年かして店はしまってしまったが、なつかしい思い出である。いろいろな料理の作り方をごく簡単にだが聞き出して習った。そのころはインドネシア料理の本など出ていなかったし。
ナシゴレン
チャーハンみたいなもの。キャベツは細切りにし、にんじん千切り、細ねぎも二センチに。鶏肉はは適当に小さく、にんにく適量、卵一個。冷やご飯400g程度を炒める。
これにナンプラー(魚で作る醤油)オイスターソース、ケチャップを入れ、チキンスープも入れる。ごはんを盛って目玉焼きを乗せる。
サンバル・マタ
簡単なサラダを。トマト、玉ねぎ、赤ピーマン、ニンニク、赤唐辛子、干しえび、サラダ油。


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◆槇田 きこりさん
SNSのコミュニティに問い合わせの記事がありました。

◆yoshiさん
はじめまして。
私もラヤ新宿店愛用しておりました。
突然の閉店にショックでした。。。
インドネシアラヤは新橋にもあるのですが、そちらはご存知でしょうか?
新宿店とは若干味が違うかも知れませんがおいしいです。

◆みみみかさん 
コメントありがとうございます。本当にショックでしたね。新橋本店も行きましたが、どうしても新宿店と比べてしまいます。ちなみにこの店の方に新宿店のその後を聞きましたが、
知らないようでした。
あー せめて閉める前に レシピ本でも残して欲しかったです。
ちなみに、私はアメ横のショッピングモールで ガドガドソースを購入し、しばらく、ピーナツソース チキンと音キャベツ三昧をしておりましたが、今はただ、昔を懐かしむ毎日です。
しかし、新橋経済新聞のWEB記事によると、新橋店も10年前の2008年12月に閉店してますね。

◆清原 理さん
記憶では、すずやのビルだったように。

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12月12日 2:50

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エストニアのスープ
エストニアでおいしいものは黒パンの耳を揚げて塩を振ったもの、といえばエストニアの友人たちは笑うに違いない。実際においしいしビールのつまみにぴったりなのだから、仕方がない。これは居酒屋でも高級レストランでもどこでも出てくる。そしてこれが嫌いなエストニア人はいない。
スープを頼むと、スープとたっぷりの黒パンが来るから、普通の食事はそれで済んでしまう。ボルシチに少し似ているが、ビーツの入っていない、トマトと刻んだハムのスープ。さもなくば、ミルクのたっぷり入ったマッシュルームのスープ。大皿にかなりの量がくるか、大きめのカップスープかどちらかと聞かれる。わたしはとにかくこのスープが好きなので、サーモンとかチキンとかは特別の時にしか頼まない。
タリンにはよく知られた寿司屋いくつかあるが、日本人の舌にはあまり感心はしない。エストニアの友人の顔をつぶさない程度の反応にしておく。結局魚は台所を借りた方がうまいものにありつける。


 

12月12日 1:05

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かし豆腐
「ムッ」という大豆を使わない朝鮮の豆腐の事を一言書いておこう。高知県の山奥に「かし豆腐」というのがあり、これはかしの実をさらして澱粉を取り、のり状に過熱して四角い型に入れて固めた物で、秀吉の朝鮮侵略で持ち帰った物との言い伝えがある。朴奴仁というリーダーの名前が残っている。彼らは大豆でも豆腐を作り、朝鮮風の硬い豆腐を今日に伝えている。日本に豆腐が伝わったのは隋の時代だが、庶民の口に入るとはなかった。この秀吉の朝鮮侵略の時代にようやく普通の庶民の口に豆腐が入り始めた。しかし大豆は滅多に手に入らなかったようで、かしの実やどんぐりなどで作っていた。のちに西日本ではそば粉で作ったものが「ムッ」と呼ばれ、時に緑豆で作られた。以前は春日野道の市場でもそば粉の「ムッ」は作っていたが、最近は見かけない。



 

 

12月12日 0:40

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精進料理
竹の御所のことは、 中公暮らしの設計の『京都・竹の御所風・精進のおそうざい豆腐料理』で知った。私の『健康食豆腐』(農文協)でも詳しく紹介している。江戸時代の『豆腐百珍』を研究してみても、あまりおいしそうなものはない。まああれこれ揃っていれば楽しいだろうという以上の物ではなかった。ところが竹の御所の豆腐料理は本当においしそうなものばかりだった。京都に室町時代からある臨済宗天龍寺派の尼寺で、皇女が何人か入寺たためにこう呼ばれた。ここで育って禅料理を作って来た祖栄禅尼が東京武蔵野で豆腐料理を公開している。だいぶ以前の事だから、今続いているかどうかは知らない。
木灰に包んで豆腐を埋め、一晩おいて半分程に水を抜いたものを「しめおかべ」といい。これがすべての基礎になっている。



・しめ豆腐の煮物
しめ豆腐を作り、濃い昆布出しで醤油色になるまで煮る。

・みそ豆腐
固めのしめ豆腐を作り、すり鉢ですりつぶし、味噌をまぜ、蒸したり焼いたり揚げたりする。

・豆腐の梅肉和え
蒸豆腐を五ミリに切り、梅肉をすって酒と砂糖少々で和える。

・おくこん豆腐
おくこんは御所言葉で酒の事。蒸豆腐を作り一センチ厚さに切り、両面に塩を塗り、フライパンできつね色に焼く。別に小鍋に清酒を煮立たせ、揚げた豆腐をじゅっと漬けて食べる。

・みそ豆腐の焼き物
みそをまぜたすり豆腐をオープンで焼く。焦げ目がついたらはがして裏も焼く。

・薄揚げ重ね蒸し
薄揚げの四方を切り落とし、うすい小麦粉の衣を漬けて重ね、白い方を上にして積み重ね、布巾にくるんで強火で10分蒸、さめてから切って辛子醤油で食べる。


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2017年06月stollen

2018年12月11日AM



ドイツのクリスマスに

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stollen

12月11日 4:30
シュトーレンというと知らない方も知っている方もいるだろう。ドイツのクリスマスに興味がなければこのお菓子というかパンというかを知らなくて不思議はない。ドレーストナー・シュトーレンというので、ドレスデンの町と結びついている。
ドンクの店でシュトーレンを見つけて買うか買わぬか迷ったけれど、たった二切れが300円だったので、やめておいた。その後新神戸のダイエーで大きなのが800円だったので、ちょっと迷ったが買ってしまった。二切れでなく食べたかったのである。だがひどかった。似せてあるのは表面に粉砂糖をまぶしてあるだけで、チェリーもアーモンドもアンゼリカも夏みかんの皮も入っていない。干し葡萄は少し入っているが標準の5%もない。白ワインの香りもラムの香りもしない。こんなものなら、タカギの干し葡萄とクルミの120円のパンのほうがまだましだ。
と腹を立てていたらNHKの海外ニュースで、直径四メートルのシュトーレンができたと楽隊入りで行進して、ひとりにつき厚さ8センチ、30センチに30センチを切って配っていた。垂涎とはこのことである。
自分で作りたくなるが、またおおごとになるからやめておこう。干し葡萄とかカレンズ、アンゼリカ、チェリーなどをラム酒に漬ける事から始まる。一時間置く。イーストと砂糖少々をぬるま湯に漬ける。大きなボウルに小麦粉6,5カッブを入れ、牛乳にイーストをまぜたものを1;1/4と卵二個を生地にまとめ、15分煉り続ける。押したり畳んだり小麦粉を加えながらバターを加えて煉り、布巾をかぶせて二時間程置き、二倍に膨れるのを待つ。28×43センチにまとめて、190度のオーブンで45分焼く。粉砂糖をまぶす。
この菓子パンはゆっくり正月から春にかけて食べるのが普通である。クリスマス・イブにはプレゼントの交換をするが、食卓にはいろいろ出るが目玉は伝統的には鯉料理だった。
翌日の昼にはりんごやクルミ、アーモンドを腹に詰めたうさぎやガチョウのローストが出されるが、最近は七面鳥、鹿、猪、鶏、牛、豚などと好みが多様化している。

 

 

12月8日 16:00

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Russia sope
庶民的なロシアのスープ、「たまねぎときゅうりとトマト入り魚のスープ」をしてみよう。
玉ねぎ粗みじん1カップ、ローリエ、パセリ、バター、薄く刻んだ玉ねぎ2カップ半、きゅうり中一本、トマト二個、ケイパー、パセリ、黒オリーブ種無し。これもチョウザメを使う事になっているがないのでタラを使う。上のは六人前の分量なので五倍程度にする。
レバーペースト。子牛のレバーは手に入らないので鶏レバ450g。無塩バター、人参一本、玉ねぎ1,5カップ、塩、黒胡椒、ナツメグ、固ゆで卵4個。これも六人前なので五倍する。
きゅうりとサワークリームのサラダ。
キュウリ四本。塩大さじ1。卵固ゆで三個、マスタード小さじ1と1/4、サワークリーム1/2カップ、ワイン酢小さじ2 と1/2、レタス大5枚。この五倍の分量。
キャビアに似せたナス炒め
コーカサスの料理だが、やはり庶民はキャビアにうんざりと見える。なす900g。玉ねぎ1と1/4カップ、オリーブ油大さじ7と1/2。ピーマン、にんにく、トマト2個、レモン汁、黒パン。これも五倍見当。

 

 

12月8日 15:15

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Russia caviar
ロシア料理というと先ずキャビアというとになるが、30人前というとン十万円ということになるから。今回は初めからあきらめる。日本製のを、一人小皿に一つくらい出しても5、6万はしてしまう。
そんなにうまい物かと聞かれるが、金さえあれば欲しいという物というとキャビア以外に思いつかない。私は70年の生涯で二度だけキャビア食べ放題の目にあっている。一度は北京で裏町の知り合いの魚問屋でとっておいてくれたキャビアの大瓶ひとつである。アムールの河口で買う程度の値段で分けてくれた。一人で食べられる量ではなかったので、その時一緒にいた日教組や全電通や組合指導者たちとわけあった。総評から船で600人ほどつれて天津に行き、列車で上海に出て上海から帰国したのだが、その途中列車でキャビアでさんざんに飲んでできあがってしまった。労組の偉いさんが味が分かったか自信はないが。
もう一度がエストニアでソ連から独立前の高級ホテルでの事だ。朝食に下りて行ったらキャビアが高さ50センチ、一メートルのひろがりに積んであって、食べ放題だという。隣にパンケーキとサワークリームが山になっていた。その日は朝食に三時間近くかけてしまった。翌日再度と期待して行ったが極上の牛の叩きが山になっていた。
牛の叩きはその後あちこちで食べたが、キャビア食べ放題には出会っていない。キャビアの親、つまりチョウザメはアンゾリが自宅に取り寄せてくれて、一度だけ食べた。びっくりするようなうまいものだった。こちらはキャビアの十分の一程度の値段で取り寄せられるが、また食べに行こう、とつぶやいて、注文はしないでいる。

 

 

12月7日 23:30

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Basque

バスクはスペインとフランスにまたがる広大な地域。スペインからもフランスからも独立したいと思っているが、それはむしろあまり外に出さない。料理文化の独自性で際立っている。ただ統一したバスク料理がないことはないが、海辺のスペイン・バスク料理、山のスペイン・バスク料理、海のフランス・バスク料理、山のフランス・バスク料理の四つに分かれる。だからバスク料理がどんな物かを一言で言うのは大変むずかしい。『バスク料理大全』から、その一端を紹介して「たとえばこんなもの」と味わってもらい、理解してもらうしかないのである。
以下は3月10日に紹介できる簡単なバスク料理である。
《海辺のスペイン・バスク料理》
ヒルダのピンチョス
アンチョビとオリーブと青唐辛子の酢漬けを爪楊枝に刺した
カタクチイワシの衣揚げ
背開きにしたイワシの衣揚げ、赤ピーマンのせ
トルティージャ・デ・バカラオ
タラとピーマン入りオムレツ
《山のスペイン・バスク料理》
いんげん豆とチョリソー煮込み
《海辺のフランス・バスク料理》
あさりのバスク風
《山のフランス・バスク料理》
リエット・ドゥ・ポー・キントア
豚バラ肉のペースト フランスパン添え

 

 

12月7日 11:30

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Mabo Tofu
麻婆豆腐も安い原価で簡単に作れる料理だ。四川の麻婆豆腐は日本の物とは同じ名前のついた料理かと首をひねるほど違っている。麻はあばたのこと、婆は未亡人のことである。むかし夫の大工は屋根から落ちたかで死んだ。たくさんの男が未亡人のところに通ったが、女が美人で誰にもなびかないので「あばたの」と悔しがったが彼女は動じなかった。東隣には羊の肉屋が、西隣には豆腐屋があったので、女は豆腐と肉を使った料理を考えて売り出し、成功した。
今は普通の四川人は牛肉で作るらしい。羊は西安や北京でよく使う。元征服の後遺症である。
最初に中華鍋に油を張る。ごま油と大豆油と半々で、三センチ程の厚さに入れる。そこに唐辛子と山椒を「そんなに」というくらい入れて油に香りをつける。黒くなった唐辛子と山椒は網杓子で捨てて、別に用意するのである。先ず肉を入れて炒めて行く。ニンニクとドウチという塩辛納豆をまぜ、ざく切りにした豆腐を入れてねぎをまぜ、別にとった鶏等のスープを鍋ひたひたに加え。表面には三センチの辛い油が浮いている。そこに唐辛子と山椒を「いや」というくらい入れる。これが成都風の正式の作りかたである。3月10日にぜひ味わって下さい。

 

12月7日 8:00

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Gulyásleves(肉じゃがみたい)
フィンランドのフィンとハンガリーのハンはもともと同じ言葉であるらしい。どちらもシベリアから移ってきた人たちで、その言葉は「フィノ・ウングリア」語族に分類されている。以前ヘルシンキにハンガリー料理店があってそこで何度か「ハンガリアン・グラッシュ」を食べたが。今は店の女主人が国に帰ってしまったらしく、店は畳んでしまった。
今度ハンガリー料理の有名なコックであるグンデル・カーロイの『ハンガリー料理』を手に入れたら、そこではグヤーシュ表記されていた。「たっぷりとしたスープに玉ねぎ、パプリカ、角切りのじゃがいも、チペトケが入ったもの」とある。チペトケとは、小麦粉と卵を水を加えずに練り、のし板で1ミリ厚さに伸ばし、小指の爪の大きさにちぎってゆでたものである。これはグンデルの序文に出て来る簡単な説明だが、本文には、牛肉赤身360gとラードを入れたものもあれば、肉を使わずに600gの骨を使うもの、1キロの肉を使い2cm角に切って使うもの、などがある。どれもニンニクトマトなどは入る。その他に七種類のグヤーシュが書いてある。3月10日にはこのうち一種類のグヤーシュを正式の作り方で作る予定だ。

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12月6日 5:15


退院一周年のイベント

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無料(カンパあり)

三月十日日曜日に退院一周年のイベントをやろうと太一からの提案で、そう決まった。新神戸駅前に三十階建てくらいの葺合文化センターがあるので、そこの調理実習室と教室を借りようと言う話である。前夜からあれば30カ国料理30人前くらいは楽に一人でも作れるので、沖縄からモロッコまで並べてみようか。一応気功の集まりなので食べる前にスワイショウなど二三やる。食べた後に30分程度のまじめな報告、かな。いちおう無料でカンパありの線かな。詳しい事は年内につめます。

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2017年06月

2018年12月3日



柿から干し柿が作られ

ほし柿

Eテレばかりで恐縮だが、柿から干し柿が作られ、フランス料理の大家からも生柿と干し柿をペーストにして混ぜ込んだソースの上にミルフィユを貼り付けて、などの新しい工夫がやられたり、干し柿は干す時に手箒のようなもので表面に傷をつけてやると糖分が美しく外に出てくるようになるなどのことを初めて聞いた。柿の葉寿司のさまざまな色合いの美しさも初めて見た。その柿で染料を作るというと、私が最近請っている吉岡幸雄さんが登場した。彼の『日本の色事典』の柿色のページには黄櫨染、黄丹、萩色と並んで「真っ赤ではなく、黄身の強い、どちらかと言えば朱色に近い色。色見本は印度茜と黄はだ(草冠に壁、下は木)をかけたもの。陶磁器の柿色とは弁柄で絵付けをして焼いたもの。歌舞伎界で柿色と呼ばれるのは渋柿の色と言われる団十郎茶である」と説明がある。
これに対して柿渋色のほうは栗色の隣にあり、渋柿を青いうちにしぼったうす緑の液を二三年保存して焦げ茶になった物で、団十郎お気に入りはこの色だった。番組の中で出てきたのがこの色だった。江戸時代には柿色といえばこの色だったが、現在では柿の実が色づいて黄赤色を指し「照柿色」といわれる。
古い時代から染料として使われ、防腐剤の意味もあった。正倉院の花鳥風月の中には柿渋で描いた物があるという。
この色合いは本だけでは想像がつかなかった。やはりテレビがありがたいことがある。
吉岡さんのお嬢さんがこの柿色に布を染めている所や、柿色の何通りかの色合いが美しく屏風に染め分けられているのも見れた。柿色に関して吉岡さんだけで一時間番組を作って欲しい物だ。

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