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* 楽しい仲間(Ⅱ) *

2015年8月11日 9:35 気功的生活のすすめ 1
2015年8月11日 20:22 気功的生活のすすめ 2
2015年8月12日 6:18 気功的生活のすすめ 3
2015年8月13日 0:26 気功的生活のすすめ 4
2015年8月14日 7:21 気功的生活のすすめ 5
2015年8月15日 16:03 気功的生活のすすめ 6
2015年8月19日 0:10 気功的生活のすすめ 7

 



気功的生活のすすめ 1

2015年8月11日 9:35

フィンランドに行った


「気功的生活」のパンフを作ろうと打ち込んでいる。

 

 

「気功的生活」のパンフを作ろうと打ち込んでいる。93年にフェリシモで出た「気功的生活のすすめ」からの文章だ。樹林気功のすすめ、風邪と仲良くする、ウォーキングメディテーション、気を食べると「津村気功」の基本テーマが書かれている。ウォーキング・メディテーションのごく一部を紹介する。

町の中でもちょっと立ち止まって人の流れをぼんやりながめてみると、みんな本当にせかせかと歩いているのに気づきます。中にはエクササイズ・ウォーキングのために速歩をしている人もいるのかも知れませんが、たいていの場合は心は目的地に到着することにあって、歩くことは余計なこと、しかたなくしていることと感じているために、早くすませてしまおうというように歩いているのではないでしょうか。この時の心の状態はあまり平和とはいえません。
私達は、たえず「何かのために」これをすると思い、本当に生きている実感がするのはそこに到着した時に違いないと思っていますが、しかし実際にはそこに到着した時にはまた次の「何かのため」があって、どこまでいっても自分が空洞になっていることにいつかは気がつくことになります。

 

 私たちの生は「何かのため」にあるのではなく、それ自体が目的であり、到着することではなく一歩一歩の歩みこそが命そのものだと理解することが心の平和の基礎なのです。

中略

 歩くときには歩くことを考えなくてはならないと朱子が言ったかどうか定かではありませんが、私たちは食事をするにも食事のことを考えずにテレビを見たり、ウォークマンなしに退屈で歩けなかったり、いつも「いま」を全力で生きていません。心身統一が大切だなんていいますが、勝手に走る心にからだがついていくことはできないので、今自分が生きている、歩いている、食べているということを全力を挙げて体験すること以外に心身統一はありません。そういう状態を気功というのです。気功法をやるのは日常がそのようになるための訓練にほかなりません。

 自分が「いま、ここ」で生きているということに関心がむくと、まわりの自然がまったく違って見えてきます。

 緑がこんなにもいきいきしていたかと思ったり、木が何やら話しかけてくるように思ったり、いつも見逃していた道端の花を次から次へ見つけたり、自分の足音やこずえの音、鳥の声などを音楽のように聞けるようになったりします。
ウォーキング・メディテーションはベトナムの僧侶ティク・ナット・ハンが提唱してきたことで『ア・ガイド・トゥ・ウォーキング・メディテーション』という小さな、魅力的な本があります。リラックスして歩くことが到着することより大事だと考えて歩くのはひとつの気功法であり、瞑想法です。

中略

 考えてもみてください。自分のいのちを平和で満たすことができないのに、世界平和がいったいどこから到来するというのでしょうか。自分がゆっくり歩くことだけでは世界の平和は来ないというのは確かですが、平和に存在できない人が他人にだけ平和を求めるのはいささか暴力的です。

後略
比叡山の上をティク・ナット・ハンに導かれて一緒に歩いたことがあります。ゆっくりゆっくりの歩みでした。われわれの「気功法」はこのようなものです。閉ざされた部屋でやっても功法は功法ですが、無限の自然に繋がって行くことにもっと意味があります。 HOMEに返る

 

 

 



気功的生活のすすめ 2

2015年8月11日 20:22

フィンランドに行った


聖空間

 

 

聖空間

 そこに行くと心が休まり、深い癒しを得られ、自然から、宇宙から、いのちの力をもらってこれるという、あなたにとって特別の場所がありますか。

 

  日常のあくせくに疲れ、もっと根源的なものの力をもらいたいという時に、思わず足を向けてしまうような場所を持っていますか。

 それは町の中の好きな散歩道であったり、裏山のあまり人の来ない林であったりするかも知れません。旅行で行ったアリゾナの砂漠や沖縄の海かもしれません。お遍路のまねごとをした時の山中の寺かも知れません。どんな美しい場所に行っても、ただその場所を消費し、ビデオで見た通りの景色を確認してお金だけ落として帰ってくるという刊行パックのような関わり方もあれば、その場所の「気」に出会い、私の存在とその場所との特別の関わりに気づく旅のしかたもあります。旅だけでなく、毎日通る道にあなたが真剣に挨拶できる一本の木があれば、そこはもう聖空間と言えるかも知れません。
古代の日本人は、場所の持つ力ということにとても敏感でした。そこにいるだけでますます気が盛んになって元気になるような場所をイヤシロチ(弥盛地)と呼び、そこにいるだけで気が枯れてしまうような場所をケガレチ(気枯れ地)と呼んで、どうせ短い人生であれば、できるだけ気のいい場所で生き、死んでいきたいと願いました。ケガレはのちに汚れ、穢れになりましたが、もとは気の枯れた状態を指したことばです。

 イヤシロチの中にはイヤシ(癒し)という言葉とヤシロ(社)という言葉が入っています。古い時代の神社はそうした「気の癒し」の場所でした。

 中国ではそれを風水とよびました。風は天の気のことで、水は地の気のこと、天地のエネルギーが集まってしかも停滞しないような地形のさまざまなパターンを、人体で言えばツボのような場所が大地にもあると考えました。そこに家を建てれば家が栄えるし、墓を作れば子孫が栄えると考えたのです。とくに山脈に沿って流れる強い気の流れを龍脈と呼んで尊重してきました。万里の長城はこの龍脈をつないで建てられましたし、古代中国の都市計画はこの風水の観点から組み立てられました。京都は古代中国の風水思想そのままに選択され設計された都市です。他の都と違って1200年も続いて今も力を保っているのは、自然の気、場所の気とうまく調和した証拠にほかなりません。とすれば、現代の京都の町作りがこれ以上京都の本来の場所の力を損なわないように、風水とイヤシロチの理論と応用の研究をすることこそが、1200年記念行事に最も必要なことかも知れません。

 奈良の天河神社はそうした場所の気の力を純粋に感じさせてくれる典型的なスポットのひとつです。
天武天皇の時代にまでさかのぼる歴史を持っていて、南北朝の時代に南朝の仮の御所ができたのもこの場所です。大峰山系のダイナミックな龍脈の力を基礎にし、坪の内(壷の内)と呼ばれる囲い込まれた地形と弥山から流れる川戸が絵に描いたような理想的風水を作っていて、水の神である弁天が祀られるのにふさわしい場所です。数年前に美しい白木でできた壮麗な社殿ができ、その場所の自然の力と、歴史上そこに注がれてきた無数の人々の気の力を容易に感じ取れることのできる聖空間が出現しました。ここの拝殿と能舞台をつなぐ線上で瞑想すれば、何も知らなくても深い気功的境地になれる人が多いのは、建築に媒介されてそうした気が人体に伝わりやすくなっているからです。
天河弁財天社は長い間、霊能者の間で日本の代表的な霊的スポットとして大事にされてきました。その後芸能の神である弁天が、若い人気の高いタレントたちに再発見されたこともあって、次第に風俗化し、「精神世界の六本木」と言われるまでになり、超越体験をしたいとか、UFOを見たいという人が押し掛けました。「天河伝説殺人事件」といった小説や映画の舞台にまでされてしまいました。しかし本当に天河を愛する人たちの間で、天武天皇がかつて言った「千年後の平和のために」この場のエネルギーとネットワークを生かして行こうと言う動きが、いま改めて静かに始まってきています。聖地もまた消費されてぼろぼろになることがあります。聖地も癒さなければならないのです。神々を癒したいと思える時に、神々もまたわれわれを援助してくれるのかもしれません。

 中国最大の聖なる山である泰山に行ったときに、ゴミが山になっているのを見て、つい皆であつめてしまいました。山が泣いているのが聞こえたような気がしたのです。

 40袋のゴミを積み上げてその周りで気功をしました。「中国には天と一体になるという思想が何千年もの間うけつがれてきたが、ゴミと一体になって聖地を浄化するというのは、これが最初かもしれない」と中国の老師がいいました。
私を癒してくれる場所を探して遍歴をするのも人生の一こまです。でも、私が癒せる場所を見つけた時に、聖空間は私の中にあることがわかります。家の中でもひとつの特別の場所を選んで、心が乱れた時にそこに坐って丁寧に三回呼吸をしてみるだけで、そこに聖空間が現れるでしょう。 HOMEに返る

 

 



フ気功的生活のすすめ 3

2015年8月12日 6:18

フィンランドに行った


タッチング。フェリシモの「気功的生活」。抄録

 

 

タッチング。フェリシモの「気功的生活」。抄録です。

 あなたは手をつないで歩ける友だちや家族を何人持っていますか。嬉しくて誰かを抱きしめたいとき、照れくさがらずにHUG(抱擁)できますか。肩が張って、つらいのに強そうにしているのかな、という背中を見たら、無心になでてあげることができますか。
気功のワークショップでも、皆で手をつないで気を通すことがあります。知らないどうし二人で汲んで背中をつけてほぐしたり、指をふれあって気を流してみることもあります。
少しなれると、好きな人とふれると嬉しいということと別に、相手が誰であれ、触れること自体が悦びを伴っていることがわかります。

握手というのも、もともとは信頼できない者どうしが手の中に武器がないことを確認する儀式から生まれたと文化人類学者はいいます。でもそれがこんなにも広がったのは、誰もが手のぬくもりを愛したからに違いないという気がします。でも、「手当て」して癒す文化のあった日本で、なぜ握手が発達しなかったのでしょう。
気を通じさせるために手をつなぎあうという、東洋的思想に基づいているのに、余り東洋人がやりそうにない行動パターンが、旧ソ連と東欧のひとびとにとって切実な意味を持った一時期がありました。旧ソ連から最初に独立したバルト三国の人々が、自分たちは武器を取る気はないが、独立への不退転の決意を持っていることを示すために、エストニアの首都タリンからリトアニアの首都ヴィルニウスまでを切れ目なくてでつないでみせたのです。150万人が参加したこれはヒューマンチェーンと呼ばれました。この形はブルガリアやルーマニアにも伝染し、東ベルリン市民の半分が参加したヒューマンチェーンによってベルリンの壁が倒されました。手と手をつなぐことが象徴としてでなく具体的に戦車やミサイルよりも強い場面があることが証明されたのです。それは「気の力」ではなかったでしょうか。

 

 アイヌ語では「愛」のことをウテキアニというと教えてくれた古老がいました。「手と手をつなぐこと」という意味のその愛は、感情としての「好き」ではなく、すべてのいのちのつながりを意識し、その気を味わうことだといいます。

タッチングは哺乳類が行きて行くうえで、どうしても必要なものです。多くの哺乳類は産み落とされてすぐ母親になめてもらって、皮膚から莫大な情報を学ぶので、それなしには内臓がちゃんと動き出さないほどです。犬でも母犬に会陰をなめてもらわないとおしっこが出ないで死んでしまうことがあります。
人間の場合も、赤ん坊の間に十分タッチされなかった子どもは大人になってから不安神経症や鬱病になりやすく、また性的タッチについて拒んだり過剰に求めたりということも起きやすいのですが、それはたいてい幼時の愛の挫折のためです.ほとんどすべての人が愛の挫折による接触恐怖症をひそかに抱えています。それが人によってペット偏愛になったり、毛布離れられない症候群になったり、ぬいぐるみ大好きになったり、タッチのために治療師を遍歴したり、性的異常に至ったりのかたちをとります。これは真剣で、ていねいな、やさしいタッチ以外のどんな手段によっても癒すことができません。

 自分で自分にタッチしてみるグルーミング気功は、自分自身と向き合い、深い部分で調和して行くための方法です。 HOMEに返る


気功的生活のすすめ 4

2015年8月13日 0:26

フィンランドに行った


恋愛気功

フェリシモのバンフレット.
 恋愛気功 の前半だけです。

恋愛気功

 

  いま誰かに恋をしていますか。何もかも輝いていますか。悩み抜いていますか。いい恋愛をしていれば気功法なんていりませんと、半ば冗談に教室で言ったりしますが、それには少し説明が必要です。
北京である女医さんに「龍の気功」を習った時のことです。彼女は五十代も終わりという年齢の方で、失礼ながらそう美人というわけではないのに、何かきらきらと輝くようなところがあって魅力的でした。色々質問するうちにその先生からふと「気功は青春を思う」という言葉が出てきて、おおっ、と思いました。いま恋愛をしていなくても、心の地層の青春のファイルを開ければいつでも同じ心の状態になるというのです。気功はとりすましたところもありますが、内部感覚としてはとても色っぽいものだとずっと思って来たので、ナットクしてしまうところがありました。
ふつう気功をして行くとき、まず中丹田(胸にある感情のセンター)を開いて世界を抱きしめられるようになり、さらに下丹田(下腹の生命のセンター)を充実させて個としての生命力を増し、最後に上丹田(ヒタイの智のセンター)を開いて観音力を養うというステップを踏みます。下丹田から始める場合もありますが、最初に気持ちが大切な気がします。この最初の中丹田を開く部分が「青春を思う」なのです。

 胸の気が通ってここから発する気がのびのびと広がるようになると、宇宙全体に恋をしたようになって、荘子が「物と春をなす」(万物とセックスする)と過激に表現した感覚がよくわかります。

 NHKの気功テキストの中でも、こんなふうに書きました。
「与謝野晶子の歌に
清水へ祇園をよぎる桜月夜
こよひ逢う人みなうつくしき
という歌があります。通りがかる誰をも抱きしめてしまいたいような気持ちを体験したことがだれでもあるでしょう。自分のいのちが光り輝いている時に、この人は嫌い、あの人は美しくないと差別する心がなくなってしまい、すべてが融け合っているような気持ちを持つことができます。気功の境地は恋愛状態に似ているということはいろんな先生がおっしゃっていますが、それは誰か特定の人に対する恋愛というより、すべての人に対する、宇宙全体に対する”全肯定”の気持ちというべきでしょう。
この「全肯定」と特定の誰かへの恋愛はどう同じで、どう違うのでしょうか。ほかの誰かではなくその人を愛したのですから、そこには差別があります。自分の好みとか、気が合うとか、幸せにしてくれそうという選別には一種のエゴがあります。

 でも、必死で相手のことを想い、相手のためになるようなという気持ちにはエゴの超克があります。

 「宇宙愛」の法は自分の心の持ち方なので、下手をすればただの自己満足になってしまいます。宇宙は一緒に気功をするパートナーとしては大きすぎて、空回りしてしまいそうです。特定の相手への愛の向こう側に宇宙愛があるのだとわかったうえで、生身の誰かと愛し合って、互いのエゴをぶつけながら克服して行くきれいごとでないプロセスの中にしか「恋愛気功」はないようです。HOMEに返る





気功的生活のすすめ 5

2015年8月14日 7:21

フィンランドに行った


夜の中の夜、昼の中の昼

 

 

フェリシモ、気功的生活の続き。この文章が効いて、実行してみたい100メニューの一位がオーロラのフィンランドを訪ねる、になり、50人近くの旅になりました。

夜の中の夜、昼の中の昼

 とても暑い日がつづいているので、寒い寒い夜のことを思い出したくなってしまいました。フィンランドの北極圏を越えた、ラップランドの田舎でのことです。朝の10時頃にほんのり朝焼けになって昼過ぎにはもう夕焼けになってしまい、あとは真っ暗というのが白夜の反対の冬の一日なので、時間感覚がよく分からないのですが、夕食を食べてしばらく本を読んでから、今日はオーロラが出そうだという噂が食堂で飛び交っていたのを思い出し、分厚く着込んで外に出ました。家族を誘いましたが、寒いのは嫌だとふられてしまい、一人で出かけたのです。窓の外の寒暖計はマイナス25度を指していました.振るような星空といいますが、宝石箱をぶちまけて凍らせたようなこんな星空は初めてのことでした。

 

  北極星がほとんど頭上になるのが異様で、ああもう現実界を離れて昇天しつつあるのだと思うほど近くにありました。

 コテージのすぐ前でも誰も来はしないのですが、窓の明かりが小さくなるほど離れました。なかなかオーロラは出て来ないので、首を上に向けているのが疲れ、ふかふかの雪にずぼっと寝て仰向けになりました。星がいっそう近くなったようでした。極寒用のコートとブーツを通しても冷気はしみ込んできて、だんだん全身がまひしてきました。すごく熱い風呂に入るとからだがじんじんと痺れてくるように感じますが、あの時とよく似た感覚です.どれだけ長くそうしていたのか、だんだん気持ちよくなって、ああからだが動かなくなって行くなあと思っていたあいだは本当に死に近づいていたのかも知れません。その時、空全体がぐらっとゆれたように見え、宇宙空間が折り畳まれたような感じに光が走りました。白い影が踊りました。想像していたような、空の一部に出現するものではなくて、空全体をいっぺんに使って映写される光の映像でした。そんなにきれいな色とりどりのものではなかったのですが、その壮大さだけで十分でした。その刺激のおかげで死にもせずにこうして思い出していることができるわけですが。
子供がサンタを信じられる年齢のうちにサンタのふるさとに連れて行きたいね、と夫婦で言っていたらフィンランドの友人が誘ってくれたので、思い切ってきたのです。大きなツリーをスノーモービルでみんなで切りに行くことから始まったイベントは、トナカイのシチューとあれこれのクリスマス料理のあとでトナカイに乗ってサンタがやってくると最高潮になります。素朴な美しい歌をみんなで歌い続けます。サンタが息子の名前を呼んでプレゼントを渡した時に彼は眼を丸くして

「どうしてぼくの名前を知っているの」

と叫びました。

[中略]

 次のこれをして、その次にあれをしなくちゃ、と段取りするたびではなく、何もしないための旅ができた時、やっと日常とは異質な旅がてきるのではありませんか。「気功的生活」という言葉はここから出てきました。気功をしなくても、ただじっくり味わえば暮らしがそのまま気功であるような時間の過ごし方のことです。でも、いまのあなたの暮らしの中でも多少は「フィンランディア」できるのではありませんか。
夏はあくまで涼しくように、冬はあくまで温かきように、というのは千利休がもてなしの心を説いた言葉ですが、夏は夏の中にひたり、冬は冬の中の冬、夜の中の夜に沈み込むというのは、また一つのありようのような気がします。 HOMEに返る

 

 



気功的生活のすすめ 6

2015年8月15日 16:03

フィンランドに行った


イルカ・海の気功師たち

 

 

イルカ・海の気功師たち

フェリシモの論文。これはとくに重要なので、全文出します。
イルカの姿を見たことがありますか。水族館で芸をさせられている姿は少し悲しすぎるので、あまり見たくはありません。海で自由にしているイルカのことです。イルカに会う旅というのもあって、憧れてしまいますが、誰もが行けるものでもないし、あんまり会いに行っても先方も迷惑かも知れませんから、せめてタルボットのイルカの映像でも見てみましょうか。その優美な姿と動きは、見ているだけで瞑想になってしまいそうです。やさしく、なめらかな動きが海とほんとうに一体になっているので、人間の泳ぎに比べてすごく自由に思え、あんなふうに動けたらどんなに気持ちいいだろうと思ってしまいます。
ご存知と思いますが、イルカのあのヒレには五本指が入っています。イルカはもと陸上動物で、イヌの祖先と同じように陸上をかけていたのです。そしてイヌよりもだいぶ大きい、人間より二回りほど大きい脳を持っていました.ところが彼らはどの時点でか「やーめた」とまた海に帰ってしまったのです。なぜでしょうか。イルカと話す努力をしている人たちがまだはっきりと説明を受けるのに成功していないので、推測するしかありませんが、おそらくこのまま自分たちが手を使って道具を作り文明を発達させると、やがては地球を何度でも壊してしまうような道具を作る羽目になるかも知れないとある時悟って、別な道を歩むことにし、海に帰って手を発達させないようにしたのではないでしょうか。相とすれば、結局手を発達させてもう限界まで地球を壊してきてしまった人間が、もう一度なんとかやり直す道があるのだろうかというこの曲がり角に立って、こんなにもイルカに引かれてしまう理由がわかるではありませんか。

 

 彼らはぼくら自身のもう一つの生き方、もうひとつの進化の道を見せてくれているのです。

 海に帰ったイルカはその人間より大きな発達した脳を何に使ってきたのでしょうか。彼らはずっと気功をしていました。いや、本当の話です。
イルカたちは家族を愛し、もの静かに助け合い、決して争わず、海の中で歌い、踊り続け、また瞑想し続けて、地球の声を聴き、地球と一体になることにすべての時間を使ってきました。それは悟りの道ではないでしょうか。イルカは誰でも超音波を発信して、ほかのイルカや魚や人間の体の中まで一瞬に見通して、相手がからだや心の病をもっているかどうか、すぐに見分けてしまうといわれます。高度に訓練した気功師がまれに見せる透視力と同じものをどのイルカも身につけているのです。
中国で一番古い気功は亀を真似た気功です。亀の中には一呼吸60分というのもいて、あんなに長い呼吸ができると長生きするに違いないと思われたのです。イルカだって肺呼吸ですが、一呼吸で20分も潜ります。それも時には海中で激しい運動をしながらです。イルカが身近にいたら、イルカの気功もきっとできたことでしょう。アボリジニがイルカとのドリーミングが大好きであるように。
そんなに肺が大きくないのに、なぜ人間の10倍も潜れるのでしょうか。肺活量のせいでないとしたら、何が違うのでしょうか。脳の酸素の消耗率が違うのです。心の状態に寄って、脳の酸素の消耗率は大きく変わります。それによって、必要な酸素の量も当然変わります。
ダイビングの好きな人によく聞くのですが、60分潜れるはずのボンベの酸素が海中でパニックを起こすと、すごくたくさん使ってしまい、20分しか持たないというようなこともおこります。平常心がおかされると、いっぱい酸素を使ってしまうのです。
イルカごっこをしましょう、というと畳の上でくねくねするのかと思う人がいますが、実はそのまま息を止めてもらうだけのことです。まず30秒止めてみます。次に、もう一度息を止めているあいだ、嵐が来て船がしずみそうだとか、不安なこと、こわいことをいろいろ話します。そうすると、同じ30秒かと思うほど苦しいのです。次にもう一度、イルカと一緒にのびのびと泳いだり、気持ちよく太陽の光の中で遊んでいる情景を思い浮かべると、30秒を45秒にしても誰も気がつきません。これはどういうことかというと

 イルカはゼッタイ楽しいことしか考えない、

だから酸素の消耗量が少なく、ずっと潜っていられるのだということなのです。実は気功でも、その人がどれくらい「気功状態の脳」になっているかを客観的に確かめたい場合、脳の酸素の消耗率が眠るよりどれくらい下がっているかをみます。この基準で言うと、イルカは誰でも気功師なのです。
このまま地球の温暖化が進んで行って陸地が大幅になくなり、もう一度人間は海に帰らなければならないかも知れません。もし海面が石油や放射性物質で覆われ切っていなければ、半ば海中で暮らすかもしれません。その時ぼくらはイルカに何を習えるのでしょうか
ジャック・マイヨールは素潜りで100メートル以上も潜ってみせ、こんな風にやれるんだよと示した上で『イルカと海に還る日』なんて、びっくりするような本を出しました。それは、人類の絶望というべきでしょうか、希望というべきでしょうか。
フランスやオーストラリアでは、海中出産をする人が少しずつでてきています。

 とにかく、海の字の中には母がいるのです。

イルカには生まれたばかりの海面に連れて行って、おぎゃあとは言わないかも知れませんが息を吸わせる係の産婆さんがいて、そういうイルカに近くにいてもらって海中出産をすると、人間の子供もちゃんと扱ってくれるのです。ところがそういう子供は最初に会うのが人間でなくイルカというわけですね。不思議なことにそういう子供は五分六分と潜って遊んでいられます。ジャックのような訓練をしなくても、産まれるときに空気中の子供が無意識のうちにするだろうある種の断念を持たなければ、イルカ人になれるかもしれないのです。そんなびっくりするような映像を見せてもラツタことがあります。
きみらの経験からしても人間にはどんな未来があるんだろうと、イルカにもう一度相談してみたいと、改めて思います。 HOMEに返る

 

 



気功的生活のすすめ 7

2015年8月19日 0:10

フィンランドに行った


イメージの力を知っていますか 

 

 

これは一つだけ紹介しておこうかな。
フェリシモの読者に紹介した気功ワークの二回目です。

02  イメージの力を知っていますか 
2 上を向いて歩こう

  ひとり(A)が片腕(利き腕のほう)を肩の高さで前に出して、もうひとり(B)が手首のところを上から押し下げるようにし、Aは抵抗して上に向けて力を入れます。最初にこういう感じで力を入れてテストしてみるのですが、この後の変化をたしかめられればいいので、あまり力まかせにはしないようにします。でも一定の力は必要です。
このとき出ている力は①頭で命令して出せる力、プラス②全身の無意識の(頭に支配されない、気に支配された)筋肉のバランスの力から成っています。意識的に同じ力を出そうと思いながら実際に出る力が変化したとしたら、それは気の力が増えたか減ったかの目安になります。気の変化を確かめるための実験です。
Aに「イメージを挙げている手の手首側(下側)におく」ようにいいます。そして「同じように力を入れて腕が下がらないようにしてください」といいながらBが手を押し下げるとAはさっきのように力が入りません。「今度は手の甲の側(上側)にイメージを持って行ってください。入れる力は同じように」といって上から押さえると、今度はすごい力が抵抗できます。
これはどうしたのでしょうか。わずか2,3センチの差ですが、腕の下側にイメージを持って行くと気は下がり始め、その方向に沿って下に押されるのでぜんぜん力が入らなくなるのです。上側にイメージを持って行くと気が上がって、力が増えます。「イメージしたところに気が行くことがわかります。
頭のてっぺんや足の裏をイメージするとどうなるのか、やってみてください。「上を向いて歩こう」という歌がありましたが、上を向くと気があがり、下を向くと気が下がるのは本当です。 HOMEに返る

 

 

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